ケリーの章 ⑩ 待ちわびていたプロポーズ
マリー夫人とトマスさんとの食事会から3日が経過していた。いつものように診療所を開ける準備で入口付近を箒で掃いていると、不意に声を掛けられた。
「ケリーさん」
「え?」
振り向くと、そこにはスーツ姿のトマスさんが立っていた。
「おはようございます、ケリーさん」
トマスさんが笑みを浮かべて朝の挨拶をしてきた。
「おはようございます、トマスさん。これからお仕事ですか?このお近くで働いているのですか?」
「ええ、そうなんです。ですが…今朝はケリーさんに会いに来たんです」
「え…?私にですか?」
「はい。あの…ケリーさん。今夜特に用事が無ければ…僕と食事に行きませんか?」
「え?」
驚いてトマスさんを見ると、少し頬が赤くなっている。でも…ヨハン先生のお食事の準備があるし…。
「あの、お誘いは嬉しいのですが…ヨハン先生の…」
すると背後からヨハン先生の声が聞こえた。
「ケリー。僕のことは大丈夫だからトマスさんと食事に行っておいで」
「ヨハン先生…!」
「おはようございます、ヨハン先生」
トマスさんが先生に挨拶をした。
「ええ、おはようございます。トマスさん。診療所の仕事は18時半には終わりますので、それ以降なら大丈夫ですから」
「え…?ヨハン先生?」
戸惑ってヨハン先生に声を掛けてみても、先生は私の方を見ることも無くトマスさんに話かけた。
「そうなんですね?ではその頃に診療所に伺います」
トマスさんは次に私を見ると言った。
「それじゃ、ケリーさん。また来ますね?」
「は、はい…」
本当は気のりがしないのに…もう断るわけにはいかなかった。
「それではヨハン先生、ケリーさん。失礼します」
「はい、失礼します」
「失礼致します…」
ヨハン先生にならって私も挨拶すると、トマスさんは頭を下げ、背を向けて去って行った。2人でトマスさんの後ろ姿を見送った後、私は隣に立つヨハン先生を見た。
「あ、あの…ヨハン先生…先程の話ですが…」
「ケリー」
突然ヨハン先生が私の名を呼んだ。まるで私の言葉を制するかのようだった。
「は、はい」
「そろそろ診察時間が始まるよ。僕達も中に入ろう。今日は予約の患者さんもいるからね」
ヨハン先生は笑みを浮かべながら私に言う。
「はい、分かりました」
私の返事にヨハン先生は笑みを浮かべると、診療所へと入って行く。
「ヨハン先生…」
その後姿を見て私はポツリと呟く。
先生は…私がトマスさんと夜、食事に行くこと…賛成しているのですか?
先生にとって、私はどんな存在なのですか?
私は…こんなにも先生の事が好きなのに…。
チクリと痛む胸を抑えて、私も受付の準備を始める為に診療所へ入って行った―。
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