第129話 愚かなのは。

「あはははははははははははは! これは驚いたわ! 貴方たち人間って、本当にどこまで愚かなのかしら!」


 沈む陽に赤く暮れる世界の中、そこだけ青く輝く【月】の照らすグランディル山の頂。


 オオオオオオオオオオオオオオ……!


 無数の死霊と僕たち【輝く月ルミナス】の死闘が続く中、【死霊聖魔女王】〝玩弄〟のネクロディギス・マリーアの狂ったような耳障りな高笑いが響いた。


 僕たちの中でもっとも多くの死霊を斬り殺し、いまも青い霊火を身にまといながら戦うニーべリージュが槍斧ハルバードを振るいながら、叫ぶ。


「聞き捨てならんな! 【死霊聖魔女王】! いったい私たちのなにが愚かだというのだ! ノエルの読みどおり、いくらお前でもあれほど膨大な魔力を一度にぶつけられれば、ひとたまりもないはずだ!」


「うふふ……! そうね? ニーべリージュ。たしかにそのとおりだわ。本当にわたくしにぶつけられれば……ね?」


「なに!?」


「あははは! まだわからない? ああ。死霊どもをはらうのに忙しくて、目を向ける余裕がないのね? なら、少しだけ緩めてあげる。その間に見なさい。貴女が必死に守っている、あの巨大な【月】を制御し続けているディシーの姿を……!」


「う、うううぅぅ……!」


 自らが創りだした魔法。【青幻の月ファントム・ルナ】へ向けて両腕を掲げるディシー。その表情は苦悶にゆがみ、掲げた両手の先からはポタポタと汗が滴り落ちる。


「ディ、ディシー……!」


「あはははは! ほら、ニーべリージュ! そして、ノエル! これで愚かな貴方たちにもわかったでしょう? 魔王たるこのわたくしすら脅威に感じるほどの膨大な魔力……! そんなものを貴方たち人間にあつかえるはずがないのよ! あの【月】を動かすことはおろか、いまのあの娘は暴発しないように抱えるだけで精いっぱい! それもいつまで保つのかしらね……? うふふ! あはははは! 本当に憐れで、可愛らしいほどに愚かだわ!」



「……その言葉、そっくりそのまま返すよ。【死霊聖魔女王】」


 無数の死霊たちの後方。高笑いを上げる【死霊聖魔女王】を死霊たちと戦う手は休めずに、僕は冷ややかな目で見つめる。


「……なんですって? どういうことかしら? ノエル」


「まあ、もっとも僕たちはお前を憐れとも、ましてや可愛らしいなんて欠片も思ってないけどさ」


「だれがそんなことを聞いているのかしら? ふざけてないで、さっさと答えなさい。いったいわたくしのどこが愚かだと」


「僕たちはいままさにお前を追いつめているっていうのに、それに気がつきもしないどころか勝ち誇っているから、愚かだっていったのさ。【死霊聖魔女王】。お前こそ、見なよ」


「なん――なっ……!? あ、あれは!?」


「そう。僕たちはひとりじゃない。だれがいったのさ? お前にあの【月】をぶつけるのがディシーだって」


 鞘で骸骨兵スケルトンの頭を砕き飛ばしながら、もう片手でピッと上を指す。


「縛れ、縛れ、縛れ……! ことごとく、そのすべて……!」


 そこに浮かぶのは、当然いまもその大きさを増し続ける青い【月】。そして、その【月】の表面に無数の赤い呪紋が絡みついていた。


 そう。ロココの呪紋は実体のない魔力だってつかみ、干渉できる。あの夜、倉庫の中でディシーに刻まれた【封魔シール】に干渉し、解除したように。



「いけそう? ロココ?」


「うん……! ノエル、なんとか……!」


「ディシー。つらいだろうけど、あともうちょっとだけ、頼む」


「えへへ……! ぜ、ぜんぜんへっちゃらだよ……! ノエル……!」


「ニーべ」


「ああ! ノエル! みなまでいわずとも、友を守るため私は全力を尽くすのみだ!」



「き、貴様ら……!」


「いくよ……! 【死霊聖魔女王】〝玩弄〟のネクロディギス・マリーア……! これが僕たち【輝く月ルミナス】の正真正銘、最後にして最高の奥の手だ……!」



 そして、赤い呪紋に幾重にも縛られた【青幻の月ファントム・ルナ】がロココの手によって、ゆっくりと降下をはじめる。


 【死霊行軍デススタンピード】の元凶。


 わなわなと体を震わせる【死霊聖魔女王】に逃れえぬ破滅をもたらす青い【月】が。





♦♦♦♦♦


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