第68話 恐怖。

「すごい……!」


「うん。ノエル。ディシーは、すごい」


 圧倒的だった。始まってからは一方的な蹂躙とさえいえる魔法の行使。【超大ヒュージ暴食黒粘体グラトニースライム】の特性を見切り、それを滅ぼすために最適化された、【精霊】に刻まれたディシーがたったいま創りだした新たな魔法。


 【闇】属性最上位の魔法使い、【黒元の精霊魔女ダークエレメンテス】たるディシーの実力を僕とロココは十全に見せつけられた。


 ……でも、たぶんこの結果は。


「ふう……! よっし! ばっちり! ほら! ぺらっぺらな最低男くんたち! これでもう安心だよ! 約束どおり、罪をしっかり償ってもらう、から……?」


 達成感と安堵に会心の笑みを見せながら振り向いたディシー。けど、そこで目にしたのは。



「「ごめんなさいごめんなさい……! もうしません許してください……! 殺さないで殺さないで……!」 」


 カチカチと歯を鳴らしガタガタと震えながら、顔を上げることすらもできずにうわごとのような言葉を漏らす、這いつくばったままの【はき違えた自由ノーアウトフリー】の男たちの姿。


 ……無理も、なかった。


 ディシーが即興で創りだしたあの魔法【幾千なるサウザンデッド・亡者の腕オーバーラン】。あれはあまりにも一方的に、あまりにも無慈悲に殺しつくしてみせた。


 【超大ヒュージ暴食黒粘体グラトニースライム】。男たちにとってリーダーのゲスリーを含む半数もの仲間を殺し、自らの組織を壊滅させた絶対の恐怖たる存在を。


 それをいとも簡単に。終わってみれば、まるで虫けらのように殺しつくしてみせたのだ。僕よりも背の低い、この薄いピンク色の髪をした小柄な少女が。


 その事実は男たちの心を折るのには十分すぎただろう。そして――


「あ、あのね……?」


「っ!? こ、殺さ……ないで……! ください……! こ、殺さ、う、うわあああああああああっ!?」 


「あ、あんな死にかたは……いやだ……! あ、あんな虫けらみたいに……! つ、潰されるなんて……あ、あああああああっ!?」


 ――それを行ったディシーに対する絶対の恐怖を刻みつけるのも。


「あ……」


 這いつくばる男たちにあわせてしゃがみこみ、伸ばしかけた手を引っこめて、そっと胸の前で握るディシー。


  

 しばらくして異常な魔力反応を察知した、ギルドが派遣した冒険者と街の衛兵によって【はき違えた自由ノーアウトフリー】の生き残りたちは捕らえられた。


 ついにだれひとりとして、ディシーにいままでの行いを謝罪することも、助けられたお礼を言うことも、震えたまま顔を上げることすらもなく。





♦♦♦♦♦


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