▄︻┻┳═一 二発目 ≫【寄り道】
——東京、練馬
おぼつかない足取りで洗面台へ向かう。手早く顔を洗い、寝起きの顔に一発
残りの溶き卵を入れて十分に火を通したら卵焼きのできあがりだ。
時計を確認しエプロンを外しながら二階へあがる。部屋に入るまえに一応ノックするがいつも反応はない。そのままドアを開け、
「
妹の
ふあーっとあくびをする海が
両手をあわせて兄妹ふたりで朝ごはんを食べる。
「お兄ちゃん、なんでお弁当作ったの? 今日始業式でしょ」
はっとしてカレンダーを見た。そこにはペンでしっかり"
「お兄ちゃんそういうとこあるよね。うちまだ中学生だけど頼っていいからね」
妹は
父さんは俺が中学のときに
今は
海は俺の作ったご飯を美味しそうに食べる。そんな妹を見るのが俺の数少ない
◯
「それじゃあお兄ちゃん、行ってくるね」
海とはここでお別れ。空いているカバンを揺らして
春の
「どうしたの?」
「走ってたらね、お
涙ながら事情を説明してくれた。転んで膝をすりむいたらしい。足元を見ると
俺も小さいころよく転んでいたから、昔の俺とこの子の姿を重ねてしまう。泣いている子どもを目の前に懐かしんでいるのもどうかと思うけど。
このままではかわいそうだし、
「これでもう大丈夫だ。学校着いたら
泣き止んだ男の子はお
おっと
「空ちゃんじゃない、いいとこにいたわ」
それは知り合いのおばさんだった。軽く挨拶して話を聞いた。荷物を車に乗せるの手伝ってほしいとのことだった。
見た感じ重そうな段ボールがいくつもあった。
ひと仕事終えるとおばさんがお礼にとお茶をくれた。
あれ、なんか先に進めない……。急ぐ体に反して偶然に偶然が重なる。学校があるにも関わらずあちらこちらに困っている人がいる。それを見逃せない
近くの学校のチャイムが聞こえた。その瞬間俺は遅刻を確信した。
それならと、ある場所で自転車を
ここは俺が好きな場所だ。この時期になるとソメイヨシノが
“キーンコーンカーンコーン”
二回目のチャイムが鳴ってしまったらもう仕方がない。
名残惜しそうに桜を眺めているとふと人影が目に入った。
とっさに自転車のブレーキをかけた。
着ていた制服は間違いなくうちの学校のやつ。彼女はフェンスにもたれかかって、手を伸ばし桜を眺めていた。それは
しかしその桜は枯れ木だ。いや……微かに
彼女はなぜその桜の木を見ているのだろうか、なぜ学校に行かないのか、いったいだれなんだ。そうやって彼女と老いた桜の木を見ていたそのとき、
堪らず目を閉じた。砂が混じり目が痛くて開けられない。
目を優しく
彼女を包むように舞いあがる桜の花弁。
精霊の
まるで俺と彼女が同じ存在ではないと
じっと見つめてくる彼女にこっちが
頭の中にこびりつく“
◯
「
「先生、俺って
「ったくお前ってやつは。ちょっと待ってろ確か集会のまえに……」
先生がそのまま連れていったんだろとはいえず、パイプ椅子にちょこんと座る。先生はバインダーの紙を確認して教えてくれた。
“二年七組”、それが俺のクラスだ。
教室に着くともちろんだれもいなく、黒板に貼ってあった
「
突然教室のドアが開いて、クラスメイトが戻ってきた。
「お、空きたのかよ。これで
「今日は授業
友達と担任の先生がにこやかに話しかけてくる。別に皆勤賞を狙っているわけではないが、そういわれると少し恥ずかしくなった。カバンを抱えて自分の席を探す。
席に座ると
教室を
初日なだけあって今日の学校は午前中に終了した。学校にくるまえからすでにいろいろあったなとため息をつき、カバンに顔を
クラスメイトはあらかた帰ったらしく教室は静かだった。このまま寝ようかな……でもだれか俺を呼んでいる気がする。「そーらー、ねえ空ってば」と聞こえるが、
クラス替えがどうなるかと思ったが、先生も優しそうだし別にボッチじゃないから問題なさそう。そういえばこのクラスに……。
「空! 何回も呼びかけたのに反応しないなんて! それに初日からなんで遅刻してんのよ。あんたらしくない」
いきなり机を叩き現れた彼女は
「もうなにやってるの。あんたってやっぱドジよね」
彼女は
頭に手をついてやれやれといいたげな彼女を見るのはこれで何回目だろうか。
元気いっぱいなすみれがしつこく聞いてくるので、今日あったことを軽く説明した。桜のこと以外は。
「あんたって相変わらずお
幼馴染みとはいえ、すみれは
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。顔になにかついてるの」
スマホを取り出して顔を確認する姿が
「いやなんでもない。一緒に帰ろうかすみれ」
すみれは大きく
◯
「ちょっとまた信号じゃん」
「まあまあゆっくり行こうよ」
信号に捕まったすみれは
「ねえママ、あの人ゴリラみたい」
「こらっ見ちゃだめ!」
信号が青になりすみれは
角を曲がり、川を沿い、橋を渡る。周りは桜並木、目の前では幼馴染みが元気に自転車を漕いでいる。
またしばらくして信号待ちをしていると、すみれは難しい顔をした。
「今度はどうしたの」
「お……お腹が空いたぁ」
そういえばお昼はまだだった。運動しているからかもしれないが、昔からよく食べる子である。すみれが「なに食べる?」と聞いてきたとき思い出した。今日は間違ってお弁当を作ったんだった。
すみれには申し訳ないが、食べないのももったいない。
「ごめん、今日お弁当作っちゃったからいらないや」
「あ! じゃあいつものとこ行こう。きっとお花見できるよ! そうと決まれば
「え? ちょっと待ってすみれ、危ないってばー!」
「空おそーい! あたしコンビニ行く
「さすがすみれだね。俺もう喉カラカラ……」
くたくたになりながらもひとまず自転車を停め、すみれとともに公園内に入っていく。あたり一面桜で満たされている。普段はただの公園だが、この時期は遠くから人がくるほどの賑わいを見せる。
「あ、もう
特に
「空、昔ここでよく遊んでたよね。あのジャンケンするやつ。久々にやろうよ」
「いいね。手加減しないよ」
すみれは子供に戻ったように
「やった! 今回もあたしの勝ちね。なにか
「
お互いかばんを持ちながらはしゃいだせいか、息があがってる。俺らもう歳だねというと、なにいってんのよと息をせはせはさせていい返された。
勝負の結果がこうなるのはなんとなく
「わあびっくりした! ってこれあたしが好きなやつ」
「負けたからね」
やっと上まできたが疲れ過ぎて膝に手をつく。すみれは満足したのか、手を後ろで組んで嬉しそうに歩き出した。
ここは
「あーお腹すいた。早く食べようよ」
そういうとすみれは社殿の階段に腰かけた。人もこないし
そんなことはつゆ知らず、すみれはコンビニ弁当のフタを開けた。俺もカバンから弁当を取り出して少し遅めの昼食を取る。
「空の弁当っていつ見ても美味しそうよね。じゃあこれいっただき!」
俺の弁当から卵焼きがひと切れ消えた。俺のこだわりネギ卵焼きが……。まあこうなるのは知っていたし、すみれが
「そうだ、今度海も連れてお花見しようよ。お弁当たくさん作ってくるよ」
「それ
毎年人が多く、神社のほうにも観光にくるため、いつも食べ歩きするだけだった。海が
お弁当も食べ終わり、すみれはおもむろにお
「ちょっとまた見てるし。しょうがないなぁ。ほら口開けて」
「いや別にそんなんじゃないよ……」
「そっか、あーんされるの恥ずかしいんだ。空も思春期入っちゃった感じ?」
意識していたわけじゃないがそういわれると恥ずかしくなる。そんな俺を見てすみれが笑う。釣られてこっちまで頬が
隙ありといわんばかりにすみれが口にお菓子を入れてきた。
「ねぇ空、あ、あのさ……新学期になってクラス替えもしたじゃん。可愛い子とかいた?」
「すみれ、もしかして好きな人できたの?」
「え! いや……その……あたしね空のことが……」
その
「あ、ごめん風で全然聞こえなかった。なんていったの?」
「なんでもない!」
すみれの顔は桜のように色づいていた。すみれに好きな人がいるなら
太陽もだいぶ
「空、今日このあと行くの? あたしも顔出して大丈夫?」
「大丈夫だよ。きっと喜ぶと思うよ」
空が
朝や昼に比べてゆっくり自転車を漕げる。そこで改めて街全体が
自分の感情に浸っているとあっという間に
“東京
俺の母さんは
当時どう声をかければいいかわからなかった。俺もバイトや家のことをやるだけやったが、結局母さんにはなにもしてあげれず入院する
「そんな難しい顔しないで。だれが悪いとかないんだからさ」
頭では理解しているが心がついていかない。しかし情けない顔を見せるわけにもいかない。大きく
「あら、空きてくれたのね」
「もちろん、それに今日は俺だけじゃ……」
「おばさんお久しぶりです!」
すみれが元気なのはいいがここは病院。
しかし食事は十分に食べていないのだろうか。服の上からでもその様子に察しがつくほど
「今日ね、私の好きなきんぴらごぼうが出たのよ」
「そうなんですか! おばさん本当にきんぴらごぼう好きですよね」
言葉を選んでくれてるすみれと母さんは会話が弾み、俺の入る余地はない。昔から家族同士の付き合いだったため、お
こうしてみるとすみれは実の兄弟のようにも思えてくる。あんなゴリラ顔するやつでも
というかいつまできんぴらごぼうの話をするつもりなんだろう。今日はそれで終わりそうな勢いなんだけど。
「そういえば、今日始業式よね。クラスはどうだったの?」
「あ、そうそう。俺は七組ですみれも同じクラスだよ」
母さんはそれなら安心という
気がつくと時間が過ぎていて、太陽は身を隠し空にはポツポツと星が顔を見せる。そろそろ帰らないといけないので、母さんにまたくるねと伝え病室をあとにする。
「おばさん元気そうだったね。退院はいつとか聞いてる?」
「まだ詳しいことは聞かされてないけど、もうそろなんじゃないかなって俺は思ってる」
母さんのお見舞いに行くと毎回安心する。それが母親というものなのだろう。
家に帰ったら海に母さんの様子を伝えてやろう。また家族一緒に過ごせるように、今は長男の俺が頑張らないといけない。俺は
おそらく家では海がご飯の準備をしているだろう。あまり待たせると怒られるし、すみれを送り届けたら急いで帰ろう。
「空、置いてっちゃうぞー」
「今行くよ」
空に浮かぶ
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