第163話 何度訪れても。

 カツン。


 鏡のように磨きぬかれた石づくりの床に、足音が響く。クラス柄、つい音を消して歩いてしまう、僕以外の3人の足音が。


 何度訪れても、慣れそうもなかった。この広大な王城の荘厳なる様相には。


「……来たか。【闇】の勇者。そして、【輝く月ルミナス】」


 そしてこれも何度訪れても、慣れそうもなかった。


 謁見の間へとつづく通路。


 全身から威圧感をほとばしらせながら僕たちを待つのは、騎士団長にして王国の保有する最強の公的個人戦力。黄金騎士ゴルドー・ゴルディール。


「あ~! ステアだ~!」


 だが、そのとなりにもじもじと立っていた僕たちの友達の星弓士ステアを見つけると、ディシーは僕のうしろから、そんなゴルドーを無視してタタタッと駆けよった。


「わ、ディシー!」


「あはっ! ひさしぶりだね!」


 それから、再会を喜びあうように互いの手を掲げてパァンッ、と軽く打ち鳴らす。

 

「でも、めっずらし~! お城で会うなんて~! どうしたの? 今日はいつもの、お姉さんのシルヴァナさんは?」


「えっと、訓練中に、急にパ……んんっ。騎士団長に呼ばれて、いい機会だから、お前にも知っておいてもらいたい、って。おねえちゃ……んんっ。副団長のかわりに」


「そうなんだ~! でも会えてうれしいよ~! この前、ステアのおうちでみんなでお茶会して以来だよね! 楽しかった~! またしようね~!」


「う、うん。またしよ」


「はあ。ディシー君。娘と仲よくしてくれるのはありがたいが、いまは公務中だ。ステア。お前ももっと公私をわきまえ、毅然とした態度で」


「え~! そんなのひどいよ~、ゴルドーおじさん! 友達同士に、公務中もなにもないってば~! ただでさえ、そんなしょっちゅうは会えないのに~!」


「むう。ディシー君……」


 ステアの手を指をからませ、きゅっと握りながら、上目遣いでうるうると見上げるディシーの姿に、ゴルドーが困りはてたように口ひげをなでる。


「ディシー。ステア。ロココもあれ、やりたい」


 と、そこにいつのまにか僕の後ろから離れていたロココが加わった。


「え? ロココちゃん?」


「あれ、って……? え!? わわっ!?」


 タァンッ! と床を蹴る音のあとに、パァンッ! と小気味よい音があたりに響いた。



「すっ……すっごい!? いますっごい跳んだよ!? ロココちゃん! こんな小さいのに、すっごい!」


「う、うん! ディシー、すごいね! ……ひょっとして、これって全身の呪紋で身体強化されてるの……? というか、ロココちゃんって、もしかしてこれなら私と違って、近接戦もいけるんじゃ……?」


「ステアも」


「え!? わわわわっ!?」


 パァンッ! と小気味よい音がふたたび響いた。


 それから、三人そろってきゃいきゃいと騒ぎだす。



 ガシャ。


「ふふ。まったく。ゴルドー殿。ご息女をまきこんでもうしわけない。ですが、ああ見えてあのふたりも【災害カラミティ】級という過酷な討伐任務を終えて間もない身。どうかご容赦いただければ」


 そんな3人をだまって見つめていたゴルドーに近づき、ニーベリージュが語りかける。ロココたちを見つめるその紫と赤の瞳は、愛しむようにやさしく細められていた。


「ふむ。たしかに。なればニーベリージュ殿。其方もどうか? 顔に混ざりたいと書いてあるようだが?」


「むう……! か、からかわないでいただきたい……!」


 そういいながらも、独特の金属質な足音を響かせながら、おずおずと近づいていくニーベリージュ。やがて、歳のほど近い4人の娘たちの華やいだような談笑が聞こえてきた。



「はは。みんな楽しそうでなによりだね。ゴルドーさん」


 そして、そんな4人の娘たちを目じりを下げながら見守るゴルドーに僕は近づき、微笑みかけ――


「なにを馴れ馴れしく私に話しかけている……! 【闇】の勇者ぁぁ……!」


 ――ギロリとにらみつけられ、殺気すらみなぎらせる最大級の威圧を返された。



 ……【隠行】!


 さっ、と視線をそらし、その場で気配をおし殺す。


 ふん、と鼻を鳴らし、ゴルドーはふたたび、きゃいきゃいとはしゃぐ4人の娘たちへと目を向けた。



 ……何度訪れても、慣れそうもなかった。


 【輝く月ルミナス】のほかのみんなには会うたびにどんどん態度を軟化させ、いまやさっきみたいにかなり甘い対応すらとるようになったのに、なぜか僕にだけは、いつまでたってもむきだしの敵意をぶつけてくるゴルドー。


 僕、こんなに嫌われるようなこと、なにかしたかなあ? まさか、いまさら【闇】属性や暗殺者がどうこうじゃないだろうし。 うーん?


 ……その場にいながらにして存在感を希薄にする高レベルの【隠行】に魔力を集中しながら、目をつむり、ああでもない、こうでもないと首をひねる僕には、気づくよしもなかった。



「絶対に娘は渡さんぞ……! 【闇】の勇者ぁぁ……!」


 じっと娘たちを見つめながら、ぎりぎりと奥歯を噛みしめるゴルドーのかすかなつぶやきにも。


 そんなゴルドーの視線の奥。時おりちらちらとこちらを見つめてくる熱っぽいステアのまなざしにも。





♦♦♦♦♦


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