第10話 詭弁。

 ……いま、なんていった?


 ズクリ、と僕の中でなにかが激しく痛み、軋みをあげる。


 けれど、その間にも事態は眼下の森の中の広場で刻一刻と進行していた。

 最悪の方向へ向かって、刻一刻と。



「ブフォ! もちろん、ただ働きではないぞ! ええい、よこせ!」


「うわっ!?」


 あせる【猟友会ハンターズ】のリーダー、ブッフォンがでっぷりと太った腹を揺らしながら、メンバーが持っている袋をひったくった。そのまま逆さにひっくり返す。


 ドサドサとでてきたのは、大量の食料。パンやハム、腸詰めが落ち、地面の上に食料の山をつくる。


「あ……!?」


 妖樹トレントたちの動きを褐色の体に刻まれた呪紋で止めていた呪紋使いカースメーカーの少女の青い瞳が羨望で輝き、食料の山に釘づけになった。


「ブフォフォフォ! 見ろ、犬ッコロ! いま我輩たちがもっているありったけの食料だ! 我輩たちが無事に名誉ある撤退を完了するまでにあの化け物を足止めし、お前が見事猟犬としてのつとめを果たせたのなら、これをすべてお前にやろう! それだけじゃないぞ! 街に帰ったら、我輩のいきつけの高級食事処で好きなものをなんでも食わせてやる! いいな! わかったら、さっさと動けぇっ! 返事はどうしたぁっ!」


「はい……! ご主人……さま……! 苛みさいな、縛れ! ことごとく!」


 ぶわりと【闇】の魔力を含んだ風が巻き起こり、少女の体を隠す役目をほとんど果たせていないぼろぼろのマントがひるがえった。


 少女の褐色の肌に刻まれた赤い紋様が激しく光り、次々と体の外へ、【大妖樹(ギガントトレント)】へと向かって突き進んでいく。


『ギュィィィィィィ……!?』


 ブッフォンたちの離脱を察知したのか、妖樹トレントたちをばら撒くだけでなく、ちょうど自らの持つ大量の枝をブッフォンたちに向かって伸ばしはじめた【大妖樹(ギガントトレント)】の動きをすんでのところで少女が伸ばした呪紋がとどめた。


「くっ、ううぅ……!」


 だが、いまや7体にまで増殖した妖樹トレントに加えて【大妖樹(ギガントトレント)】本体もの動きを止めるのは相当に消耗が激しいのか、少女の体からポタポタと脂汗が流れ落ちる。


「ブフォッフォッフォッ! やるではないか、犬ッコロ! ようし、その調子だ! そのままその化け物をしっかりとおさえていろ!」


 そろりそろりとその場から後退りはじめるブッフォン。だがその途中、そのブクブクと太った腕が積まれた食料の山へと伸ばされた。そのままパンとハムと腸詰を次々とひっつかみ腕に抱える。


「え? ブ、ブッフォンさん……? い、いいんですか? そ、その食料ってあの猟犬、【闇】属性の子どもへの報酬だったのでは……?」


「ブフォ? なにをいっておる? 人聞きの悪いことをいうな! 我が友よ! 我輩はさっきこういったではないか! 『我輩たちが名誉ある撤退を完了するまであの化け物を足止めし、猟犬としてのつとめを果たせたのならこれをすべてお前にやろう』と。つまり! まだ撤退の完了していないいまは、まだこれは我輩たちパーティーの共有財産だということだ! なんの問題もない! ほれ、お前たちもいまのうちにとっておけ! 街まではまだ遠いぞ! 途中で力尽きてはかなわぬからな! ブフォッフォッフォ!」


「なるほどっす! さっすがブッフォンさん! そういうことなら、オイラも遠慮なく!」


「オ、オレも!」


「オレもだ!」


「はあ。正直詭弁だとは思いますが、背に腹は代えられませんか。ま、しょせんあの子供は【闇】ですし、義理を果たす価値もないでしょう」


 次々と、次々と【猟友会ハンターズ】のメンバーたちの手が伸ばされ、うず高く積まれていた食料の山は最後には、土に汚れたパン一切れにまで減っていた。


「ううっ……! くうっ……! うわあぁぁぁぁっ……!」


『ギュィィィィィィ……!』


 そのとき。ただ独り矢面に立ち、妖樹トレントと【大妖樹(ギガントトレント)】の動きを必死におさえる少女の青い月のような瞳からひとすじの涙がこぼれた。

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