第159話 再生と理。

 ミシィ……! ビキキキキ……!


「あっ!? み、みんな! 見て! 神木が!」


 すでに振り返っていた。軋みと亀裂の走るような音が僕の耳にとどいたときには。


 だから、僕の目にははっきりと見えた。ディシーが叫び声を上げた瞬間、同時に――


「あ、わひゃああああ!?」


 バキィィィィィィンッ!


 ――神木が跡形もなく砕け散るのが。


 そして。



「よく見て。ディシー。大丈夫」


「え……!?」


 ロココのいうとおり、完全に神木が死んだわけではないのだということも。


 僕たちの眼前。枯れて、爆ぜ割れた神木の中から緑色に淡く光る小さな【珠】――【核】がこぼれ落ちる。


「あ……!?」


 そして、【核】が吸い込まれた地面がかあっと緑色のあたたかな【光】を放つと、小さな芽がそこに生えた。


「わっ……!? わわわわっ……!?」


 そして、ディシーがあわあわとふためいているほんの数秒のあいだに、ぐんぐんと背を伸ばし、次々と青々とした葉を繁らせていく。


 もとの樹齢千年をも超える威容とは比べるべくもない――けれど、立派に成木といって差しつかえない姿がふたたびそこにはあった。


「……うん。なんとか10年分くらいは守れたかな?」


「そうだな。どうやら私たちは、ぎりぎりで間にあったらしい。なに。人間わたしたちと同じだ。どんな姿だろうと、境遇になろうと、生きてさえいれば存外なんとでもなるものだ」


「うん。これから千年、またきっと大きくなってくれるはず」

 

「ニーべさん……! ロココちゃん……! そっか……! そうだよね……! じゃあ、あとは――」


 そこで僕たちは、神木から離れ、あたりを見まわした。


「――このひとたちをちゃんとおうちに帰してあげるだけだね……」


 そこには、ばらばらと大量の骨が散らばっていた。




 ……別に、決まりがあるわけではない。


 街の外で死んだひとの遺品や遺体、あるいは骨を、見つけたものが持ち帰らないといけないわけでも、弔わないといけないわけでも、ない。


 ただ、僕たちは――


「あ……! これ、ペンダントだ……! ついてた宝石は割れちゃってるけど、裏に名前が掘ってある……! ぐすっ……! 待っててね……! ぜったい、家族のところに帰してあげるからね……!」


「む。この者、手の中になにか握りこんだまま絶命しているな。これは……金貨袋か。そうか……。最後まで遺される家族のこれからを案じて逝ったのだな……。わかった。あなたの遺体を魔力照合してでも、必ず私がとどけよう」


 ――多少の余裕があり、遺体に触れるのに抵抗がなく、亜空間収納という運搬手段もある。そしてなによりも、そうしたいと思ったから、そうしていた。



「あれ? ロココ?」


 しばらくそうしてみんなで拾っていると、ふとロココがじっと立ったまま、端のほうの茂みを見ているのに気がついた。


「どうし……うっ!?」


 そこにあったのは、真新しい死体。そう。まだ骨になっていないという意味での、ウジやハエ、ゴミ虫、その他多様の屍肉食いたちがたかる腐乱した死体。


「あれ? どうしたの? ふたりとも……ひぅっ!?」


「……まだ新しいな。そして、【寄生触手群体パラサイトテンタクル】が寄生した神木からはやや離れている、か。おそらく瀕死の重傷を負わされながら、それでも這ってでも逃げようと、生きようとしたのだろう。だが……これも世の理か。生命の循環。その虫たちもまた、そういった死体ぎせいがなければ、生きられないのだからな」



 ――そのニーべリージュが告げた言葉に、僕の心臓がドクンと、鳴る。



(はあ? ひとを殺したくないぃ? なぁにいってんだぁ? 殺しが、死体がなけりゃ生きられない一族の中で、だれよりもその才能に恵まれてるくせによぉ?)



 そして、鮮烈に思いだす。


 僕の実家。ひとを殺すことをなんとも思っていない、あの無機質な虫のような暗殺者どもの巣の中で起きた、いまわしいできごとを。





♦♦♦♦♦


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