第138話 至宝。

 この王国の、そのはじまりより伝わるとされる至宝、【光】の聖剣。


 それに選ばれたものが【勇者】と呼ばれる。


 では、もしその聖剣を失ったのなら……?



「では、勇者ブレンよ。【光】の聖剣、返納の儀を」


「はい……!」


 王都の王城、聖剣の間。


 黄金一色に満たされた部屋の中。縦一直線に走る青黒い【光】の線。


 僕からはいまだ顔も姿も見えない王の命に応え、その少し前に向かって、かつて僕の所属していた勇者パーティーのリーダー、【光】の勇者ブレンが歩み出る。


 そのギリギリと軋む歯と、血管の浮き出たその形相は、まるで耐えがたい怒りと屈辱を押し殺しているかのように見えた。


 ブレン……。


「はああああっ!」


 僕がその胸中に複雑な思いを抱く中、ブレンが残る左手に【光】の聖剣を携え、黄金の床へと突き刺す。


「うわっ!?」


「きゃっ!?」


 途端にまばゆい、本当に目を開けていられないほどの強く激しい【光】が部屋中を埋めつくした。



「……え?」


 そして、次に目を開けた瞬間、絶句する。


 壁も床もなくなって――いや、見えなくなっていた。


 この黄金一色の部屋全体を呑みこんだ、聖剣が発する絶大な【光】によって。


 そしてそれは、聖剣もまた例外ではなく、僕の、いやおそらくは僕たちの目からは、もはや影も形も見えなくなっていた。



「うむ。大義であった。勇者ブレンよ。これで【光】の聖剣は、いずれ其方に返すとき、あるいは次なる資格持つものが現れるまで、何人も例外なく触れることも見ることも叶わぬ」


 ……そうか。そういうことか。それが、聖剣に選ばれることの意味。


 なら、いまもブレンには変わらずに見えているのか。


 光っていること以外なにもわからない空間の中、何者でもなくなった元勇者ブレンが一点を見つめ続けてい――え?


 ……? 


 【光】の聖剣ではない。ブレンの見つめる先、おそらくは聖剣を刺した場所の本来はその影となる部分、そしてあの縦一直線に伸びる【線】のあった場所に、それはあった。


 青く黒い【光】を宿した、一振りの、剣。


 今度は、完全だった。


 その存在を認識した瞬間から、僕の目はその一点に一切のまばたきすらできずに吸いこまれる。



「おお……! 我が代で、ついにこの時が……!」


 感嘆の声が聞こえ、ようやく少しだけ縛りが解け、横目で一瞬だけ視線を走らせる。


 高く玉座に、豪奢な衣装に身を包んだ、白い髪で顔に深く皺を刻み、髭をたくわえた老人――王。


「見えるのだな……! 其方……! ノエル・レイスよ……!」


 厳かな、それでいて、背負っていた肩の荷をようやく下ろしたかのような声で、王が告げる。


「それこそは、この王国のはじまりより伝わりし、もうひとつの至宝……! そう……! すなわち、【闇】の聖剣……!」


 鼓動がドクン、と高鳴る。


 直感した。いままさに、僕の次なる運命が動きだそうとしているのだと。






♦♦♦♦♦


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