第3話 バッドエンドの誘惑(遥ルート②)

 翌日も放課後になると遥が俺の前に現れ、今度はドリンクの試作を行うので調理実習室へ付き合って欲しいと言ってきた。

 彩矢への接触がまだ出来ていない状況であまり横道に逸れるのもどうかとは思ったが、結局は目の前の遥にほだされて俺は『遥を手伝う』を選択した。


 三日目も遥は俺の前に現れたが、その日は断腸の思いで遥の誘いを断り俺は彩矢への接触を図ることにした。

 しかし廊下に出て行った彩矢を追いかけたものの、細々とした邪魔が入るうちに見失い、その日は二度と彩矢の姿を見ることはなかった。

 どうやら彩矢はこの世界のヒロインだけあって簡単には親交が持てないらしい。


 ――なるほどな。これは腰を据えてやらなきゃ駄目ってことか。


 四日目。

 昨日断ったことで遥のルートは消えてしまったかと思っていたが、遥は変わらずに俺に快活な笑顔を見せた。


「ねー貴巳。今日はアタシのお願い聞いてくれるでしょ?」


 彩矢のルートは出遅れた感がある。

 このまま無理に進めようとしても間に合わないかもしれない。

 そういえば期限も彩矢を攻略出来なかった場合にどうなるのかも知らされていないが、この手のゲームでワントライのみということは考えづらい。

 俺はこのゲームの製作者の良心に期待し、今回はゲームシステムに慣れるためと割り切って遥のルートを進めることにした。


「いいよ、今日は遥の言うこと何でも聞くよ」

「ホント!? うれしい! でね、今日は――」


 俺の腕に自らの腕を絡めて遥はグイグイと教室の外に引っ張っていく。

 大きめの胸が腕に当たっているが、気にする様子もない。

 俺は心中穏やかではなかったが、遥の存在をさらに強く意識している自分を何とか隠し通した。


 五日目。

 明日からの学園祭に向けて、クラス企画の準備は佳境を迎えていた。

 準備の遅れを取り戻すため、俺と遥は生徒の下校時間を過ぎても、隠れて二人で作業を続けていた。

 暗い中での作業に俺は誤って遥の胸を触ってしまったが、遥は怒ることもなく小さく「バカ……」と言って頬を赤らめた。


 六日目。

 学園祭が始まった。

 俺はクラス企画のカフェの裏方を手伝ったり、空き時間には遥と一緒に他のクラスの出し物を楽しんで回った。

 お化け屋敷で驚いた遥が俺に抱きつき押し倒すという「お約束」があったが、俺の身体の上に重なった遥はなぜかなかなか身体を離そうとはしなかった。


 七日目。

 学園祭が無事終わり、後片付けも済んだ帰り道を俺と遥は二人で歩いていた。

 二人の家の方向が別れる場所まで来たとき、俺の前にウインドウが開く。


『遥を家へ誘う』

『このまま別れる』


 もちろん、俺の選択は決まっている。

 赤く染まった陽に照らされた遥は、少し俯いて「……うん」と呟いた。


 ※※※


 遥が俺の下で切なげな声を漏らしている。

 俺はその愛らしい唇を自らの唇で塞ぐと、なお一層激しく情動の限りを遥の身体にぶつけていく。

 遥が俺の背中に手をまわし、一際大きな声を放つ。

 その声を聞きながら、俺も絶頂を迎えた。


「貴巳、好き。ずっと一緒にいたい」


 密着した遥の肌の温もりを感じながら、俺は夢心地でいた。


「ああ、もちろんだよ。俺も遥のこと愛してる」


 再び俺と遥の唇が重なったその時、突然俺の脳裏に直接流れ込むように言葉が浮かんだ。


『あなたが卯月遥と結ばれたその時、園崎彩矢は交通事故により死亡しました BAD END』


 ――え? なんだこれ!?


『ゲームを続ける』

『やめる』


 ※※※


 目が覚めると、そこは騒がしい教室の中だった。


「ここは……」


 辺りを見回すと黒板の日付は9月20日と書かれている。


 ――そうか。ヒロイン以外の遥と結ばれたから、バッドエンドとして最初に戻されたのか。

 それにしても結ばれなかったら事故死とか、シナリオが雑じゃないか?


 そんな事を考えていると、遥が俺の前に立った。


「ねー沢木っ、追加の飾り付けの材料を生徒会室に貰いにいくから手伝ってよ!」


 遥……。

 ついさっきまで愛し合っていたのに、何もなかったみたいにまた最初からなのか。

 いや、そもそも遥と再び恋人になってもバッドエンドにしかならないってことだよな。


 俺は少し疲労感を覚えて、現れたウインドウの『断る』を選択した。

 不満そうな遥を背に俺は教室の外に出る。

 そのままあてもなく廊下を歩いていると、廊下の角から不意に現れた人物と鉢合わせしそうになった。


「きゃっ」

「うわっ」


 廊下にバサバサと紙の束が散乱する。


「す、すみません。ぼんやりしてました」


 俺が散らばった紙を集めようとしていると、同じように屈んで紙を拾っているその人物が「いいのよ。こっちも不注意だったわ」と答えた。


「あ、弥生先生……」

 そこにいたのは担任の弥生やよいみずき先生だった。

 すらりとした長身の割には出るところはキチンと出て、大人の雰囲気を漂わせる男子生徒に圧倒的人気を誇る英語教師だ。

 紙を集めながらも、屈んだスカートからチラリと覗く内腿に思わずドギマギする。

 弥生先生は紙を集め終わると俺に向き直った。


「沢木君。ついでと言ったら悪いんだけどもう少し手伝ってくれないかしら。まだたくさんプリントしなければならないものがあるの」

「え? これからですか」

「ええ、ダメかしら」


 弥生先生の良い香りが俺の鼻先をくすぐり、俺の目の前に再びウインドウが開く。


『弥生先生を手伝う』

『用があるのでと断る』


 俺は思わず口笛でも吹きそうになった。


 ――そうか、こういうルートもあるのか。

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