第5話 ハードモード

「やっぱり、こんな事しちゃ、だめだよ。彩矢が知ったら……」


 俺の下で、姫乃は最後の抵抗を試みる。

 しかし、もうそんな事が無駄なのは姫乃自身が分かっている。


「そうだな。彩矢には悪い事してる。償おうとも償いきれないほど……それでも、

 俺は姫乃の事が好きなんだ」


 長月姫乃のルートは彩矢のルートと繋がっており、次第に俺に惹かれていく彩矢が、親友の姫乃にそれを相談するのだが、実は姫乃も俺の事を好きになっていた……というシナリオになっている。

 最終的に彩矢を裏切り姫乃を選んだ俺は、今、姫乃と結ばれようとしていた。


「私も、貴巳くんの事が好き。……ごめん、彩矢」


 姫乃が目を閉じた。

 俺は姫乃を強く抱きしめる。

 俺を迎え入れた姫乃が、小さく声を上げた。


 ※※※


『あなたが長月姫乃と結ばれたその時、園崎彩矢は火災により死亡しました BAD END』


 腕の中に姫乃の温もりを感じながら、俺はもはや見慣れたメッセージを見た。

 姫乃のシナリオは個人的に展開だったし、何よりサブヒロインをおそらくコンプリート出来たという満足感に俺は浸っていた。


 ――それにしても、今回はリスタートが遅いな。


 そんな事を考えていると、突然メッセージが流れる。


『サブヒロインのコンプリートにより新たなゲームモードを開始します』


 ――ん、どういうことだ?


 メッセージが消え、暗闇の中にウインドウが開いた。


『ハードモードを始める』

『ゲームをやめる』


 ハードモードって一体何だ?

 単純に考えればゲームの難易度が上がるか、ヒロイン達との行為が更に激しくなる……そんなところか。

 やめてしまえばこの楽園で二度と遊べなくなるかもしれないし、ゲームクリアも失敗とみなされれば「元の俺」の人生は変わらないことになる。


 俺は逡巡したものの、結局『ハードモードを始める』を選択した。


 ※※※


 目が覚めると、そこは騒がしい教室の中だった。


 再び9月20日に戻ってきた。

 ゲームモードが変わったはずだが、見たところ変化は感じない。

 今回誰を選ぶかを考えていると、遥が俺の前に立った。


「ねー沢木っ、追加の飾り付けの材料を生徒会室に貰いにいくから手伝ってよ!」


 そうだな、久しぶりに遥にするか。


 俺は遥を手伝うことを選択して一緒に生徒会室に向かった。

 そのまま呆気なく一日目は終わり、二日目、三日目も多少の会話の違い等を除けばこれまでと内容に大きな違いはなかった。


 ――これはもしかすると、女の子との行為がハードになる方か?


 俺がよこしまな期待に胸を高ぶらせていた四日目の事だった。

 昼休みに俺の前に立った遥が「屋上まで付いて来てほしい」と告げる。

 こんなイベントはこれまでなかった。

 それにいつもなら騒がしいまでに快活な遥が今日はなぜか静かだ。

 俺は新しいイベントなのだと解釈して素直に遥に付いていくことを選択する。


 遥が言った「屋上」とは、正確には「屋上に出入りするドアの前」を指している。

 ドアは施錠されていて通常は出られないが、行き止まりという場所の特性から秘密の話をしたい生徒にはよく使われていた場所だった。


「それで話って?」

 俺の問いに遥は虚ろな視線を向ける。


「貴巳……アタシのこと、どう思ってる?」

「ん? どうしたんだよ遥。」

「貴巳には、アタシの事だけ見てほしい」

「え?」


 なんだ?

 シナリオに影響しない範囲で他の女の子と話したりはしていたが、その事を言っているのだろうか。

 俺の前にウインドウが開く。


『もちろん遥を見てるよ』

『え、俺達そんな関係だったっけ?』


 ……この正解は『もちろん遥を見てるよ』だろう。


「もちろん、遥を見てるよ」

「ウソ。貴巳は他の子のことばっかり見てる。一年生の子とか、マリアちゃんとか」


 俺の前には次々とウインドウが現れてくる。

 俺はとにかくこの場を乗り切るために瞬時に答えを決めて選択し続けた。


「アタシ、マリアちゃんみたいに美人じゃないし」

『そんな事ない、遥は可愛いよ』


「アタシ馬鹿だし、生徒会長みたいに賢くない」

『遥には遥の良いところがあるだろ』


「ホントに、信じていいの?」

『ああ、俺を信じてくれ』

「貴巳……」


 俺は遥の背に腕を回す。

 ひとまずはこれでこのイベントは乗り切れるだろう。

 そう思った時だった。


「やっぱり、信じられない」


 次の瞬間、俺の胸を思いがけない強い力が押した。


 ――え?


 突然のことに身構える間もなく俺は頭から数段下の階段に転げ落ちた。

 頭蓋がひしゃげる音と皮膚が裂ける感触がする。


 ――いったい何が……。


 霞みつつある視界の中で、俺は床に広がる血溜まりを見ていた。


 ――痛い、寒い……。


 階段の上には表情のない遥の姿があった。

 やがて、俺の意識はそこで途切れた。


『あなたは卯月遥と結ばれなかったため、転落事故により死亡しました BAD END』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る