ケリーの章 ⑨ 待ちわびていたプロポーズ

20時―


「今夜は一緒にお食事が出来てとても楽しかったわ」


店を出るとマリー夫人が私とヨハン先生に話しかけてきた。


「いえ、こちらこそ…楽しい時を過ごすことが出来ました。人気のお店なのに予約までして頂き、しかも御馳走にまでなってしまいまして…本当に何と申し上げればよいか…」


ヨハン先生が恐縮して頭を下げている。私も頭を下げないと…。


「本当にありがとうございました」


丁寧に挨拶をすると、マリー夫人が嬉しそうに言った。


「本当にまだ20歳だというのに、よく出来たお嬢さんだわ。まさに商売人のお嫁さんになるのにピッタリの方ね」


「は、はぁ…」


私は曖昧に返事をするとトマスさんが話しかけてきた。


「ケリーさん」


「はい」


「また今度…会う時間を作って頂けませんか?」


トマスさんの目はとても真剣だった。


「あ、あの…」


何と返事をすればよいか分からず戸惑っていると、マリー夫人が言った。


「まぁ、それは良い考えね。2人きりで会うのはお互いの事を知るのにとても大切な事だわ。そうは思いませんか?ヨハン先生」


マリー夫人は突然ヨハン先生に話を振ってきた。


「ええ、そうですね。確かにおっしゃる通りです」


笑みを浮かべて返事をするヨハン先生。


そ、そんな…ヨハン先生…っ!


思わず、すがるような目つきでヨハン先生を見るも、ヨハン先生は気付かない様子でマリー夫人と話をしている。



「ケリーさん」


背後からトマスさんに声を掛けられる。


「はい」


「今夜は…本当にありがとうございました。また今度会える日を楽しみにしています」


「は、はい…そうですね」


ここで断ればヨハン先生が困ることになるかもしれない。これはマリー夫人の話の中で知った事なのだけれどもヨハン先生の診療所が建っている土地はブラウン商会の不動産会社が扱っている土地であるという事だった。私の態度次第では、ひょっとするとヨハン先生は追い出されてしまうのでは無いだろうかと思うと、断ることが出来なかった。


「さて、話は終わったわね。トマス、帰りましょう」


マリー夫人がトマスさんに話しかける。


「はい、分かりました」


トマスさんは返事をすると再び私の方を見た。


「ケリーさん、ではまた」


「はい…」


返事をするとトマスさんは嬉しそうに笑い、少しだけ頭を下げるとマリー夫人と帰っていった。私とヨハン先生はその後姿を見守っていた。



「ケリー。僕達も帰ろうか?」


マリー夫人とトマスさんが人混みの中に消えていくとヨハン先生が声を掛けてきた。


「はい、ヨハン先生」



****


 2人で並んで歩いているとヨハン先生が声を掛けてきた。


「ケリー、どうだった?トマスさんは」


「え?そ、そうですね…優しそうな方だな…と思いました」


「ブラウン商会はここ『リンデン』の町の富豪だから、生活に苦労することは無いと思うよ」


ヨハン先生の言葉は私の心を傷つけるのに十分だった。


「そ、それは…ヨハン先生の考え…ですか?」


声を震わせながらヨハン先生に尋ねた。


「僕はね、ケリーには幸せになってもらいたいだけさ」


「ヨハン先生…」


私はそれ以上何も言えなかった。


ヨハン先生、私の幸せは…ずっと先生のお側にいることなのですよ―?

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