第6話 難攻不落
目が覚めると、そこは騒がしい教室の中だった。
再び9月20日に戻ってきた。
背中に冷たい汗が流れていた。
骨が砕ける音が今でも耳に残っている。
どういう事だ? 今までバッドエンドは彩矢以外の女の子と結ばれた時だけで、途中でゲームが終了する事も、俺自身に何かが起こる事もなかった。
まさか、ハードモードに変わったせいなのか?
その時、俺は視界の右端に小さなハートのマークと99という数字が表示されている事に初めて気が付いた。
いつの間に? 今までこんなものなかったはずだ。そもそもこの数字はなんだ?
「ねー沢木っ、追加の飾り付けの材料を生徒会室に貰いにいくから手伝ってよ!」
狼狽える俺の前に、快活な笑顔の遥が立っていた。
目の前にウインドウが現れる。
「ひ!?」
俺は即座に『断る』を選ぶと教室を飛び出した。
おそらくハードモードは選択を誤ると俺の死を以て終了するのだろう。
それならば、できるだけ無難な相手を探さなければ。
そうだ、
俺は校舎裏のテニスコートへ向かう。
足元に黄色いテニスボールが転がってきた。
「すみませーん、ボール拾ってくれますかー」
コートの中で手を振る小柄な女の子に、俺は笑顔でボールを投げ返した。
※※※
「そんな……、先輩っ、いやあああ!」
薄れゆく意識の中で由那の絶叫が聞こえた。
由那の三日目。
学校の練習が終わってからも河川敷の橋の下で自主練習する由那に付き合っていたその日、俺達は五人組の不良に襲われ、由那を逃がそうとした俺は鉄パイプで袋叩きにされた。
――女の子の好感度とは関係ないバッドエンドもあるのか……。
泣きじゃくる由那の顔が霞んでいき、そして俺は絶命した。
『あなたは如月由那と結ばれなかったため、暴漢に襲われ死亡しました BAD END』
※※※
目が覚めると、そこは騒がしい教室の中だった。
再び9月20日に戻ってきた。
恐る恐る視界の右端に視線を移すと、ハートマークは98になっていた。
間違いない。これは残りのライフポイントだろう。
バッドエンドを迎える度に1ずつ減っていくようだ。
ライフポイントが0になったらどうなるのかは分からないが、おそらく最悪の事態を考えておいた方がいいだろう。
つまりは、ライフポイントがなくなる前にゲームをクリアしなければならないということだ。
逃れる術はなかった。ハードモード前にはあったバッドエンド後の『ゲームをやめる』の選択肢は表示されなくなり、強制的に9月20日に戻されるようになっている。
――こうなった以上は、もう無駄な寄り道は出来ない。
彩矢ルートに専念する事を決めた俺は、教室から彩矢が出て行くのを待って廊下に出た。
途中で見つけて拾った靴箱のカギは事務室に預けず、最短距離を昇降口まで走れば靴箱の前で困っている彩矢と話が出来る……はずだったのだが。
彩矢がいない。
まさか攻略ルートが変化したのか?
その時、背後から弥生先生の声がした。
「沢木君、何度も呼び出してるのに何しているの? さあ、職員室まで来てもらうわ」
「え? あ、今は待ってください!」
「ダメよ。さあ、いくわよ」
何か見えない力に引かれるように、俺は弥生先生の後に続く。
いずれ来るであろう三回目の死を俺は覚悟した。
※※※
俺は死に続けた。
時にはトラックに轢き殺され、時には屋上から突き落とされ、激昂した女の子にナイフでメッタ刺しにされた事もあった。
ハーレムだと思った世界は俺の屠殺場と化した。
もはや女の子達は恐怖の対象でしかなくなった。
彩矢ルートの攻略を始めて一日目をクリアするのに12回、二日目が17回、三日目11回、四日目16回、五日目15回、六日目では18回死んだ。
そして、七日目の3回の死を経て、俺はようやく学園祭からの帰り道までたどり着いた。
「ねえ、そこの公園に寄っていかない」
赤い陽に照らされた彩矢が俯きながら切り出した。
「ああ、いいよ」
俺達は誰もいない高台の公園で向かい合う。
ここはシナリオのクライマックスだ。
仮に何かしくじってもライフポイントはまだ6残っているし、もうクリアは確実だろう。
長かった殺戮の日々からもようやく解放される。
「貴巳君に、聞いてもらいたい事があるの」
「なに?」
あのね……そう言って彩矢は一度視線を落とした後、再び俺を真っ直ぐに見つめる。
「私、貴巳君のことが好き。こんな気持ちになったのは初めて……」
俺の前にウインドウが現れた。
『俺も彩矢のことが好きだよ』
『悪いけど、他に好きな子がいるんだ』
この期に及んで疑うこともないだろう。
俺は『俺も彩矢のことが好きだよ』を選択した。
「嬉しい! ……でも、だからね、貴巳君には本当の私を知ってもらいたいの」
「俺ももっと彩矢のこと、知りたいよ」
「本当に?」
「ああ」
「絶対?」
「もちろん」
そう……彩矢が微笑んだ瞬間、周囲の空気が変わった。
俺達の周りに突然どす黒い壁のようなものが現れ、四方を取り囲む。
「な、何だよこれは?」
瞳に妖しい光を帯びた彩矢が、指で自らの胸元を指差した。
「私には誰も知らない秘密がある。いつも私を見ている貴巳君なら、本当の私、わかるよね」
俺の前にウインドウが現れる。
「さあ答えて。本当の私はどれだと思う?」
「なっ!?」
『私、本当は女の子が好きなの』
『私、本当は男の子なの』
『私、本当は魔法少女なの』
『私、本当は凄腕の殺し屋なの』
『私、本当は地球を滅ぼしに来た宇宙人なの』
『私、本当はとても淫らな子なの』
『私、本当はチェーンソーの悪魔に憑依されてるの』
『私、本当は貴巳君が飼っていた猫の生まれ変わりなの』
『私、本当は実験用に作られたアンドロイドなの』
『私、本当は貴巳君の中だけの幻なの』
ここで10択!?
ネタみたいな選択肢は外すとしても「淫らな子」以外は正解でもあまり嬉しくないが。
いや、でも「淫らな子」もあからさまに釣りか……。
ウインドウが黄色く点滅し始める。
……どうする? よく考えてみればこれはあくまでゲームクリアが目的の選択であって、その答えが「元の俺と彩矢」にそのまま適用されるわけじゃないだろう。
ならば、どんな結末であっても正解なら結果オーライと思えばいい。
俺は一つ息をつくと特に確証はなかったが『私、本当は男の子なの』を選択した。
「そうなんだ……貴巳君には私はそう見えるのね。それじゃあ――」
彩矢の目が大きく見開かれる。
「男ノ子同士、イッショニ遊ボウヨ!」
野太い声と共に彩矢の身体が何度も痙攣し、その度に肩が、腕が、首や背中が大きく膨れ上がっていく。
いや、身長までもが見る間に二メートルを超すまでに伸び上がり、耐えきれなくなった制服は千切れて地面に落ちた。
痙攣が治まると、そこには顔だけが彩矢の、グロテスクなまでに発達した筋肉に包まれた男が立っていた。
「ナニシテ遊ブゥ? 駆ケッコ? ダルマサンガコロンダ? ソレトモ……プロレスゴッコ! キャハハハハハハハハハハ」
「た、助けてくれ!」
俺は逃げようとするも、どす黒い壁がそびえ立ちそれを阻む。
「ツーカマエータ!」
俺の右腕を掴んだ男の手が、万力のような力で捻り上げた。
俺の腕は割り箸でも折るような乾いた音を立てて有り得ない方向に曲がる。
「アアアアッ」
絶叫する俺の頭に、今度は男の腕が巻きついた。
「ヘッドローック」
頭の内部からミシ、ミシといやな音がする。
「おい、やめろ、やめてくれ! ぐ、ああっ」
水風船がはじけたような音と共に、俺の意識はそこで途切れた。
『あなたは園崎彩矢と結ばれなかったため、遊戯中に死亡しました BAD END』
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