第7話 最後の選択
「私には誰も知らない秘密がある。いつも私を見ている貴巳君なら、本当の私、わかるよね」
彩矢の言葉と共に俺の前にウインドウが現れた。
――また、ここまで来たな。
俺はウインドウに並ぶ10個の選択肢を前に額の汗を拭った。
最初の選択の失敗から、俺は攻略中の彩矢の挙動と言動をこれまで以上に注意深く観察してきた。
しかしどうしてもこの選択肢に繋がるようなヒントを見出すことが出来ない。
二回目は『魔法少女』を選び、魔法の炎で焼きつくされた。
三回目の『猫の生まれ変わり』は巨大な猫になった彩矢に弄ばれ、ぼろ切れのようになって死んだ。
一縷の望みをかけて『淫らな子』を選んだ四回目は、彩矢が服を脱ぎ去り俺を誘う展開についに正解を引いたかと思ったが、ベンチに縛られ動けなくなった俺を散々嬲った後で、彩矢は俺の股間をその口で咬み千切った。
残っているライフポイントはあと2だ。
もっと残っていれば何も考えず順番に選択していく作戦をとることも可能だったが、未選択の選択肢はあと6個も残っている。
ウインドウが黄色く点滅し始めた。
そろそろ決めなければならない。
もしかしたら、絶対に選ばないと思えるものが正解ということもあるだろうか。
俺は天に祈るように『凄腕の殺し屋』を選択した。
※※※
「私には誰も知らない秘密がある。いつも私を見ている貴巳君なら、本当の私、わかるよね」
彩矢の言葉と共に俺の前にウインドウが現れた。
五回目の選択の結果はそのままだった。
分かりやすいほど残酷に俺は殺し屋に殺された。
残っている選択肢は『女の子が好き』、『地球を滅ぼしに来た宇宙人』、『チェーンソーの悪魔に憑依』『実験用に作られたアンドロイド』『貴巳君の中だけの幻』の5個。
対する残りのライフポイントは1だ。
正直、攻略を進めたくはなかった。
しかし逃げても無駄なことも分かっている。
以前、誰にも関わらずに済まそうと試したことがあったが、三日目に不慮の事故で死亡し強制的に終了になったからだ。
ウインドウが黄色く点滅し始めた。
もう選択するしかない。
動悸が早まり、口の中が渇いた。
どれかを選ぼうにも、手が震えて上手くいかない。
俺は目を閉じて彩矢の姿をなんとか思い浮かべようとする。
意味がないのはもう分かっている。
この世界の中で彩矢が宇宙人やアンドロイドに結びつくような場面は一つとしてない。
だがその時、不意に教室で微笑む彩矢の姿が浮かんだ。
それはこの世界のものではなく、「元の俺」が見ていた彩矢の姿だった。
ああ。
俺はあの頃、ずっとこうして彩矢を見ていた。
結局俺は自分の勇気のなさから彩矢にその思いを伝えることなく終わったが、それは尊く、何にも代え難い日々だった。
あっ……。
そうか。俺は彩矢の何を見ていたんだ。答えはそこにあったじゃないか。
俺が目を開けると、目の前のウインドウは赤色に変わり激しく明滅していた。
間もなく全てが終わる。
俺は選択した。
――何も選ばないという事を。
※※※
ウインドウが真っ赤に染まり、甲高いブザー音が鳴り響いた。
一瞬の静寂の後、俺達を囲っていたどす黒い壁は霧散していく。
辺りは元の夕暮れの公園に戻り、彩矢は柔らかな微笑みを浮かべていた。
「やっと思い出してくれたのね」
「彩矢……俺は」
「いいよ、謝らなくて。私は私。魔女でもないし宇宙人でもない、『正解』はどこにでもいるただの女の子」
「彩矢……」
何故か俺の目からは止め処ない涙が溢れていた。
「どうしてあの時、もうちょっと勇気が出せなかったかなぁ」
彩矢が呆れたように笑う。
「ああ、そうだな。俺はヘタれてた。ショボくてどうしようもない奴だった。それでも俺、頑張ったんだ。彩矢に告白するために99回も死んだんだぜ」
「うん……。それはまぁ、認めてあげるよ。よくがんばったね」
彩矢の柔らかな腕が俺の身体に巻きつく。
「さあ、最後の言葉は貴巳君が言って」
「ああ」
俺は彩矢の身体を抱きしめた。
「彩矢、大好きだ。愛してる」
俺の耳元で彩矢が囁く。
「今日ね、お父さんとお母さん、親戚の法事で帰ってこないの。寂しいから貴巳君に居てほしい」
俺の答えは、もちろん決まっている。
※※※
彩矢の柔らかな肌の温もりにまどろむ俺の脳裏に、テキストが流れ込んできた。
『あなたは園崎彩矢と結ばれたため、このゲームをクリアしました TRUE END』
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