第162話 【花】。※別視点

「げひひひ! お嬢ちゃん、さっきからいってんだろぉ? そんな大金かかえて、王都までのひとり旅はあぶないぜぇ?」


「そーそー! そんなのより、オレたちとさぁ? にぎやかに楽しく、しっぽりと旅したほうが絶対いいってよぉ!」


「なぁ? いいかげん首を縦に振ったらどうだぁ? こっちは親切でいってるんだぜぇ?」


 煌々と照らす月明かりの下。王都から少し離れたとある町の一角。


 ひとの少ない通りの、壁際に追いこまれた【闇】に溶けこむように小さな影を気勢も荒く3人の男たちが囲んでいた。


 その輪の中にあるのは、まさしく影のような黒い装いの、一方でその肌だけが夜の【闇】に浮かび上がるかのように真っ白な少女。


 ただそこに存在するだけで、他人の目を惹く外見だった。


 烏の濡羽のように艶めく長い黒髪。小さく華奢な体にまとうのは髪と同じ色の、今は亡きある国で着られていたという【着物】と呼ばれるそれの裾丈だけを短く加工アレンジした一風変わった衣装。


 成人までにはまだあと数年はかかるであろう幼い容貌にもかかわらず、その全身からは、まるで匂い立つような、妖艶といえるほどの濃厚な色香が放たれていた。


 その証拠に、見上げるその濡れた黒曜石のような瞳は、色めく男たちの視線を釘づけにして離さない。


 上からのぞきこむかたちとなった少女の胸もとのわずかなふくらみ。『ごくり』、と生唾を飲みこむ三人の男たちの喉が同時に鳴った。


「へへ。冒険者ギルドで聞いてたぜぇ? お嬢ちゃん、この先の王都にいきたいんだろ? なら、オレたちが道中守ってやんよぉ! げひひひ!」


「そうそう! どうやらお嬢ちゃん、とんでもねぇ箱入りみたいだからなぁ? だめだぜぇ? いくら換金するためでも、あんな大量の宝石、あんなところでおっぴろげちゃよぉ! 悪ーいやつらに狙われちまわぁ! ナハハハ!」


「道中たっぷり、いろいろとオレたちが教えてやんぜぇ? 手とり足とり腰とりなぁ! ギャハハハ!」


 入れかわり立ちかわり、むせかえるような臭気と酒気を吐きだしながら、囲む男たちが少女へと詰めよる。


 その狙いはひとつ。金と色。その両方をあわせ持つ、この極上のカモは、逃さない。


「あの……」


「お! ようやく話をする気になってくれたかぁ?」


「ナハハハ! ひょっとして、口が聞けないのかと思ったぜぇ!」


「おいおい、そりゃ困んだろぉ? あのときの可愛かわい~い声が聞けねえじゃねぇか! げひひひ!」


 ついに少女が観念して、自分たちに応じる気になったかと、男たちが色めきたつ。


 だが、その弛緩した空気は一瞬で凍りついた。


「息がとてもとてもとても臭うので、しゃべらないでいただけますか?」


 沈黙は、なにをいわれたのか男たちが理解するまでのほんの数秒だった。



「ひ、ひひっ! お嬢ちゃん! いくらべっぴんさんでもそりゃあよくねえぞぉ! まずは口の聞き方から教えてやらなきゃなぁ!? そのキレーな手足、軽ーく切り刻んでよぉ!」


「ナハハ! あーあ、怒らせちまった! なぁに、心配するなぁ! 回復薬くらいは、たんまり持ってるからよぉ!」


「ギャハハ! ああ! あとでオレたち全員の相手をしてもらうときには、傷ひとつないよう、きれいさっぱり治してやるよぉ!」


 激昂とともに、3人の男たちの抜き放った刃が少女の手足めがけて襲いかかり――



「レイス流花護かご術。【花摘ミ手折リ】」



 ――同時に、胸もとで交差してから円を描くような流麗な動作で、なにも持たない少女の両手が閃いた。


「「「あぎゃあああぁぁぁっっっ!?」」」


 次の瞬間、『カシャンッ』と乾いた音が3つ同時にあたりに響いた。脂汗をかき、男たちがガクンと同時にひざをつく。


 激しい痛みと驚がくに震え、いまこの瞬間まで凶器を握っていたはずの、、自らの腕をもう片手でおさえて。


 夜の【闇】の中。涼やかな鈴の音のように、少女の声が響く。


「不潔な上に不埒ですね。その薄汚れた手すら清めずに、わたしを摘もうとするなんて」


「「「う、うあぁ……!?」」」


「作法がまるでなっておりません」


 少女の言葉の意味は、男たちにはわからなかった。


 わかるのは、なにごともなかったかのように悠然と見下ろす少女と、痛みにうめき脂汗を垂らしながら、ひざをつき見上げる自分たち。


 どちらが狩られる側なのかという事実だけ。


「「「あ、あああぁぁ……!?」」」


 ゆえに、手持ちの回復薬を服用して、もう一度少女に挑もうという気概などあるはずもなく。


「まあ、どちらでも同じですが。わたしを摘んでいいのは、この世でただひとり。にいさまだけ……」


 倒れる男たちにはなんら興味をしめさず、夢見るように少女が自らの左耳につけられた青い装飾具ピアスをなでながらつぶやくそのときにも、男たちはただだまって震えていた。


 それでもなお、少女の鮮やかに紅をさされた唇に。白くたおやかな指先に。じっと目を奪われながら。


「ふ……あぁ……」


 やがて気のぬけたように小さなあくびをひとつすると、少女は完全に興味をなくしたように、男たちから背を向けた。


 いや、それは正確ではない。


 このわずかな時間。一方的な出会いから別れまでのあいだ。その凶刃を向けられたとき、そしてそのかいなを無慈悲にへし曲げるときまでも、少女の興味も関心も男たちに向けられたことなど、一瞬たりとてないのだから。


 そう。少女の胸の中にあるのは、ただひとつ。


「ふぁ……。変なひとたちにからまれて、遅くなってしまいました……。早く宿をとって寝ないと、わたしの鮮度が落ちてしまいます……。でも、安宿はだめ……。にいさまのためにも、眠くても今夜もお務めはちゃんとしないと……。だから、短い時間で集中できるように……声をだしても響かない……部屋同士の壁の厚い、ちゃんとした宿に……」


 ほんのりと頬を赤く染め、少女の白い手がそのへその下のあたりをゆっくりとなでる。


「ノエル……にいさま……。あなたのネヤが、もうすぐ参ります……。だから、どうか……。わたしをまた、おそばに……」



 それは、少女にとっての世界のすべて。


 生まれたとき、いや生まれる前より刻みつけられた、いまは遠く離れ失われた、少女にとっての世界のすべて。




 まもなく【闇】の勇者ノエル・レイスのもとに過去が訪れる。


 耐えかね、逃げだした【あの夜】の過去が。いまわしき【あの家】の因習が――そのとき以上に、いびつで醜悪なかたちをもって。


「にい……さまぁ……」


 煌々と照らす月明かりの下。


 王都の方角。夜空の先を見つめながら、少女は夢見るようにただ静かにそうつぶやいた。





♦♦♦♦♦


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