第8話 運命ノ輪ノ先

 テーブルの上には、雑に握り潰された酎ハイの缶が散乱していた。

 テーブルに止まらず、その周囲の床も似たような有り様だ。


 さっきまで金切り声を上げていた彩矢は力尽きたのか今は自室に戻っている。

 俺は空になった酎ハイの缶をテーブルの上に放り投げた。


 あのゲームをクリアすると、「元の俺」は高校二年の秋に戻っていた。

 俺と彩矢は恋人同士になり、その後同じ大学に進学し卒業後に俺は大手のメーカーに就職した。

 数年後には彩矢と結婚し、娘も生まれた。

 あのゲームをクリアしたことで確かに俺の人生は変わった。

 俺は幸福の絶頂にいた。


 だが、少しずつ歯車が狂い始めたのは、三十歳を過ぎた頃だった。

 業績が順調だったはずの会社はある不正事案が発覚して窮地に陥った。

 収入のために怪しげなビジネス用教材の販売を副業として始めたが、欲をかいて大量の在庫を抱えたところで元売り会社が詐欺容疑で摘発され、俺は多額の負債を抱えることになった。

 彩矢とは喧嘩が絶えなくなり、怯えて泣く娘を尻目に毎日のように罵りあった。

 やがて彩矢は精神に変調をきたし、俺はアルコールに逃げ込んだ。


 そして今。


 家の中は荒れ放題で在りし日の幸せの名残はない。

 娘は中学に上がると家に寄りつかなくなり、たまに戻ってきた時には髪は金色に変わっていた。


 これが俺の手に入れたかったものなのだろうか。

 結局、また同じような所へ戻ってきてしまった。

 あの人形に騙されたのか?

 ……いや、奴は「一発逆転の機会」とは言ったが、それが「一生」とは言ってない。

 考えてみれば、ハッピーエンドのその後のほうが人生は遥かに長く、ゲームは終わっても選択肢は生きている限り続いていく。

 結局は、俺がどこかで選択を誤ったという事なのだろう。

 そう考えると、彩矢には悪い事をしたと思う。

 俺が余計なことをしなければ、老舗デパートの御曹子と結ばれていたはずだったのに。


 悔やんでも悔やみきれないが、もうどうする事も出来ないな……。


 俺が新しい酎ハイに手を延ばしかけたその時、部屋の隅でゴトリと音がした。

 視線を向けるとそこにはかつての娘のオモチャ箱――今ではその残骸が押し込まれた薄汚れた箱が置かれていた。

 その中の、顔が半分潰れたミルク飲み人形の口が突然ガチャガチャと動きだす。

 部屋の中に甲高い声が響きわたった。


『オ前、ゲーム好キカ』


 了

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バッドエンドが楽園すぎて、ヒロインルートは攻略しない 椰子草 奈那史 @yashikusa

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