▄︻┻┳═一 九発目 ≫【発覚】
日本庭園の
少しうつむきながら、もぞもぞと口を動かしていた。それが気になり
“ベタッ”
縁側に触れた手に違和感がある。生暖かくて鉄臭く、木造の床にそれが染み渡っていた。おそるおそる手を見てみると、赤黒い血がたらりと俺の腕をつたう。
『ここに……きちゃダメ……』
枯れた花の声は哀愁を帯びさせて俺に訴えてきた。
月明かりに照らされあらわになったその人の体を見て俺は血の気が引いた。
その人の右腕はなかった——
バッと起きあがった俺は息が乱れている。心臓が存在を
なんだよさっきの夢は。
そう呟いて改めてここが現実であることを実感する。濡れた背中が不快で、目を覚ますついでにシャワーを浴びることにした。
さっぱりした俺はルーティンどおりに動いて特に感想も期待も持たず学校へ向かった。
まだ春風を感じられる朝に気持ちも高揚して、本当に浮いてるんじゃないかと思うくらいふわふわしている。
ガラッと開けた教室には以前となにも変わらない。いや、以前の雰囲気に“戻った”というのが正しい。新しいクラスももう慣れたしそのせいかな。
「佐藤さんは欠席って連絡がありました。佐々木くんは遅刻かな」
担任が淡々と事務をこなして、みんなもそれに反応する。今日は普段と比べてにぎやかな気がする。クラスのだれひとりとして暗い顔をしておらず、すべからくチシャ猫のような笑みを浮かべていた。
授業を受けて、すみれを起こして、また授業を受ける。既視感のある一日を過ごすが、世界がなんだか静止しているみたいに物の動きが怪しい。まるで絵画のように現実味を帯びていない。そして心に引っかかる違和感。
「おい空、今日はやけに静かだな。まさか
「そんなことないよ。それに恋煩いは笹原でしょ」
帰り際、相変わらずたわいもない話をだらだらとだべっている。名前も知らない雑草のような話は
「そういえば今日里中さんきてなかったね。風邪でも引いたのかな」
「おいおい、里中ってだれだよ」
ドックンと大きく心臓が動いた。それと同時にキーンと耳鳴りがひどくなり目の前が朦朧としてきた。
同じクラスで、転校してきた、ハーフの女子。必死に説明する俺を「だからだれだよ。お前頭大丈夫か」といって聞く耳すら持たない。どうして……。
耳鳴りがさらにひどくなり笹原の声も聞こえず頭がかち割れそうだ。耐えきれなくなった俺は頭をおさえ、ふらついた勢いでフェンスにもたれかかる。おかしいなんでなんで……なんで。
笹原が心配している様子が微かに見えた。朦朧としながらその虚な目でパッと前を見た。するとそこには片腕がない例の着物の女性が血塗れで突っ立っていた。
「こ……ここに……きては……」
視界が次第にノイズまじりになり、ゲームのバグのようにその女性が瞬間移動で俺に近づいてくる。いったいぜんたいどうなってるんだ、笹原お前……。
「……ダメダ!!」
片言で叫んだ笹原は激しくフェンスを揺らし俺の首を絞めてきた。その顔は原型を留めてなく、のっぺらぼうの顔に同じ大きさの穴が三つ空いているだけだった。上にある目と思われる2つの穴からだらだら血を流している。ヤバイ、このままじゃ殺される。
く、苦しい。
ゆらりと近づいてきた女性が一本の花を取り出し、俺の目をめがけて大きく振りかぶった。
刺さる——
バッと起きあがる。なんだったんだ。しばらく放心したあとに息が乱れていることに気がついた。心臓が存在を誇示するかのように脈打っていた。手も震えている。
今のは……夢? 焦ってスマホで日付を確認するとちゃんと今日だった。起きているのに起きている確証がない。夢現な俺はただただ呆然としていた。
「お兄ちゃん、いつまで寝てるの早く朝ごはん食べないと遅刻するよ」
ドアを開けて入ってきたのは海だった。
「海、ちょっと俺の顔叩いてくれないか」
どうしたのと
おそるおそる階段を降りて家の中をじろじろと見渡す。普通……だよな、現実だよな。そんな屁っ放り腰な俺を見て、海は呆れ半分で腕を引っ張り無理やり席に座らせた。
「今日どうしちゃったの。まさか学校でいじめられてるとか」
本気で心配してくれるとわかった途端、これが夢の中ではないと思い始めた。「なんでもないちょっと疲れてるだけ」と海の心配をはらって朝ごはんを食べる。
「いただきます」
教室に入ると真っ先に笹原と目があった。少し怖かった。いやかなり怖かった。怯えているのも露知らず、笹原はいつものように声をかけてきた。
「よう空、今日は遅刻ギリギリだな。まさか夜な夜ななにかしてたんじゃないか? どのサイトで見てたんだ?」
こんなくだらない話を聞いて心が落ち着く日がくるなんて思いもしなかった。息をはーっと吐いて胸を撫でる。自分自身を宥めてから、笑って自分の席に向かう。そしてまた心臓の音を聞くことになる。
「どういうこと……」
目に入ったのは里中さん。ハーフだからなのかそれとも美人だからなのかわからないけど、今日は特に目立っていた。
彼女の右腕は包帯に巻かれていた。
夢に出てきた女性と同じ右腕を負傷していた。それは偶然なのかそれとも……。
「さてと今日は特に連絡事項はありません。今日の日直さんはあとで日誌を取りにきてください」
ホームルームに引っ張られ考えるのをやめることにした。
授業中の彼女は特に変わりなくクールなままだ。右腕が使えないにもかかわらず教科書を準備するのも文字を書くのもまるで支障がない。器用な人なんだなっと雑に思った。
身の回りのことをなんなくとこなすというのもあってか、一部の男子やあのまったり系を除いて周りは一切手伝おうとしない。
「でさ、俺そんときカチーンっときていってやったんだよ」
昼時になり笹原の愚痴に付き合う。パンをかじりペットボトルのミルクティを飲む姿がその愚痴のせいで週末のサラリーマンみたいだ。心なしかペットボトルのミルクティがお酒に見えてくる。こんな感じのお客さんよくいるよなっと笹原の話を八分目まで聞く。
「そういえばアマリリス? だっけ今日包帯してきた人。あれ折れたって本人はいってるけど実は嘘らしいぜ」
「どういうこと?」
「なんでも心配されて男に構ってほしいかららしい。人から聞いた話だから確証ないけど、これが本当だったら大分痛いぜあの人」
にわかには信じられない話だが腕を折ったというのに肩やほかの部分まで庇う様子から少し違和感を感じる。周りもその噂を知っているようであちらこちらでヒソヒソ話をしているのを視覚的に感じた。
“ガラガラ”
ドアを開けて入ってきたのはなぜかジャージ姿で足を庇う里中さん。教室が一気に静まりかえりタンタンという足音だけ響いていた。なにごともないように座る里中さんは本を取り出し読み始めた。教室を見渡せばチシャ猫のような笑みがたくさんあった。
ヒソヒソ。
コソコソ。
以前の噂もあって、元々口を開かない里中さんは
花は咲かねば首を切られる。彼女は咲かなかったのか、それとも虫に食われたのか。
そして俺は蕾をさらにすぼめさせて、見て見ぬふりをした。
放課後になり全員陽に照らされて背伸びする。帰り支度をして笹原とバイトへ向かう。廊下は他学年が入り混じりとても賑やかだ。
しかし突然耳に入ってきたのは女性のつんざく悲鳴だった。
「痛い痛い! 助けて! この女に殺される!!」
声に反応して俺らも気になり行ってみるが野次馬がすでに集まっていた。その隙間から見えたのは床に倒れて腕を捻りあげられている女子生徒だった。
そしてそれをしているのは里中さんだった。
そのあと先生に取り押さえられた里中さんはそのまま連れていかれた。
なにが起きたのか理解できなかった。目の前で起きた非日常な光景。
ひとつだけ確かなことは、彼女は両手を使っていたということだ。
* * *
今日は三日月が空に浮かぶ妖麗な日。乏しい月明かりに照らされたのは私の影。
その影は午前二時に動き出す。
古びた一軒家の裏にあるキッチンの小窓から侵入すると、スマホを取り出し確認する。点滅する点がマップに表示され猿飛のスマホがどこにあるのかわかる。それは猿飛自身の位置でもあり、この家からものすごいスピードで離れている。おそらく車に乗っているのだろう。あいつがいないうちにさっさと契約書を盗む。
マスクを外しこの家の中を散策する。靴は袋に入れて手には手袋をはめ、痕跡を残さないように注意する。
まず手始めにリビングの棚という棚を調べていた。しかしそれでもお目当てのものは見つからなく、次の部屋へ移動する。寝室、脱衣所、そしてトイレ。探せど探せどなにもなく、すべて日用品でよく目にするものだった。
一階を調べ尽くしたあと、二階に向かおうと廊下に出た瞬間……。
“ガタンッ”
二階から物音がしてそれに続くようにギシリギシリと階段を降りる音が聞こえた。
「まずい……!」
とっさに仏間へ走り、ふすまの影に隠れた。音の主はリビングに入ってきてなにやらぶつぶついっている。パッと明かりがついた拍子にピクッと反応した。おそるおそるふすまを開けて覗いた。
「よう、この泥棒ネズミ。お前がここにいるのはわかってんだ。大人しく出てこい」
それは凄まじい剣幕の猿飛だった。手には金属バットが握られている。いつでも殴れる態勢で私が隠れている
「どうしてここに……それにこの状況はまずい」
バッと勢いよくふすまを開けた猿飛はゆっくりと中へ入っていく。私は声を一ミリとも漏らさないように口元を力強く抑えた。目を見開きふすまに張りつくようにじっと息を潜める。ほんの数センチ隣にいる猿飛はまだ私の存在に気づいてないらしく、電気をつけようと部屋の中央へ行く。
その隙を見逃さなかった。ゆっくりゆっくりと動き、すぐさま仏間を出た。
“ミシッ”
猿飛はその音を見逃さなかった。バットを振りあげ臨戦態勢で追いかける。リビングを一周したのち寝室に向かった。よりによって私が逃げた場所だ。そろりそろりと見渡して部屋の隅々まで探し始める。私が隠れているのは押し入れの下段。荷物が邪魔で奥に身を隠せない。開けられれば即ゲームオーバー、ほんの一瞬たりとも気が抜けない。
「まえから探っていたんだろ。俺がいない間にコソコソと」
冷静さを保っていたが、私の手は震えていた。やむおえないと判断した私はベルトに忍ばせておいたナイフを手にとった。
そして押し入れの前で音が止まった。
鼓動の音でさえ聞こえてしまうほどの静けさ。目の色を変えた私は
「見つけたぜこのネズミ野郎!!」
開ける勢いが強すぎるあまり、ふすまがはずれてしまった。そして私の姿が下段にあらわになった。先制攻撃をしようとした次の瞬間……。
「待てこのやろう! 逃げんじゃねぇ!!」
そう叫ぶと猿飛はネズミを追いかけて外に出てしまった。
待てって、状況が読み取れない。つまりこういうことか。本当に“ネズミ”を探していたってことか。まったく紛らわしいにもほどがある。
九死に一生を得たけど、ひとつの選択を迫られる。
・帰宅
・続行
いつ戻ってくるかわからない状況で任務を続行するのはとても危険だ。しかしむしろ相手が家に入れば気づくし、二階なら逃げる時間は十分にある。刻一刻と時間は過ぎていく。考える暇はない。出した答えは……。
「行くしかない」
物音を立てないように素早く二階へ向かった。そこには三つの部屋があった。一番可能性があるのは猿飛の自室だがそれがどれかはわからない。片っ端から調べたいがそんな
「この感じ……」
その感覚を頼りにスタスタと迷いなく真ん中の部屋に入った。そこはまさに男の子という感じの部屋で、棚には漫画や雑誌、ギターはスタンドに立てられインテリアとして飾られている。そして窓際には机があり、その上にはパソコンと花瓶に生けられたアイリスがあった。
「女の勘は花の知らせってことね」
真新しいアイリスの花びらに触れて、ひとときの静寂を額縁に収めるようにそれを愛でた。
スイッチが切り替わったように目つきを鋭くし、部屋中をくまなく捜索する。契約書というのだからおそらく紙で、多くの契約書があるはず。そうなるとファイリングしてあったり大きな箱に保管するだろう。もちろん厳重に。
棚の裏、引き出しの中、机の下など思いつくところは片っ端から探した。
しかしどこにもなかった。
タイムリミットが迫っている。なにも手がかりを掴んでいない状況に私は焦りを通り越していらだちを感じていた。一旦冷静になるために深呼吸をし、脳をフル回転させ思考に全集中する。
「この家にはない……なにか見逃しているような……」
記憶を凄まじいスピードでめくっていく。しかし絡まった糸は思い返せば思い返すほど絡まる。絶対なにかあるはずだ、っと記憶を深くまで掘りさげる。
“リンッ”
ふと頭の中に鈴の音が鳴り響いた。はっと顔をあげ、無意識に窓辺のほうを見た。そこにあるのは机とパソコン、そしてアイリスの花だった。
ゆっくり近づき机の上をサッと眺める。男の部屋というのにやけに整理整頓されている。あの傲慢男なら書類が散らばっててもおかしくはない。机の上にあるのはパソコンと筆記具が少しと手紙だった。
「そういうことか」
「あいつの暗証番号は……」
リリィが思い当たる数字を入力する。
“パスワードが間違っています。当アカウントのパスワードを使用していることを確認してください”
もう一度入力する。
“パスワードが間違っています。当アカウントのパスワードを使用していることを確認してください”
“パスワードが間違っています。当アカウントのパスワードを使用していることを確認してください”
“パスワードが間違っています。当アカウントのパスワードを使用していることを確認してください”
“パスワードが……”
次で間違えたら当分開かない。それは作戦続行不可能を意味する。落ち着け、落ち着け。静かに目を閉じて整理する。
「あいつがいってたこと……思い出せ——」
『俺の弟は……』
『……って書いて“しょうぶ”ってんだ』
『プレゼントは……』
『だから俺は——』
カッと目を開き迷わずキーボードを打つ。そして……。
“ようこそ”
ふっと息を吐き、すかさずパソコンを調べる。ファイルや画像、ゴミ箱の中も漁る。
「だからアイリスの花なのか」
アイリスは日本語でアヤメ、漢字で書くと
アヤメあるいはアイリス、この開花時期は五月で誕生花は四月十七日、五月五日、五月十日、六月六日。猿飛との会話で弟の誕生日が四月というのがわかったっていた。かなり博打に近かったが結果オーライだ。そしてついに……。
「見つけた」
契約書のデータが大量に見つかった。最近よくある手で、こうしたデジタルデータとして残しておくことにより、契約書の管理がしやすいというものだ。もちろんシティではデジタルデータ版の契約書も効力がある。直筆のサインがある場合のみだがな。
あとはこのデータを奪って帰るだけ。リリィは余裕の笑みを溢す。
「楽勝だな」
「なにが楽勝なんだ?」
聞こえるはずのない声が私の背筋を震わせる。バッと振り向いた顔のまさに数センチ先にその男の顔があった。それはホラー映画でよく見るワンシーンで不気味な笑顔を浮かべていた。そうまるでブラックキャット、別名デビルフラワーのような奇奇怪怪な笑顔だ。
瞳孔が一気にすぼまり逃げ場をなくし、猿飛と机に圧迫される。足音や物音はしなかった。いやそれとも単に気がつかなかったのか。この状況は食虫植物の口の中にいるのとほぼ同じ。相手が手を出せば私はひとたまりもない。
「コソコソとなにしてんだ……ってお前は」
猿飛が少し距離をとって全身を眺める。そして先ほどの不気味さが嘘のように明るく接してきた。
「マイハニーじゃねぇか! こんなところであえるなんてまさに運命だな!」
敵対している様子はなくその急な変化に戸惑いすら覚える。ぺらぺらと口を開いてはあのときはどうのそれからどうのと話をする。
私もそれにあわせて以前と同じ口調であいづちをうつ。猿飛は「それじゃあこのあと一杯どう?」とさりげなく誘ってきた。馬鹿だなこいつ。
「まあでも……まずはナイフから手を離そうか」
そういった猿飛は一気に距離を詰めて私の顔面目がけて重い一撃を放つ。とっさにガードしたが、吹き飛ばされて机にぶつかりバウンドする。猿飛は満面の笑みで殴り続ける。
「おらおらどうした! このままだとさっきのすまし顔が腫れあがるぜ!!」
背中に机の角が刺さっているし、まさにサンドバック状態。このままではまずいと判断し、猿飛のアソコ目がけて思いっきり足を蹴りあげる。
「あんっ!!」
情けない声とともに怯んだ猿飛をさらに蹴っ飛ばし無理やり距離をとる。
「てめぇ……よくもやってくれたな。ただじゃすまねぇぞ!」
立ちあがりまた殴りかかってくる。今度は私も反撃に移る。猿飛の重いパンチに対して手で受け流しながらさばいていく。後ろに回り込み肘打ちをする。振り返った猿飛は回し蹴りをするが、とっさに
しかしその一撃は空振り、猿飛は
「お前、なかなかの体術だな。だがな……」
猿飛の構えが変わり、ナイフで応戦しようとしたが顔面と腹に連撃を受ける。腹を抱えてうずくまった状態から動けない……。でも立たないとやられる……! なんとか立ちあがって顔をあげると、鉄の筒が眉間を狙っていた。
「女相手にそれは卑怯じゃなくて」
「これから死ぬやつに情なんてかけてられないぜ」
持っていたナイフをホルダーに戻し、机に腰かける。猿飛は依然として私に標準をあわせている。そして落ち着いていてかつ
「死ぬまえに答えろ。お前はだれだ。なにが目的でここにいる。正体を表せ」
一瞬の静寂が過ぎた。冷静さを保ってそっとパソコンのキーボードに手をのせる。
「弟さん、今闘病中なんでしょ。さぞ大変なんなんだろうな。ねぇエージェントアルファ」
「おい、だれとしゃべってんだ」
その言葉を無視するかのように耳につけたインカムにそっと手を当てて話し続けた。眼差しはしっかりと猿飛のほうを向いて、一瞬の隙も見せていない。辺り一面が彼岸花で埋め尽くされるようにこの部屋はすでに私のものになった。
「バイタルは安定、菖蒲君は今ぐっすり寝ているらしい。ねぇ知ってる? 血管に大量の空気が入るとどうなるか」
「おいそれってまさか……!」
机に置いてあった病院からの手紙をチラつかせ仲間に指示を出す。穏やかな表情とは裏腹にやろうとしていることは悪魔の所業、そういいたげな猿飛の顔は
「ゲスが……そんなの信じられっか! 俺をおちょくるのも大概にしろ」
正解、仲間なんて嘘。そんなの私が好むわけがない。これもインカムじゃなくてただのイヤホンだし。しかしあいつも流石に信じないか。ブラフだと完全にバレれば即あの世逝き。ペースは依然として私にあるけど、とっさに出た方便は少々危ない綱渡りだったかもしれない。うまくいけばこの場を離れられる。失敗をすればこの世から離れる。やっていることは相手の
仕方がない。USBで脅すしかないな。
「パソコン内のデータはすべてここに入っている。今までの違法な取引、契約書、思い出の写真まで。もちろんパソコンは初期化済み」
さてどう出る。
「ふん、ならお前を殺してからUSBを奪うまでよ。いい残した言葉はそれで最後か」
猿飛がトリガーに力を入れている。いつ撃たれてもおかしくない状況だ。大丈夫、まだ焦るべきじゃない。いざとなれば相打ち覚悟で突進する。そのまえにできることをすべてやる。相手を刺激しないようにゆっくりと花瓶に手をかける。
「私を撃てば弟さんもあの世逝き。それにUSBも内蔵された小型爆弾で木っ端微塵。せっかく綺麗なアイリスなのに残念」
そういって一輪のアイリスを手に持ち、花の根本からポキッと折った。
これでラスト、私のやれることは全部やった。もうほかのすべはない。
難しい表情をする猿飛はただ黙っていた。
頼む
「お前の要求は?」
猿飛は渋々拳銃をおろし、マガジンを床に落としてセイフティレバーを戻した。
緊張感が一気になくなった。激しくなっていた心臓を撫でおろしたかったが、ここでそうするとブラフの意味がない。端的に要求を伝えた。
「金だよ。私はこの情報ひとつで三〇〇万がもらえる。そっちの提案次第で私はこの依頼から身を引く」
歯を食いしばってる猿飛は絞り出すように親指だけを曲げて掌を見せてきた。
「これでどうだ……」
机に腰かけたまま右手の親指と人差し指以外を折り曲げて顔の横に持ってきた。
「倍はもらわないと」
「ゲスが……し、仕方がねぇ。それで満足だろ」
猿飛はこの要件をのんだ。後日、東京の船着場にある倉庫で取引をおこなうことになった。
ご機嫌ようといわんばかりに髪をなびかせ部屋を去っていく。その間猿飛は血が
「ごめんな菖蒲。兄ちゃんが守ってやるからな」
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