第83話 独りにはしない。

「ね、ねえ……! ノエルくん……!」


 決意を固める僕の背にフェアさんの声がかかった。そして、僕が振り返るのを待つことなく、次の声がかかってくる。


「お、お願いがあるの……! ニーべリージュさんを仲間にするんなら……! ニーべリージュさんのことが気になるなら、いますぐ追ってほしいの……!」


「フェアさん……?」


 ようやく振り返って見たフェアさんの顔は、一目でわかるほどに青ざめていた。


「だって、おかしいの……! ニーべリージュさん、さっき私にって、どうかこれからも息災でって、それって……!」


 僕の脳裏にふっ、とさっき見た黒い兜の奥に隠された、ニーべリージュの素顔がよぎる。


 雪のように真っ白な肌とそこだけ紅を引いたように赤い唇。紫の髪。そして、左右色違いの切れ長な紫と赤の瞳。


 怖気のするほどに美しく、そして恐ろしかった。


 そう。まるであたかも――死者と相対しているかのようで。



『こんな私に声をかけてくれた礼に、だれにも告げるつもりはなかった私の真実ほんとうを教えておこう』


 ニーべリージュの声が頭のなかにこだまする。


 なんで彼女はいま偶然出会っただけの僕にそんなことをいった? だれにもいうつもりがなかったのなら、なぜ? 残したかったんじゃないのか? 自分の生きたあかしを。知っていてほしかったんじゃないのか? だれかに。自分がたしかにここにいたことを。



「ノエル」


「ね、ねえ……! ノエル……!」


「……ロココ? ディシー?」


 考えに沈む僕のコートの両方の袖をロココとディシーがそれぞれに引っぱる。左右からそれぞれに僕を見上げるふたりの顔は、一様にあせりを浮かべていた。


「ロココ、追いたい。いますぐ。ニーベ……泣いてた」


「ノエル! あ、あたしも追いかけたい! だって、あの女性ひと……! とってもさびしそうな目をしてた……! いまにも消えちゃいそうなみたいに……! おばあちゃんがいなくなって、ノエルとロココちゃんに救ってもらう前のあたしとおんなじ目……!」 

 

 脳裏に、最後に見たニーべリージュの静かな目がよぎる。彼女から発する見えない圧力に耐えかねて、前に立ち続けていることができなくて、横にそれた僕に向けられたあの左右色違いの紫と赤の目。


 ……あの目は見たことがある。そしてそう、いやになるほど実感してきた。他人ひとになにかを期待して、それが叶わなくて、そっとあきらめた目だ。自分自身をあきらめた目だ。


 ……ギリっと奥歯を噛みしめ、こぶしを握った。


「ロココ、ディシー。いくよ……! フェアさん、【死霊行軍デススタンピード】の対応クエストへの【輝く月ルミナス】の参加申請をよろしく」


「ノエルくん……! うん……! わかった……! 気をつけてね……! ニーべリージュさんを……お願い……!」


 

 もう細かいことはどうでもいい。【光】の勇者ブレンも、そのパーティー【黎明の陽デイブレイク】もいまはどうでもいい。


 …… ニーべリージュ。あなたに伝えたいことがある。もう一度届かせたい言葉がある。だから、あなたを独りにはしない。



 そして、僕たち【輝く月ルミナス】は【リライゼン】をあとにして、ガルデラ山へ、ニーべリージュが向かった戦場へと赴いた――そう。【死霊行軍デススタンピード】の真っただ中へと。





♦♦♦♦♦


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