6.年月

「こんな卒業前の時期に?」


「あんな子の事、どうでもいいじゃん。それに元々、うちらのような普通校は無理じゃないかって心配されてたんだって」


「え?」


 沙織の親はPTAの役員で、そこからの情報に依ると、まりかには元々、軽い発達障害みたいなものがあり、転校前の中学でも養護学校を勧められた事があったと言う。だから今度の事も障害のせいであり、僅かな間でも養護学校の方に変わる事になった事は致し方ないと親も了承したそうだ。

 私は遠足の日の、はにかみながらお弁当を開けたまりかの表情を思い出し、胸が痛んだ。

「学校やめる時、松田君だけとは話してたよ。好き同士みたいだったしね」


 松田君はちょっと一匹狼の不良っぽい男の子で、いつも教室で誰とも話をしなかった。でも分け隔てなく接するまりかには、心を許していたようで、笑顔で話している場面を何度も見ていた。私はまりかが誰かと話をしていたという情報に動揺した。


「話してたって何を?」


「知らない。校庭の端のポプラ並木があるでしょ? 夕方、あの並木のとこで座ってずっと話をしてた二人の姿を見たんだ。まりかが転校するって日」


 でもその後、誰からも私は問い詰められなかった。まりかと松田君の話には私の事は出てこなかったのだろうか? それを知るすべもない。

 

 その後のうのうと私は生きてきた。結局、高校は特別推薦という形で、聖クローディアではない、割に平凡な私立のお嬢様学校へ内申だけで入れるよう、中学が取り計らってくれた。腕の骨折は大した事なく、四月の終わりから他の生徒達と同じように通えた。大学も系列校への進学し、留学もした。ずっと華やかな友人に取り囲まれ、告白してくる男友達にはすげない態度で接してきた。

 でも私の中にはいつも罪の意識があって、その苦しみのために心から何かを楽しめなかった。長い年月の間、まりかに対し酷い事をしたという思いは、私の心の大きな部分を侵食してきた。

 

 大学時代、風の便りに、まりかが十代で松田君と結婚した事を聞いた。二人で街なかを幸せそうに歩いている姿を見た元同級生もいる。それは少し心の負担を軽くしたものの、それで私の心の中のザワザワした感じが消える事はなかった。もしかしたら自分がした事がなければ、まりかには、また別な未来があったかもしれない。

 たまに夢をみた。まりかと二人でどこかに出かけている夢。ある時は晴れた日の田舎道を歩いていたり、ある時は川の土手を歩いていたり。夢の中で私達はまだ中学生で、仲の良い友達同士で幸せいっぱいだった。単に罪の意識でみた夢ではなく、本当に願っていたのかもしれない。その反面、彼女のような人にはもう二度と関わる事がない人生を願ってもいた。


 やがて学生時代が終わろうとする頃、私の取り巻きの中の一人、医学部にいた一人の青年と真剣に付き合うようになった。

 親の勧めがあっただけでなく、彼は真摯で温かな、あの子のような雰囲気があったから。でも私は愛せたのだろうか?




「きみを撃ち抜く言葉は何? 一体何なんだろうな」

 それは彼の言葉。私は常に閉じこもった自分の心を彼についに開く事は出来なかった。



〈7へ続く〉

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