2.転校生

 中学二年生の秋、一人の少女が転校してくる事になった。前の日、みんなと「いい子だったらいいねー」と話しながら、わけもなく私は不安だったのを憶えている。その夜、私は胸騒ぎがした。

 翌朝、みんなの前で、転校生が紹介された。その子は、薔薇色というより真っ赤な頬をした、ふっくらというよりまん丸な顔をした女の子だった。


「里口まりかと言います。どうぞよろしくお願いします」


「お願い」が「おねげ」に聞こえたので、クラス中から笑いがもれた。転校生は、はにかんだ笑みを浮かべた。美少女なんかではないけど、可愛い子。意味もなく、私の心にガラスの破片が突き刺さるような小さな、でも確実な痛みが走った。


「じゃあ転校生は、副クラス委員の鶴見優衣君の隣の席へ。副クラス委員、よろしくな」


 そう言って担任の教師は、転校生を私の隣の席に座らせた。

 転校生のまりかちゃんがみんなと打ち解けるのに時間はかからなかった。山奥にある集落から引っ越してきたという彼女のこれまでの学生時代は私達、都会っ子には想像も出来ないもので、それを訛りながら説明すると、まりかちゃんの席の周りに集まったクラスメート達は興味津々で聞き入った。そしてある時にはどっと笑いが起こった。


「稲刈りの日は、学校なんか休んで家の手伝てつでーを一日すんだよ。先生は怒ったりするわけねー」


「ウチのじいちゃんの作った苺はスーパーで売ってあるもんなんかとは比べ物になんね。苺の収穫の後、売り物になんねようななのは、ジャムにすんだ。家中が苺ジャムの甘い匂いでいっぱいになるんだ」


「たまーに庭にウリボウがやってきて、庭の野菜をかじったりすんだ。、ウリボウってイノシシの赤ちゃんの事だ。知らねなんて驚いた」


 初めは、その独特のイントネーションや的外れな所でウケてるのかと思っていたけど、それだけではなかった。のんびりとした気質、表うらがなくて、屈託のない性格、持ち前のひょうきんな所がみんなを惹きつけていた。

 転校生というレッテルがなくなる時期、二ヶ月程が経っても彼女の席の周りからクラスメートの姿が消える事は消えなかった。

 一方、私の席の方に近付くクラスメートと言えば、いつもの同じグループのカズミと紗織と数人の男子だけ。カズミや紗織も時々、隣のまりかちゃんの席へ話をしに行く事があった。

 私は出来れば、来年はまりかちゃんと違うクラスがいいと思った。なるべく関わりたくないし、離れていたい。なぜかイライラする。その理由は、彼女が天然の可愛いさを持っていたからだったと思う。何の努力もせずに皆から愛されていたからだと。

 例えばアイドルの中にもアンチの多い芸能人はいる。どこへ行っても引けを取らない美貌や才能の持ち主ではなく、欠点を持ちながらもそのポジションを認められ、支持者を獲得し、温かく見守られるような芸能人じゃないかと思う。私がまりかちゃんに感じていた感情はそれだった。たぶん私が欲していて決して手に入らなかったものを持っていたから。


 私の思いと裏腹に、中学三年に進級した時のクラス替えでも、私は里口まりかちゃんと同じクラスになった。そして担任の教師はまた、「鶴見、里口をよろしくな」とあっさり言った。なぜならまりかちゃんは手のかかる子で、転校生とは言え勉強の理解度も低く、忘れ物も多かったので、自然、私がお世話係のような存在になっていたのだ。

 それもあってか、遠足でも職業体験でも、私とまりかちゃんとはいつも同じグループになった。その度、何かしら傷つく事があった。まりかちゃんのせいではなく。

 私はいつも遠足の日には、お手伝いさんの作る豪華なお弁当を持参していて、みんなの注目を浴びていた。一方、まりかちゃんはと言うと、お弁当を隠すようにしていたけど、そこには愛情たっぷりの煮物やデコレーションされた卵焼き、可愛くカットされたフルーツが入っていた。私がまりかちゃんといると、いつも負けを感じてしまうと自覚したのはそんな時。

 そしてある日、決定的な、恐ろしい出来事が起きてしまった。私のせいで。

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