第101話 当然、そして楔。※

「気に病むことはないさ。どうせ次の戦いで冒険者かれらからね」


「……え?」


 星弓士せいきゅうしの少女ステアには、その言葉の意味が一瞬理解できなかった。


 なぜなら、いつもどおりの人あたりのいい朗らかな笑みで【光】の勇者ブレンは告げたのだ。


 さっき自分たちを身をていして守った、別れ際に互いに武運を祈りあった冒険者たちが死ぬと、あの恋人の死を乗り越えて気丈にふたたび前を向いて立ち上がった少女が死ぬと――それをまるで、なんでもないことかのように。



「ま、そうだろうな。あの程度の実力じゃ、多少数集まってもなあ。【光】もいねえし。しかもいまじゃ数も半分以下に減っちまってるし」


 なにかの聞き間違いであってほしい。震えながらそう願うステアの思いもむなしく、その勇者ブレンの発言に聖騎士パラッドがあっさりと同意を示す。


「ええ。せっかく相手の手の内は暴いたのですから、そうですね……。せめて、相討ちくらいには持ちこんでほしいものですが……」


 聖女マリーアが輝くような金髪をさらりと流し、絶世と称賛されるその美貌を頬に手をあてて物憂げに曇らせる――冒険者たちの犠牲を前提として。



「っ……!」


 平然とした顔で話すブレンたちをついに直視できなくなり、青ざめた顔のままでうつむくステア。ここにいたり、彼女はようやく理解した。



 このひとたちは……いっしょに戦った冒険者のひとたちにも、私たちのために犠牲になったひとたちにも、ひとかけらも敬意も、関心すらも持っていない……!


 ううん……! それどころか、自分たちのために他人が犠牲になることに、他人を踏み台にすることに、まったく頓着がない……! 本当に心の底から、あたりまえのこととしか思っていない……!


 

 ――それは、無理もない隔絶だった。


 王国に伝わる【光】の聖剣に選ばれた勇者ブレンを頂点とする【黎明の陽デイブレイク】初期メンバーの3人。


 彼らは【光】だ。この【光】全盛の社会で、生まれながらに上位者であることを約束されるほどの力を持った至上の【光】。


 さらには、それだけでは満足できず、自らの力で身を立てる冒険者になる道を選ぶほどの、傲慢とすらいえる自分以外のすべてを灼きつくすほどの圧倒的な【光】。


 だから、彼らにとっては当然なのだ。他者が自分たちのためにすべてを投げ打ち捧げることも。それを利用し、踏み台にすることも。


 ――だが、最後に加入したステアだけは違う。


 その出自に見合うとはいえない程度の、生まれながらには弱い【光】しか持たなかった彼女は、血のにじむような修練のはてに、【黎明の陽デイブレイク】のほか3人に比肩するほどの強い【光】を身に着けた。


 ときにまわりの人間に助けられ、衝突し、ともに切磋琢磨し笑いあいながら。


 だから、彼女にとって、他者とは、隣人であり、友であり、仲間であった。



「さてと! そろそろいこーぜ! あんな雑魚どもの件で、いつまでも無駄口たたいててもしょうがねーしよ!」


「そうですわね。夜のうちにグランディル山頂付近にたどり着いて、十分に休んだあとで朝方に【死霊魔王】と戦う計画ですし」


「そうだな。では行こうか。パラッド、マリーア、ステア。いまふたたび人々に希望をとり戻すために」


 それぞれの亜空間収納にカップなどを片づけ、【黎明の陽デイブレイク】の面々が立ち上がった。


 だが、その最後尾に黙々とついたステアの胸中には、静かに、しかし確実に疑心が広がりはじめていた。



 このひとたちは、まちがいなく強い。この王国の中で一番の【光】の、力の持ち主であることは疑いようがない。でも……!


『どうせほとんど死ぬ』 『雑魚ども』 『せめて相討ちに』


 こんな、こんなひとたちが……本当に人々わたしたちの希望なの……?


 その疑心は、もはやけっして外せない楔となって、彼女ステアの胸に強く深く食いこんでいた。その心が一部、ひび割れかけるほどに。






 ――そして、彼らが目指すグランディル山の頂では。



「ふぉっふぉっふぉっ……! もう【死霊将軍デスジェネラル】が落とされたか……! 思ったよりやりよるではないか……! 人間ども……! それも3体放ったうちの2体とはな……! ふむ……? 1体は当然【光】の勇者どもとして、もう1体は――ふぉっふぉっふぉっ……! これは、なかなかにおもしろくなってきたではないか……! のう? お主もそう思わぬか? 【】〝?」


『………』


 黒き襤褸ぼろをまとった、高笑いを上げるがらんどうの髑髏の背後。


 たたずむ獅子の頭を象る黒き巨躯は、瞑目だけでそれに答えた。


 ――運命の時は、近い。





♦♦♦♦♦


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