第151話 つかんだ手のその先。(後編)※別視点

「いや、それにしてもいい話をもらった! フーディーのやつに取引を断られたときは、はらわたが煮えくりかえる思いだったが、サギーナ・ダマルトスだったな! 礼をいうぞ! そなたは平民にしてはなかなか見どころがある!」


「うふふ。大貴族であるヒル・ブラッドリーチさまにそういっていただけて、光栄ですわ」


 夕刻に差しかかる王都の中を走るブラッドリーチ家所有の豪奢な馬車。その客車の中でふたりの人物がとなりあって座っていた。


 ひとりは貴族風の男で、もうひとりは薄く笑みを浮かべる妖艶な女性。胸もとが大きく開かれ、スカートには大きくスリットが入った扇情的な衣装を身につけている。


 だが上機嫌に高笑いを上げていたはずの男は、女性のその言葉に一気に眉間にしわを寄せた。


「ふん! やめろ! いまいましいことだが、あのブラッドスライン家当主の小娘にはめられて爵位を奪われたいまの私はもう貴族では――」


「あら。なにをおっしゃるのです。ブラッドリーチさま」


 固く握りしめられた貴族風の男の左手の上に、となりに座る女性がそっと両手を添える。


「爵位の有無など関係ありません。その品格、お血筋、お志、いままで築かれてきたご資産、人脈、いずれも私ども平民には到底手がとどきません。……私にとって、あなたさまはいまも立派な大貴族さまですわ」


 その言葉の終わりとともに、女性が男の肩にしなだれかかる。


 意図してか偶然か、ちょうど上から開かれた胸もとをのぞきこむかたちとなり、貴族風の男の喉がごくりと鳴った。


「そ、それにしてもよく思いついたものだ! まさかギルドを通さずに、はした金でなんでもする廃都に棲まうごろつきどもを使うだけで、魔物肉や素材調達の費用が10分の1以下におさまるとは!」


 ばつが悪くなったのか、あわてて目線を外し、窓の外を見やる男。


「うふふ。こうでもしなければ満足に生きていくこともままならない弱小商人の浅知恵ですわ。ですが、潤沢な資金をお持ちのブラッドリーチさまにいただければ、いまの商売の規模を何十倍にも拡大することができます。本当にあなたさまこそ、私どもの救世主ですわ」


「う、うむ……!」


 しなだれかかったまま、女性が貴族風の男の右手にも両手を添えた。


「…… ……」


 先ほど左手に添えたときと同様に、のぼせ上がる男に気づかれないよう、そっとなにかをつぶやきながら。




 男は、いつ気がつくだろうか?


「元貴族家、ブラッドリーチ家の馬車であることを確認しました! どうぞお通りください!」


 元貴族である権力と財力を振りかざしろくな検閲も受けず、外に続く王都の大門を抜けるときか。



『ヒヒィィィンッ!』


 街道を外れ、荒れた道を馬車を鞭打って走らせる御者をする女性が雇ったという廃都のごろつきたち。


 ギルドを通さない危険性。はした金でなんでもするというその言葉の意味するものに、なにかのきっかけで思いあたるときか。



 それともやはり。



「【手枷ロック】」


「なっ!? なにを!? ぐばあぁぁぁっ!?」



 鬱蒼と茂った暗い森の奥。


 念入りにかけられたけっして外せない魔法の手枷をはめられたまま、力ずくで馬車から引きずりだされ、湿った地面に転がされたあと、これから処理される家畜のように冷たく見下ろされたときか。



 いつだって未来は空白。それはたしかにそうなのだろう。



「ぐぎぃやああがああああぁぁぁっ!?」



 ……ただしそれは、続く未来があるならば。





♦♦♦♦♦


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