第8話 アーバン・レジェンド
「駄目だ。スマホの撮影データが完全に壊れていた。復活不可能だ」
黒ジャケットの不二男がガムシロップもミルクも入れず、アイスコーヒーをストローを使わないで一気に飲み干した。
「こっちも白紙になってしまったものな。……命がけで取ってきた原稿なのに」
喪服の様な黒スーツの昭が、ブラックコーヒーを飲みながらぼやいた。猫舌気味なので生クリームが入っていないホットは苦手だが仕方ない。
「今日は雰囲気違うわね。ゴスロリ? 真帆ちゃんのゴスロリはきっと似合っていそうね」
黒蜜をかけた葛切りとウーロン茶を飲む黒衣の紫綾が、真帆が着てきた洋装をほめた。そういう彼女は黒の和装で椅子の横に白杖を立てかけてある。
黒ゴスロリの真帆と、自分の服から黒っぽいのを搔き集めて着てきた信一はミルクを入れず、ガムシロップだけでコーヒーゼリーを食べていた。
「似合っています! 黒いボンネットも、黒いチョーカーも、黒いワンピースも、黒い厚底ローファーも」
服の詳細が見えない紫綾の代わりに、信一は声を張り上げた。
紫綾の前で、真帆の事が好きだと告げた信一だったが、その気持ちは真帆には打ち明けていない。真帆とは依然、親友という間柄だった。
そんな状態を、紫綾が微笑ましげに見守っていた。
真帆は自分以外のみえるひととして、紫綾を敬っている様だった。
あれから何日経っただろうか。
ファミレスの一角に久しぶりに全員、集まっていた。
あかがねだいちの新しい痕跡が見つかる事は、あの日以来完全になかった。
コミック・ニンフォの『
それを読者は誰も気にしていない。やがて作者もそのまま忘れ去られてしまうだろう。あかがねだいちという名前と共に。
皆はあれ以来、黒服で過ごし、ブラックコーヒーやブラックチョコレートの類をメインにして生活していた。
スパゲッティ・ネーロなど黒い料理も積極的に選んだ。
何故か。
Mr.ブラックマンの都市伝説によれば「そうしろ」と、あの黒い怪人が言っていたからだ。
そうしないと「お前の魂はブラックではない」という言葉と共に祟りが起こるという。
それが本当にそうなるかは解らない。真の前例がない。
皆、自分達が作った新しい都市伝説に、そしてあかがねだいちから自分達を救ってくれた救護者に抗う気持ちは起きなかった。
あかがねだいちから逃れ得た代わりに、Mrブラックマンという自らが作り出した新しい都市伝説に捕らわれてしまったといえるが、純粋な感謝はあった。
「いつまでこんな黒い服ですごせばいいんだ。三日以内、とかMr.ブラックマンの記録にそういう設定を作っておけばよかったな」
昭義があからさまに不満を見せる。
彼はこの騒動で紫綾と深い知り合いになれたて嬉しかったが、彼女は不二男にも狙われているのが気づいて複雑な心境でいた。
紫綾が二人にどの様な感情を持っているかは本人以外知らない。
だが、真帆は薄薄とながら察しがついている気がした。同じ女性として、だ。
「Mr.ブラックマンは今日も何処かで誰かを助けているそうだよ」
不二男がノートPCの画面に出ている『みえるひとの為の都市伝説ライブラリー』を皆に見せた。
今日もメインチャットは彼に関する噂で急速に流れている。
この情報が本当ならMr.ブラックマンは世界のあちこちで人助けをしている事になる。
これからも悪い都市伝説を駆逐するダークヒーローとして、Mr.ブラックマンは世界中に語られていくだろう。
「暴走しなきゃいいけど」
コーヒーゼリーを一口、口に運びながら真帆が呟いた。
実際に暴走する都市伝説に誘拐された彼女の言葉は重かった。
「そんな事ないよ!」信一の言葉は熱かった。「Mr.ブラックマンは皆を助ける。その為の存在なんだ」
もうすぐコミック・ニンフォで、Mr.ブラックマンをテーマにした不二男の連載が始まる。
考えてみれば、クリーチャー漫画家あかがねだいち誕生と成育の経緯を信一達は知らない。
自分達は一生かけて、自分達が生み出した強力な都市伝説をこれから一生管理しなければならない。
よりよく自然にする為には、慎重によりよく
上手に管理出来れば、世界の悪い怪異に弱者が対抗する切り札のままでいられるはずだ。
この都市伝説サイト等を睨み、Mr.ブラックマンを曲解している様な設定が付け足されそうな不穏な書き込みはこちらで修正していこう、と皆は決めている。
ネットで管理される、無意識からの使者Mr.ブラックマン。
それが信一達が生み出した者。正義の味方。
重すぎるものを背負ってしまったか。
そんな信一は真帆の視線に気がつき、その心を見透かす猫の如き瞳に自分の弱さを覚られまい、と表情を強く整えた。
PCの画面ではフラッシュニュースが「来年の流行色はブラックです」と一瞬だけ瞬いた。
カガンマ 田中ざくれろ @devodevo
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