第48話 初クエスト。

「拡がり、踊れ。ことごとく」


 【リライゼン】の街を出て数時間。ようやくたどりついたガルデラ山の中腹で、僕たちはまず最初の討伐クエストに挑んでいた。


 対象は難易度B級。虫魔物の一種、殺人蟻キラーアント


 この直球な名前は、まさに人間にとってのこの蟻の危険性をそのまま示していると言えた。性格は獰猛で一匹一匹の大きさは大人の手のひらと同程度。弱いが毒を持ち、最小でも100匹単位の群れで行動。


 そして一度人間を見つけたら、群れの全員でいっせいに襲いかかる特性を持つ。無数の蟻がたかるその惨たらしい死にざまを見て、心に消えない傷を負い、引退を余儀なくされた冒険者も数多くいるという。


 ガサガサガサ……!


 そんな殺人蟻キラーアントが地面を大挙して向かってくる中――不覚にも僕は見惚れていた。


 【六花の白妖精フラウ・シルフィー】を広げたロココのそのあまりの美しさに。


 ぶわり、と魔力を含んだ風が巻き起こる。艶めく銀の髪が光を帯びてなびいた。純白のケープマントが翻り、いや羽を広げる。


 白一色の一枚布は、ところどころに薄くほとんど透明になった部分が設けられ、まるで六枚に分かたれているように見えた。それはまさしく六枚の花弁の様な白い羽を広げた、褐色の肌をした妖精の姿。


「穿て」


 その妖精の足もとから無数に細分化されて目の前に張り巡らされた、地を這う赤い呪紋が号令とともにいっせいに天へと伸びる。


 無数にそびえ立つ赤く輝く線のように細い槍、いや墓標からポロポロとバラバラになった殺人蟻キラーアントたちの残骸が落ちた。その美しく残酷な光景に思わず息を飲む。


「ノエル……!」


「……え? うわっ!?」


 だから、僕はロココに呼ばれるぎりぎりまで気づかなかった。その無数の呪紋からからくも逃れた殺人蟻キラーアントがほんの数匹だけ僕の体をいままさに這い上がろうとしていることに。


 ……【隠形】!


 ほんの一瞬だけ【隠形】を発動。もちろんこんなすぐ近くまで接近されていては、どんなに高度な技でも完全に姿を隠すことなどできるわけもない。ただし、ほんの一瞬僕の位置を見失わさせることくらいはできる。そして、その一瞬で十分だった。


「ふっ!」


 僕の姿を見失った殺人蟻キラーアントたちの背後に回ると、二閃三閃。すばやく黒刀でその四肢と首をバラバラに斬り落とした。


「ふう……! あ、危なかった……!」


「ノエル、だいじょうぶ……!?」


 少し離れたところで戦っていたロココが僕を心配してぺたぺたとやってくる。


「ごめんごめん。ロココ、おかげで助かったよ。ありがとう。……ちょっと恥ずかしいんだけど、戦闘中なのに【六花の白妖精フラウ・シルフィー】を広げたロココがあまりに綺麗で見惚れちゃってた。はあ。サーシィさんに注意されてたとおりだよ。本当にあのひと、どこまで見透かしてるんだか」


 その僕の答えにロココの頬がぼっと赤く染まった。


「うれしい……けど、危ないのは心配……だから。あんまり見ちゃ、だめ」


「うん。わかった。気をつけるよ。どうも無意識にだけじゃなくて目にまで魔力を集中しすぎてたみたいだしね」


「耳……。ノエル、はなにかあった……?」


 ロココの言葉に一度目を閉じ、魔力を一時的にすべて耳にまわして、山のふもとの様子を探る。



『……ディシーちゃ……、マジ強……見た……まの魔……!』


『そ、そんな……褒められ……照れ……』



「……うん。途切れ途切れだけど、いまのところなにも起きてないみたいだね。じゃあ僕たちも移動しようか、ロココ。情報によると、次のクエストの魔物の生息地はふもと近くの泉だから、たぶんもう少しはっきり聞こえると思う」


「わかった。行こう、ノエル」


 ……そう。いまの殺人蟻キラーアントとの戦闘中、もっと言えばこのガルデラ山に入ってすぐからずっと。僕は大半の魔力を【最高の自由マックスフリー】の動向を把握するために耳に割り振って感覚強化し続けている。


 だからろくに体を魔力強化できないいまの僕の戦闘力は激減してるわけで、さっきの殺人蟻キラーアントに襲われかけたときは、ちょっと本当に危なかったわけだけど。


 それでも、この危ない橋を渡り続けるような状況を維持してでも【最高の自由マックスフリー】の動向を把握し続けなければ、後悔することになるかもしれない。


 もちろん僕の取り越し苦労ならそれが一番いい。


『あたし、うれしかったぁ……! 初めて受け入れられたって、そんな気がしたの……!』


 そう緑色の瞳をキラキラとさせて語るディシーの笑顔を曇らせることを僕は望んでいるわけではないのだから。


 ただ、そう思う気持ちとは裏腹にいまも鼻に残るあの甘ったるいにおいとともに、僕の不安は増すばかりだった。





♦♦♦♦♦


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