7.再会

 ある日、一人の女性が私が施設長をしている療養施設に入所してきた。彼女を心配する献身的な夫に付き添われて。その名前、「松田まりか」という名前を見る前から私には、一目でそれが誰か、分かっていた。あれから二十年が経っていても。でも入所した時、彼女は気分不良で、その焦点の定まらない眼は、私を認識していなかった。介助の時、触れたふくよかな手はかつてと同じで温かだった。

 彼女は八年前、脳神経系の病気の一種にかかり、徐々に認知機能が衰えてきたのだと言う。そして今では、過去から現在に至る記憶は、僅かだけに限られていると言う。夫はあの松田君だけど、中学を卒業して二十年経ち、結婚して名字の変わった私が昔の同級生だとは、全く気付いてなかった。


 電子カルテの医師の記述より、彼女の記憶は、人生の重要度より二十個位に限定されている事を知った。それ以上は記憶できない事を。

 彼女が私の事を憶えているなら、間違いなく憎んでいるだろう。入所した時は、私に気が付かなかったけど、気分が明瞭になった時はどうだろう?

 記憶している二十個の中に私が階段から飛び降りた事、そしてそれを彼女のせいにした事件は入っているのだろうか? いや、人生の中でそんな最悪の事態に遭い、それが重要な出来事でない可能性なんて逆にあるだろうか?

 来週には専門の医師による、精神に関するテストを行う予定になっていた。それと同時に精神科の専門医が問診を行う予定だ。専門医の問診では、他の事例でも、子ども時代からの主要な出来事を振り返り、質問していく。もしその時、私の話題がのぼったなら、私は破滅だった。その時は、自業自得を受け止めよう。そしてこの街を出て行こう。

 薄暮の中、敷地内の遊歩道には数人の入所者の姿が見える。その中に里口まりかがいた。松田君に車椅子を押してもらいながら、中学時代同様、天真爛漫な笑顔を浮かべて。私が誰だか分かった時にあの笑顔は凍りつくのだろうか?


*****


 今日、火曜日が、まりかが精神に関するテストを受け、問診まで済む日だった。私は管理者であり、これからの療養の方針を決める目的もあり、彼女の電子カルテを見る事になっていた。午後遅く、震える指でパスワードを入力し、彼女のカルテにアクセスした。

 今日の診察記事を開け、直ぐに目に入った言葉は「記憶障害のため次の十八の事項しか聴取出来ず」だった。主治医はその十八の事項を病名のように、#と番号を付けて箇条書きにし、それぞれの補足内容を括弧かっこ書きしていた。私はゆっくりとスクロールしていった。

 そこには次のような記述があった。



〈最終話に続く〉

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