第150話 つかんだ手のその先。(前編)※別視点
王城の敷地内にある平民、貴族ともに在籍する騎士団の訓練場。
「かっ……! はっ……! ぜっ……!」
刃引きした剣で幾度となく打ちすえられ、全身を土まみれにしながら仰向けに倒れる軽装の女性騎士。
いつもの罵詈雑言を吐く余裕もなく、息も絶え絶えで手のひらで覆った指の隙間から、夕にさしかかり始めた空を見上げる。
……そうしていると、耳障りな周囲の声が自然とよく聞こえてきた。
「マジかよ……! あの【狂犬】カーサ・二キールがあのデクの棒のユルスに手も足もだせずに……!」
「ああ……! ユルスのやつ、よっぽど腹にたまってやがったんだろうな……! 『デカさだけが取り柄のてめえは剣の練習用人形がお似合いだ!』 って、毎日見ててひでえくらいにボッコボコにされてたからな……!」
「それをいうならオレたちも同じだろ……! ユルスが目をつけられる前は、みんなカーサのやつにボコられてたんだからな……!」
「なあ! おい! なら、いまが恨みを晴らすチャンスなんじゃねえのか……! 監督役の上位騎士が不在で、ユルスとやってへたりきったいまなら……!」
「ごくっ……! お、おい……! それよりお前ら、あ、あれ見ろよ……!」
「あぁ……? って、うおお!? で、でけえ……!? いままでは隠してやがったのか……!? 色気のかけらもねえ男女だと思ってたら、いいもの食ってる元お貴族さまの娘らしく、へへへ……! ご立派なものをお持ちじゃねえか……!」
聞こえてきたその言葉に、倒れこんだままで女性がバッと胸をおさえた。
……切れてしまっている。
激しく動きすぎたせいで、男たちにナメられないように、こうならないように、その豊満な胸を衣服の中でキツくキツくおさえつけていた布帯が。
「「「へへへへへ……!」」」
「……クソが……!」
あきらかに危険な【光】をやどした目つきと手つきで、複数の男がにじりよる。
だが、精も根もつき果てたいまの女性には、その場に立ち上がることすらもままならず、ただ悪態をつき、唇を噛みしめることしかできない。
「どうやら、今日はこれまでのようですね。ふんっ!」
「ひゃあっ!?」
だが、男たちの手がのばされるよりも前に、倒れる女性を別の大きな手がつかみ、抱き上げた。
「て、て、てめ……!? ユ、ユルス……!? な、な、なにしてやが……!?」
「なにって、もう動けないのでしょう? カーサ。このまま救護室に連れていきます」
「な、なにいって……!? て、てめえ……!? あ、あたしが憎くて、恨んでて、さっきまでボコってたんじゃ……!?」
「たしかにあなたにはいままで散々やられてきましたが、あくまで訓練の一貫でしょう? 憎しみや恨みなどあるわけないじゃないですか。ともに王国のために戦い、切磋琢磨しあう騎士なかまなのですから」
「な、なかっ……!? うっ……!? あっ……!?」
「ん? どうしました? カーサ? 顔が赤いですよ? まさか熱でもあるのでは、」
「う、うう……うっせぇ……! い、いいから……! さ、さっさと運べ……! ユルス……! このデ……鈍チン……野郎……!」
そうして、女性は訓練場から去っていった。
屈強な腕に抱かれ、安心しきったように。あるいは赤く染まったその頬を見られないように。そのたくましい胸板に顔をうずめ、指先でそのそで口をぎゅっとつかんだまま。
「なあ……」
「ああ……」
そして、あっけにとられ、それをポカーンと見送るしかなかった、残された男たちは。
「「「例の式典も近いし、まじめに訓練しようぜ……」」」
すっかりとさっきまでの毒気を抜かれたように、思い思いに剣を振り始める。
「「「はっ!」」」
男たちが訓練しているのは、騎士団に入って習うごく初歩の技。ほんの少しだけ各々の属性の魔力を飛ばす斬撃。
「……しっかし、まさかの【闇】の勇者さまに、そのお披露目の式典ねえ……? いったいこの国、これから先どこに向かって、どう変わっていくんだろうな……?」
だれともなくつぶやいたその言葉は、振るう斬撃の音とともに虚空に溶けていった。
♦♦♦♦♦
というわけで、いいひとの手をつかめたおかげで、ギリギリで丸くおさまったカーサ編でした。
※名前を考えたときに、あれ? カーサって女の子っぽいな? と思ってパッとできた話です。
以下、読みたい人だけ向けに。
設定としては、もともと実家との折り合いが悪く寮生活のできる騎士団に在籍。けれど貴族からも平民からも距離をとられ、腕っぷしの強さもあってやさぐれて、ってのがいままで。
この日を境に髪を伸ばし、一人称もオレからあたし、性格も少し丸くなり、胸をおさえつけるのもやめて、別の意味で注目を浴びるように。そんな健気な変化を見せる彼女の想いにデク野郎あらため、鈍チン野郎が気づくのは、的な話が今後本編の外で進行していく感じです。
あと、本編にもチョイ役くらいで今後でることもあるかも?
次回、後編。
さて、一方のブラッドリーチ家にはどんな未来が待っていたのでしょう?
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