ケリーの章 ⑧ 待ちわびていたプロポーズ

 食事会が始まり、ヨハン先生とマリー夫人は親し気に話をしている。ひょっとするとお2人は随分以前から親しかったのだろうか?ぼんやり2人の様子を見つめていると、隣に座っているトマスさんが話しかけて来た。


「ケリーさん、この店の料理はどうですか?」


「え?あ、あの…とても美味しいです」


フォークをお皿の上に置くと、トマスさんの目を見て答える。ヨハン先生から患者さんと話をする時は、相手の目を見て話す様にと教わっていたからだ。


「…」


すると、トマスさんはポカンと口を開けて私を見て…次に頬を少し赤くして視線を逸らせた。


「あ、あの…?」


どうしよう、もしかすると私は何か失礼な事をしてしまったのだろうか…?戸惑っているとトマスさんが視線を逸らせたまま言った。


「あ…す、すみません…。初対面の女性から正面から見つめられて話しかけられるのは初めてだったので…」


相手の目を見て話すのは…このような場所ではふさわしくなかったのかもしれない。


「申し訳ございません。大変失礼な事をしてしまいまして…」


慌てて頭を下げると、視線を感じた。顔を上げて視線を追うと、そこにはヨハン先生が心配そうな顔で私をじっと見つめている。


ヨハン先生…。


その時、トマスさんが私に言った。


「ケリーさん…」


「は、はい」


名前を呼ばれてすぐにトマスさんに視線を移すと、今度は私をしっかり見つめていた。


「失礼なんて思っていません。…むしろ好ましいと思ってしまいました…ハハッ。な、何言ってるんですかね?今の言葉はどうか忘れて下さい」


トマスさんは頭をかきながら顔を赤くして私に言った。すると、そこへマリー夫人が話に入って来た。


「あら、2人共。若い者同士話がはずんでいるようね?良かったわ。この場を設ける事が出来て。ヨハン先生、この2人…何だかお似合いだと思いませんか?」


マリー夫人はヨハン先生に視線を移すと、声を掛けた。


「え?ええ…そうですね」


ワインを飲んでいたヨハン先生はマリー夫人の言葉に笑みを浮かべて返事をする。

そんなヨハン先生を私は悲しい気持ちで見つめていた。


ヨハン先生…。


先生も私とトマスさんがお似合いだと思っているのですか…?本当に私とトマスさんを結婚させようと思っていらっしゃるのですか?


御存じないかもしれませんが…私が好きな方はヨハン先生なのですよ?


けれど、私は自分の気持ちを告げたくても告げられない。


何故ならヨハン先生が好きな女性は…今も尚、アゼリア様お1人なのだから―。




 

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