第72話 空に輝く月の照らす下で。※途中から三人称

「じゃあ、あらためてよろしく! ディシー! 僕は暗殺者ノエル・レイス! あ。といっても、ひとを殺したことはないし、これから先も殺したりしないから!」


「ロココ。呪紋使いカースメーカ―。よろしく、ディシー」


「えへへ! 黒元の精霊魔女ダークエレメンテスのディシー・ブラックリングだよ! これからよろしくね! ノエル! ロココちゃん!」


「よし! じゃあ、3人になった【輝く月ルミナス】の本格始動を祈って!」


「「「かんぱーい!」」」


 冒険者ギルドが用意した高級食事処の最高級個室での席。


 ガチンッ! と3人の飲み物の入ったカップが重なった。


 ディシーが蜂蜜酒を。ロココがミルクを。僕が葡萄ジュースをそれぞれに飲みほす。


 仲間たちと交わしたあとのその葡萄ジュースは、いままででまちがいなく一番、言葉にできないくらいに美味しかった。


 こうして、この日。空にいつもと変わらずに輝く月の照らす下で、その名にあやかってつけた僕たち【輝く月ルミナス】は新たなメンバーを迎えたのだった。


 薄いピンクの髪で緑色の瞳の、小柄な体に見あわない豊かなふくらみを持った笑顔の可愛い、ちょっと抜けててお人好しで、とってもまっすぐな女の子を。









 ――同刻。


 【リライゼン】を含む近隣の小都市、その北に広がる山々からなるグランディガルド連邦。その最奥にしてもっとも標高の高いグランディル山にて。


「ふう……! ふう……! まったく、あやつめ……! このような山の頂に拠点をかまえておったとはな……! まっこと、老体の儂には堪えるわい……! まあ、こんな体じゃから本当は関係ないがの……! ふぉっふぉっふぉっ……!」


 月明かりの下。その頂にある遺跡跡に向けて、ひとつの影が歩みを進めていた。


 人間ではない。その証拠に頭から真っ黒な襤褸ぼろをまとったその顔にのぞくのは、がらんどうの髑髏。まわりにはだれもいないのにもかかわらず、その骨の顎を揺らしてケタケタと愉しそうに笑う。


 ――いや。


『……… ……?』


「ふん! うるさいのう……! そう耳元で騒ぐでないわ、【錬金】の……! 少々の戯れ程度、容赦せい……! なにせ久方ぶりに、この儂が人間どもと会話するやもしれぬのじゃぞ? 常日頃から慣れておる変わりもののお主と違って、人間どものいうユーモアとやらをそのときのために少しは解そうとしているところよ……! それにお主にそう念を押されずとも、儂にぬかりはない……! もう術式は道中すでに施しておるわ! あとは頂にて仕上げを残すのみよ……!」


 本人にしか聞こえないその『声』とのやりとりをしているあいだに、そのがらんどうの髑髏は目的地へと到達した。


 そこは、グランディル山の頂にかつて存在した、いまはわずかに建物の跡のみを残す亡国の遺跡。そして――


「おお……! ここで倒れたというのだな……! 【獣】の……! 確かにお主の存在の残滓、その死霊を感じるわい……!」


 ――つい先日。いまはそこから追放された暗殺者ノエルを含む【光】の聖剣に選ばれた勇者ブレンが率いるパーティーの手で、世界に君臨する7体の魔王の一角、【獣魔王】が倒れた地。


『……… …… ……?』 


「だまらぬか……! 【錬金】の……! ここは我が旧き友の滅びた地……! 少々人間どものいうところの感傷とやらに浸っておっただけよ……! それに先ほどもいったとおりじゃ……! すでに術式の構築は終わり、儂がこの頂に達したことで完成した……! ほれ、見よ……! もう動きだすぞ……!」



 ――その異変は、すぐに起きた。


 地が割れ、遺跡を、そしてグランディル山の山道すらも埋め尽くす無数の手がそこから天へと向かって突きだされる。


 骨だけの手が。腐った肉によろわれた手が。爆ぜ割れた大地をつかみ、次々とその骸の体を起こす。


 山中に立ちこめる【闇】の魔力の渦から、臓物を垂らし、骨を剥きだしにした獣が次々と這いだし、腐り落ちた顎で咆哮を上げる。


 自らが生みだしたその死者の軍勢を前に、がらんどうの髑髏はその容貌のない顔でつり上がったような笑みを形づくった。


「ふぉっふぉっふぉっ……! さて……! では、いまこの瞬間をもって始めようぞ……! 【獣魔王】を廃した【光】の勇者……! そして、人間どもよ……! この【死霊魔王】〝玩弄〟のネクロディギスの指揮する【死霊行軍デススタンピード】をな……!」



 ――いまはまだ、だれひとりとして気づくことはなく。


 常と変わらずに空に輝く月の照らす下で、次なる魔王との戦いの幕は静かに切って落とされた。





♦♦♦♦♦


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