第160話 やっぱり、僕は。
『はあ? ひとを殺したくないぃ? なぁにいってんだぁ? 殺しが、死体がなけりゃ生きられない一族の中で、だれよりもその才能に恵まれてるくせによぉ?』
うつむく僕の前で、その
『何度いってもわからねぇみたいだから、もう一度いってやるよぉ! てめぇには暗殺者としての才能がある! 兄貴分であるオレさまやこいつよりも、死んだ先代よりも、それ以上の才能を持つ、いま【レイス家】の長である先々代よりも、いや初代を含めた歴代当主のだれよりもだ! その才能を一族のために役立てねぇなんざ、てめぇ! 許されるわきゃねぇだろうがぁ!』
すぐそばで大男の魔力を含んだ怒声が僕の全身に降りかかる。
「そ、それでも、僕は……!」
「はぁ。この怪力自慢の【右刀】のバーリオの威圧にも耐えるなんて、思ったより決心は固そうやねぇ。けどノエルくん? じゃあ、あの娘はどうするつもりなん?」
「え……?」
すくみあがりながらも反論しようとした僕に、だが今度は御簾の左前に立つ細身の男がその狐のように細い目で入口のほうを指ししめした。
そこに、目があった。横開きの扉の隙間からわずかにのぞく、僕と同じ漆黒の瞳。烏の濡羽のような艶やかにのばされた黒髪。
「ようやく一族のあいだに産まれた、切望された女子。次の当主のために手塩にかけて磨き上げられた【真花】をどうするつもりなん? と聞いてるんやけど?」
その一対の瞳は、微動だにせず、じっと僕を見ていた。
生まれながら、いや生まれる前にはすでにその一生を決められた、僕の――
ガシャ。
「屍肉食いの虫たちよ。生命の循環。それはたしかに世の理だ。だが、せめて死者に安らぎと尊厳を。と願うのもまたひとの理だ。悪いが、はらわせてもらうぞ!」
――独特の金属質な足音と、ゆらめく青い霊火を視界の中に認識すると同時、ハッと意識が現実にもどってくる。
「はああっ!」
ニーベリージュが気合いとともに
「よし。これで……いや、待て!? ロココ!?」
その青の霊火が完全に消えるよりも早く、じっと見ていたままだったロココが近づき、横たわる死体へとその小さな手をのばした。
「っ……あぶないっ!」
「あ……」
まだ頭は混乱していた。けれど、体は勝手に動いた。魔力を足に集中して全力で駆けだし、間一髪で燃えつづける死体に触れる前に、その小さな手をおさえる。
「な、なに考えてるんだ!? ロココ! まだニーべの放った青の霊火が消えてないし、それに、、あんなに腐乱した死体に素手で触ろうとするなんて! せめて呪紋で間接的に――」
激しくいいつのる僕の前で、ロココがゆっくりと首を振った。
「ひと、だから。ロココや、ノエルと、おなじ。だから」
――その言葉に、思わず目を見開いた。
……そうだ。【死体】じゃない。【
もう終わってしまったけど、このひとたちにだって、それぞれの人生があった。きっと大切なひとだっていたんだ。
僕や、みんなとなにも変わらない。だったら……!
左手の腕輪の亜空間収納を展開。そこからとりだした小瓶のふたを開け、死体の上からまんべんなく振りかける。
「ノエル。それ……」
「うん。ロココのいうとおりだ。ありがとう。目が覚めた。だから、僕もロココと同じで、できるかぎりの敬意をもってこのひとに接したいんだ」
ふりかけたのは、浄化の聖水。
毒や呪い、それにあらゆる【汚れ】をとりのぞくそれで、可能なかぎり遺体を清める。
「これで、もうこのひとに触っても大丈夫だよ。ロココ。よかったら亜空間収納に遺体を納めるのを手伝ってくれるかな?」
「うん。ノエル」
「あ、あたしも!」
「もちろん私も手伝おう。ちょうどそのご遺体で最後だ」
……うん。やっぱり僕はこっちがいいな。
ひとを殺すことを、命をなんとも思わない、無機質な虫の巣窟のような【あの家】じゃなくて、ひとつひとつの命を大事に、大切に思う、このあたたかい【
最後のご遺体を亜空間収納へと納め、その冥福をみんなで静かに祈りながら、僕はそんなことを思った。
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