第149話 いつだって、未来は。

「一合でかまわない。私と打ちあってもらおうか。ノエル・レイス。暗殺者としてではなく、【闇】の勇者としての君の力を私に見せてみろ……!」


 午後の陽射しが降りそそぐブラッドスライン家の屋敷の中庭。


 燃えるような赤と、凪のような紫。ニーベリージュの対称的なふたつの色違いの瞳が僕を見つめていた。


「……わかった」


 全身にまとう青い霊火。つきつけられた槍斧ハルバードの切先。そして、なによりもその場からいますぐ逃げだしたくなる衝動すら覚えるほどのその強烈な【威圧】。


 いうまでもなくニーベリージュが本気であることがわかった。


 だから、僕はなにも聞かず、ただ腰にたずさえたその刃を抜くことで、それに応える。


 あの夜、僕が手に入れた新たな運命。勇者のあかし、青く黒い【光】を放つ【闇】の聖剣。


 ……小細工はいらない。


 ただ、いまの僕にできる全力を……! 聖剣の力を最大限に引きだして、この一撃に……!


 こめた魔力と思いに応え、僕の手の中の【闇】の聖剣がまとう青と黒の【光】がその輝きを増す。


「そうだ……! 来い……! ノエル……! 私も全力で応えよう……!」


 ニーベリージュが槍斧ハルバードを両腕で上段にかまえた。その身にまとうゆらめく青い霊火がその切先へと一点に集まっていく。


 同じく僕も両腕で上段に激しく迸る【光】を放つ刃をかまえた。


 そして――


「【焔霊スピリット断撃スマッシュ!】」


「【聖闇破斬ダークライト・エッジ】!」


 ――鏡写しのようにふたり同時に振り下ろす。


「はああああっ!」


「うおおおおっ!」


 激突の瞬間、激しい魔力の余波と青と黒の光があたりをつつんだ。





「はあっ……! はあっ……!はあっ……!」


「…… ノエル。君はいまから一か月前、いまの状況を想像できていたか?」


 ひざで荒く息をつく僕に、まっすぐに立つニーベリージュがそう問いかける。


 僕を見つめる赤と紫の色違いの瞳は、両目とも静かに凪いでいた。


 そっと、思い返してみる。


 そのころの僕は、まだあの【光】の勇者パーティーで独り灰色の日々を過ごしていた。


 それがいまや、自らの手でパーティーをつくり、信頼できる仲間に囲まれ、さらには【闇】の聖剣に選ばれた勇者になんて、当時の僕にいっても、とても信じられないだろう。


「ふ。私もそうだ。一か月どころかほんの少し前まで、いま自分がこうしているなんて想像もできなかった」


 僕との激突で、身にまとう青い霊火を使い果たしたニーベリージュがふっきれたような笑みを見せる。


 僕が初めて会ったときには、顔まで覆う全身鎧で固くその身と心を閉ざしていた彼女が、素顔で、ありのままに。


「だからきっと、全部そういうことなのだと思う。いつだって未来は空白で、そこでなにを得られるのかは自分自身がなにを選び、だれと出逢い、そして、その手をつかめるか次第なのだと。……これで、先ほどの質問の答えになっているだろうか?」


「……うん。ありがとう。ニーベ」


「そうか。試すような真似をしてすまなかった。まだ荒削りだが、正面から私と打ちあえる君の勇者としての力。そして可能性、たしかに見せてもらった」


 槍斧ハルバードを亜空間収納にしまったニーベリージュがすっ、と右手を差しだした。


「ノエル。こんな私だが、これからもどうかよろしく頼む」


「ニーべ。うん。こちらこそよろし――」



「ノエル~! ニーべさ~ん!」


「ん? ディシー?」


「あれ? ロココも?」


 そうして僕たちが握手を交わしていると、ものすごい勢いでディシーが、少し遅れてロココがやってきた。


「はあっ! はあっ! はあっ!」


 相当急いでやってきたらしく、息を大きく切らせて。


 それと、ただでさえラフな服装の部屋着が少し乱れて、その……ちょっとだけ目のやり場に困る格好で。


「ど、どうしたの? ふたりとも? そんなにあせっちゃって?」


 どぎまぎして目をそらしながら尋ねる僕に、まだ眠気と興奮が覚めやらないのか、たどたどしくふたりが説明をはじめる。


「ノエル……。ディシーとふたりで……。お昼寝……してたら……。窓が……ビカッ……て……」


「ノエル! ニーべさん! ふたりとも怪我はない!? さっきすっごい音と光がして……!」


「少しおちつけ。ディシー。服装が乱れてしまっているぞ。ほら、ロココも」


「あっ……!?」


「ん~……」


 外れたボタンをとめたり、ずれ落ちた肩ひもを戻したり、ふたりを手伝いながらひととおり直し終えると、ニーベリージュは大きく息を吐いた。


「すまない。どうやら騒がせてしまったようだな。実は――」



 ひととおりニーベリージュの説明が終わると、今度はディシーが安堵したように大きく息を吐く。


「はあ~。なんでもないんならよかったけど~。う~! でも急いで走ってきたから、汗で体べっとべとで気持ち悪い~!」


「ああ。だったら湯浴みをするといい。このあと夕食前に私が使う予定だったから、すでに用意は済んでいるだろう。先に――って、え?」


「ニーべ」


「ニーべさん」


 ニーベリージュの左右の手を満面の笑みを浮かべるロココとディシーががっしりとつかんだ。


「「いっしょに入ろ?」」


「っ!? い、いや、わ、私はまだ鍛錬が……! ちょ、ちょっと待って……!? ひっぱらないで……! こ、心の準備が……!」


 その耳もとまで真っ白な肌を赤くしながら、前に進むふたりにずんずんとひっぱられていくニーベリージュ。



「未来は空白……か。うん。でも、きっと大丈夫だよね。【輝く月僕たち】なら」


 

 その両手につながれたたしかな絆。


 そして、まだ僕の手にもほんのりと残るあたたかさとともに、僕はみんなの背を見送りながら、そうつぶやいた。






♦♦♦♦♦


このあと、めちゃくちゃ洗いっこした。



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