第9話 殿(しんがり)。

 魔法植物特有の自己再生力。


 ただでさえ厄介なそれが、この濃厚な魔力に満たされた【妖樹の森】の中では数十倍に跳ね上がってしまう。

 ある意味では、この【妖樹の森】であの【大妖樹ギガントトレント】と戦うことは、最上位の魔物の一種であるドラゴンと戦うこと以上に困難だといえた。


 さて、どうしよう?


 いまはまだこの大木の上にいる僕には気づかれてないみたいだけど、この場から離脱しようとしたら、当然【大妖樹ギガントトレント】にも【猟友会ハンターズ】にも確実に気づかれるだろう。つまり、僕と同じ【闇】属性のあの呪紋使いカースメーカーの少女にも。


 かといってじゃあ【大妖樹ギガントトレント】を倒そうにも、あの再生力を突破しないと倒せない。そのためには再生力を上回る速度で高威力の攻撃をし続けるか、もしくは逆に一撃で【核】に攻撃を届かせるしかないんだけど。


 でも、僕がそれをするためには残念ながら条件が、この場合はが足りない。


 まあでも、たぶん心配ないかな?


 だって、次にあの【猟友会ハンターズ】のリーダー、ブッフォンがとる手はおそらく。



「「ひ、ひぃっ! く、来るなっ! 化け物ぉっ!」」


 半ば恐慌状態になりながら、【大妖樹ギガントトレント】が生みだした妖樹トレントへと向けて【猟友会ハンターズ】のメンバーが魔法を、矢を乱射する。


『ギュィィィィィィ……!』


「「ひ、ひぃあっ!?」」


 だが、数が減った端から【大妖樹ギガントトレント】によって次々に補充される妖樹トレントに【猟友会ハンターズ】のメンバーはだんだんと押されはじめていた。



さいなみ、縛れ……!」


『ギュィ……!?』


 だが、妖樹トレントが伸ばした鋭い枝の先端が【猟友会ハンターズ】のメンバーに届く寸前、呪紋使いカースメーカーの少女が7体に達した妖樹トレントたちの動きをいっせいに止めて、辛くも【猟友会ハンターズ】のメンバーは難を逃れた。


「た、助かったっす……! ブ、ブッフォンさん……! も、もうこれ以上は……!」


「ブフォォォォォッ……! やむを得ん! 我が友たちよ! 遺憾ながら撤退だ! 撤退するぞ!」



 ああ。やっぱりこうなったか。


 でも、判断としては決して悪くない。


 問題があるとすれば、見たところ【猟友会ハンターズ】のメンバーの中にその撤退を補佐するための防御役、つまり殿しんがりをつとめられそうな近接職がいないってことだけど――仕方ない。僕がやるか。


 どうせいずれはこの木の上から脱出しなきゃならないし、いくら僕が仲間だと信じていた【光】の勇者パーティーに裏切られたばかりだとはいえ、さすがに目の前で危機に陥っているひとたちを見殺しにするような気にはなれない。


 僕ひとりなら、あとからでもあんな【大妖樹デカブツ】くらいからなら、なんとでも逃げられるし。


 ……だが、そんな僕の考えは次のブッフォンのひとことで根底から覆されることになる。



「ブフォッフォッフォ! おい! 聞け! 犬ッコロ! 我輩たちはいまから名誉ある撤退をはかるからな! お前が残ってその時間を稼ぐんだ! 死ぬ気でだ! いいな! 拾ってやった恩に報いろ! 猟犬としての役目を果たせ!」



 ……お前。いま、なんていった?


 

 そのとき。僕の中でふたたびなにかがズクリと軋んだ。


 いままでで一番、はっきりと。

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