第7話 異界
翌日。待ち合わせ場所に紫綾が現れた時、昭義は口から心臓が出そうなくらい驚いた。
彼女が参加するのを不二男の口から聞いた後、まるでこれからお見合いを始めるかの様な几帳面さで昭義は挨拶をした。
声を聴いて、紫綾は彼が五日前に路上で悪縁の糸を切った男だという事を認識した。「あの時はありがとうございました」紫綾の今日の服装はホワイトシャツとブルージーンズというラフな格好だった。ロングの黒髪は頭上でまとめられている。
四人は不二男のセダンに乗り、あかがねだいちがいるはずの住所をめざした。
「銃とか用意出来なかった。これは気休めにしかならないと思うが」
昭義が昨日、買ってきた小型のサバイバルナイフを配った。知らない四人目の為に四本買っておいたナイフは全員に行き渡った。小学生の信一までショルダーホルスター付きのナイフを装着した。
そしてキャンプ用の携帯衛生キットも皆に配った。ベルト付きで腰に装着する奴だ。
最後に前方を照らすLEDライト付きヘルメット。
「どうだろう。こんなグッズよりプロの霊能者とか坊さんとか呼んできた方がよかったのかな」
「紫綾がいます。みえるひとだし、彼女の『縁切り』は多分あかがねだいちに対する強力な武器になるはずです」
「どうだろう、紫綾さん。俺の祖母は俺の守りになってくれるだろうか」
「残念ですがお婆様はこれからの戦いの力にはならないでしょう。それほどの宿命が私達を待ち受けています」
不安そうな昭義を乗せて、不二男が運転する乗用車はやがて目的の場所に着いた。
出発した時には薄曇りだった午前中の空は、いつのまにか黄昏時の薄暗さになっていた。
昭義は腕時計を確認する。まだ昼の一一時だ。
あかがねだいちの家がある丘の入口は、昭義がいつも原稿を取りに行っていた、そして信一が真帆と忍び込んだ、あのゴミも落書きもない整然とした黒い丘の雰囲気になっていた。ここにたむろする不良の類もいない、森に隠れる様な階段が上へと続く無人の異界だった。
そして立ち入り禁止の看板はなく、門は開け放たれていた。
「信一君に絡みついている因縁の黒い糸は、この階段を上った向こうに続いています」と紫綾。「ここは確かに個人の異界ね。些細なありふれた霊気も感じないわ」
あかがねだいちが待ち受けている。
四人はセダンを降り、静寂の中で息をのんだ。
紫綾は黒髪を肩の辺りで巻き直し、ヘルメットをかぶった。
「肩を貸してください」
そう言われて紫綾の手が肩を掴んだのに、昭義はどぎまぎした。白杖を使う様な状況ではないという事だ。
四人はヘルメットのLEDライトを点けて、門をくぐり、階段を上り始めた。
黒い森の中を進む様な階段上り。
長い階段だ。闇をヘッドライトが白くえぐる。
やがて、階段の終わりが見えてきた。洋館の様な大きな家だ。
風景はもう深夜。
印象として黒い家だ。
あかがねだいちの待ち受けている家の玄関の前で、不二男が録画モードにしてあるスマホを構えた。空いた手にサバイバルナイフを握る。
昭義と信一もナイフを抜いた。
玄関のドアは閉まっていた。
「都市伝説では地下室が拷問部屋なんだよな」
不二男の言葉に、信一は囚われの真帆はそこにいるはず、と確信を抱いた。
「行こう」
不二男が先頭で歩き出した時、玄関のドアがひとりでに軋む音を立てて開いた。
緊張した四人の前に現れたのは安っぽい背広を着た若い男だった。手には漫画の原稿を入れるサイズのベージュの封筒を持っている。
「よかった」彼は言った。「もう、原稿を取りに来ないんじゃないかって、心配してたんですよ」
信一は彼の声を何処かで聞いた覚えがした。
昭義にとってはいつも原稿を渡してくれた男だ。その原稿を受け取ろうと、半ば習慣的に彼に近づいた。
「駄目です」紫綾は男を『みながら』昭義に囁いた。「この人は生きていません。彼は因縁の糸でがんじがらめになっています」
その瞬間、その男の姿がまるで砂絵が風に吹き散らされるかの様にぐにゃりと歪んだ。
生きている人間の形ではなかった。
足元に落ちた原稿袋を拾い上げると、昭義は紫綾をかばう様に後方へバックステップした。
「カガンマ!」
その男は恐ろしげに姿を歪めながら叫んだ。
皆はこの存在が、昭和時代のあかがねだいちの都市伝説で行方不明になった編集者だと気がついていた。
歪んだ男はまるで風に巻かれる様に玄関から家の中へと吸い込まれていった。
後はヘッドライトの灯りが集中する、開け放たれた玄関の奥の闇が彼らを待ち受けていた。
皆はここが完全に超常の空間である事を理解して、玄関をくぐって家の中へ乗り込んだ。
腐っているらしい床が、水分を含んだ絨毯の下でギイと鳴る。
左右にドアが並んだ長く真直ぐな廊下を、四人はLEDヘッドライトで闇を掘りながら、奥へと進んだ。
信一はこの左右のドア全てにあかがねだいちが創造したクリーチャーがいるはず、と考え、足が強張った、
「大丈夫」紫綾が信一の心を見透かした様に声をかけた。「今、このドアの向こうには何もいないわ」
軋み音をさせながら四人は奥へと進む。
ライトの光はやがて左右への三叉路に突き当たる。
前に、信一はこの辺りであかがねだいちに遭遇したのだ。
しかし、今はあの時に張られていた様な黒い蜘蛛の巣みたいなものはない。
あかがねだいちが現れる様子もない。
ふと、信一は自分の足元の闇の中に何か固い物を踏んだ。
LEDライトで照らす。
スマホだ。前に来た時、落とした自分のスマホがそこにあった。
薄汚れたそれを拾い、スイッチを入れ、再起動させてみる。
画面に灯りが点いた。
ギリギリだがバッテリーが残っている。
「それは君のスマホか」
不二男の声に信一はうなずいて答える。
動画を再生する。すると、前に写したあかがねだいちとの遭遇が映し出された。
「カガンマ!」
映像のあかがねだいちが叫ぶ。
手足の細長い蜘蛛の如きクリーチャーであるあかがねだいちの映像を観て、不二男と昭義はごくりと唾を飲んだ。
「……こんな……」
「本当にこんな怪物なのか……」
真帆が黒いインクの糸に絡めとられ、だいちの元に引き寄せられるのが映っていた。
そして信一の周囲のドアが開き、沢山の不気味なクリーチャーが現れて、彼を囲むのも。
映像はあかがねだいちが無音で近づいてきて、その指先がペン先になっている手でスマホを弾き飛ばすまでが映っていた。画面が乱れた所で、信一は動画再生を止めた。
「先へ行こう」
自分のスマホで前方を撮影しながら不二男は歩き出した。
皆が続くが、左右に分かれた突き当りでどちらへ行くべきか、と立ち止まる。
「左よ。信一君の因縁の黒い糸は左に伸びていますわ」
紫綾のアドバイスで皆は左へ向かった。
時折、後方の闇を警戒しながら進むと廊下はやがて階段で突き当たった。
上る階段と降りる階段がある。
「糸は下に。地下に繋がっているわ」
都市伝説によれば、地下にはクリーチャーの標本と拷問器具が所狭しと並べられた地下室があるはずだ。
拷問。
信一は、真帆がそこにいるはずだと確信した。
きっと、そこで連載漫画に描かれている様な拷問をあかがねだいちから受けているのだ。
「……今、助けてあげるからね」
信一は小声で呟く。
皆は不吉な軋みを上げる階段を降りていった。
長い階段を右へ一回折れて下りきると、頑丈そうな木の扉に行きついた。
ノブを回す。鍵はかかってない。
ドアを開けて広がった暗闇を四人の強力なLEDヘッドライトが深く、大きく、穿った。
広い地下室だった。天井は二階分ある。
眩しい白光に照らし出されたのは、沢山の棚や机、大きなガラスのシリンダーが並んだ空間だった。
その棚や机には見た事もない、様様な不気味なクリーチャーが並んでいた。剥製だろうか。豹頭の猿。鱗の肌の小人。蝙蝠の翼持つ巨大な蝶の様な動物。皮膚のない牛みたいな物。その他、色色な怪物。
液体に満ちたシリンダーの列にもホルマリン臭が漂ってくる、軟体の触手に覆われた様様な種類の寄生虫じみた怪物が収められていた。
それら生物は全てモノクロームだった。腕のいい漫画家が黒インクだけで精緻に描き上げた様に。
少女の弱弱しい呻き声が聞こえた。
その方向に信一がLEDライトの白光を振ると、部屋の奥にある幾十種類もの大小、和洋混在の血生臭い拷問機器が光の内にさらされた。表面に棘の並んだ安楽椅子。急所を外して内側の針が刺さる様になっている人型の器。人の四肢をのばした形の小さな檻。手足を引きのばすローラーが四隅に付いたベッド。
そして下着姿の真帆がいた。
痩せて傷ついた彼女は固い鞍を持つ木馬にまたがされていた。後ろ手に黒い糸で縛られ、両足首も黒い糸が絡んでその下端は床にある鉄輪に巻きついている。足は限界まで引き下げられ、彼女に苦痛を与えていた。
黒い糸はベリーショートの少女の声を封じる猿ぐつわとして顔にも巻きついていた。勿論、肢体はがんじがらめだ。
「真帆ちゃん!」
信一は彼女のもとへ走り、残る大人三人も後に続いた。
サバイバルナイフで彼女の足を引っ張っている黒糸を切ろうとした信一だが、その切れ味のよい刃でも糸は一本も切れなかった。
紫綾が手をはさみ状にした。その二本の指で真帆の両足を拘束する黒糸を簡単に切り放す。黒い糸は切られる端から消えていく。
紫綾のはさみは手と猿ぐつわの全ての黒い糸を簡単に切り裂き、少女の身体が木馬を離れ、もたれかかるのを信一が受け止められるまでにした。
「ひでえ事しやがる……」
少女の手の爪が全て剥がされているのに気がついた昭義が呟いた時、少女の瞳に光が戻った。
助けが来たのに気づき、乾いていた涙があふれる。
真帆は正気づいた途端、信一達に叫んだ。
「あかがねだいちは上に!」
「カガンマ!」
天井から響いた声に、皆は思わず上を見上げた。
上方の暗闇をヘッドライトが広く照らし出す。
天井付近には黒く大きな蜘蛛の巣が何重にも張り巡らされていた。
そこには細長い蜘蛛の如き、あかがねだいちがいた。
天井には漫画家の仕事場としての机や椅子や棚が、天地逆になって貼りついていた。彼は拷問する真帆を見下ろしながら、漫画を描いていたのだ。
あかがねだいちはペン先となった一〇本の指を振り、黒いインクの糸をまるで雨の如く降らせてきた。
黒い糸はしがらみであり、呪いだ。絡みつかれれば、上の巣へ引き上げられ、人質にされてしまう。
その先に待っているものは死か、永遠の拷問か。
降りかかる、垂直や斜めの黒い流線。
巧みに四肢を狙ってくるものを避けるのは困難だった。
だが紫綾には『みえて』いた。暗闇の中で不二男や昭義の腕や足に絡みついてくるものを紫綾のはさみが切り裂く。
それでも数本が男達に絡んだ。絡む先から紫綾が切り裂く。
「いいか! 行くぞ!」
不二男と昭義はサバイバルナイフを天井のあかがねだいちに投げつけた。
しかし、黒い蜘蛛の巣に阻まれて、漫画家であるクリーチャーに届かない。
「あかがねだいち!」
力なくもたれかかる真帆を支えながら、信一は呪文を唱えた。
「だいちの『だ』は堕天使の『だ』!
だいちの『い』は忌まわしいの『い』!」
「カガンマ!」
呪文を邪魔したのは突然、あかがねだいちの声に応じて、一斉に動き始めた部屋中のクリーチャーの標本だった。
ひれだらけの緋色の魔人。身体中に細かい穴の空いた圧搾された様な人形。
それらは生きていたのだ。あるものはシリンダーを割って外へ飛び出し、あるものは牙をむいて、信一達に襲いかかった。
紫綾のはさみはそれらに対しても有効だった。みえている彼女の指がそのモノクロームの造形を切ると、まるで立体的に描かれた輪郭から描線がほぐれる様に形を崩していく。
紫綾が流れる動作でクリーチャー達の描線を切る。
次次と接近しようとする怪物は形を崩し、インクの名残へと形を変える。
だが、攻め手が増える事で、彼女のはさみは上からに対して手薄になる。
「だいちの『ち』は……!」
途端、信一の舌に黒い糸が絡んだ。口から声が出せなくなる。呪文の最後が喋れない。
「信一君!」
それに気を取られた瞬間に紫綾の両腕に黒い糸が絡みついた。その手が上へと強引に引き上げられる。
紫綾のはさみが使えなくなると、次次と黒いインクの糸が昭義と不二男の身体にも絡みつく。
真帆をかばいながら、信一は舌に絡んだ糸を指で外そうとする。しかし外れない。
あかがねだいちは例の呪文を気にしていたのだ。四人の舌に黒い糸を絡みつけ、更に顔に巻きつけ喋れない猿ぐつわにする。
「カガンマ!」
クリーチャーは勝ち誇った叫びを挙げた。
信一はズボンの尻ポケットに入れていたスマホを片手で引き抜いた。
そして動画再生になっていた画面の一時停止を指で解除する。
画面は、信一の掌の血を見たあかがねだいちが飛び退る場面だった。
スマホはその時の信一の声も再生した。
「だいちの『ち』は血まみれの……!」
だが呪文の完成間際に一迅の猛風が信一の手からスマホを奪い、床に強烈に叩きつけた。
スマホは更に柔毛に全身を覆われたクリーチャーの足に踏みつけられ、破壊された。
見ましたかー! あかがねだいち様ー! 私の手柄ですよー!
洞を吹き抜ける如き風が叫んだ。空を舞う様に飛行する猛風は形の歪んだ、あかがねだいちに殺された編集者だった。点描で構成された彼には何十重にも黒い糸が巻きついている。あかがねだいちにその様に殺された者は従僕にされてしまうのだ。
真帆の身体にもまた黒い糸が何重にも巻きついた。
五人の無力な人間は黒い糸に引き上げられ、足が床を離れた。
まるで操り人形の様だ。
もう抗う事は出来ない。
ヘルプ!
信一は闇の中で祈った。何もかも手を尽くし、信じてもいない神や仏にすがりたかった。
老婆の声が囁くのを聞いた気がした。助けを求めろ、と。
心の中で無我夢中に叫んでいた。
ヘルプ! Mr.ブラックマン!
ヘルプ! Mr.ブラックマン!
ヘルプ! Mr.ブラックマン!
祈った心は無力に闇へ吸い込まれた。
五人は天井の黒い蜘蛛の巣へ貼りつけられる。
LEDヘルメットライトが照らす光はこの地下室の下方ばかりを照らしていた。皆が力なくうつむいているからだ。
「カガンマ!」
白眼と唇をインク色にしたクリーチャーは、『みえて』いる紫綾の眼を完全に潰す為にペン先の指が並ぶ細長い右手を振り上げた。
その手首を後ろから黒人の力強い手が摑まえる。
信一は、蜘蛛の巣の上にいつの間にか立っていた男を見て、不二男が書いた小説の一文を思い出していた。
『二メートル近い引き締まった黒人でさ。
黒のパーカーと黒のスエットでフードを深く被って、シューズも黒。
サングラスと唇は血みたいに真っ赤。
ナイフなんか刃が立たなくて。
身のこなしは黒豹の様で』
信一のヘッドライトに照らされたMr.ブラックマンは、計り知れない握力であかがねだいちの右手首を握り潰した。
あかがねだいちは悲鳴を挙げた。
左手を振って、五本の黒い描線で突然現れた黒人を縛り上げようとする。
五本のインクの糸はMr.ブラックマンの身体を確かに縛り上げた。
そして簡単に引きちぎられた。
Mr.ブラックマンは蜘蛛の巣の上に屈んで、黒くて頑丈なそれを大きく引き裂いた。
絡めとられていた五人の身体が床に落ちた。
五人を縛り上げていた黒い糸が全て、空気に溶ける様に薄れて完全に消えた。
「Mr.ブラックマンか!」
不二男が見上げて叫んだ。
「信一君! 君が呼び出したのか!」
昭義は確信して疑問の叫びを挙げた。
部屋にいる残りのクリーチャーが襲いかかってくるのを、紫綾がはさみで迎え撃つ。
信一は下着姿の真帆を背にして、都市伝説が生み出した怪人の戦いを見守る。
天井の戦いは、大きくジャンプしたMr.ブラックマンがあかがねだいちの逃走をふさいだところだった。
ペン先の左手は空中に蝙蝠の群をインクで描きあげる。カミソリになった黒い羽は高速で信一達の守護者へ飛んだ。
黒いジャブの連打が全ての蝙蝠を撃墜した。
その背後から点描の身の編集者が組みつき、黒人を羽交い絞めにした。
「やい! お前!」
昭義がその編集者に向けて叫んだ。
注意を引き寄せると手にしていた封筒から漫画原稿を数枚引き抜いた。
そして、それをビーッと音を立てて引き裂く。
「ギャー!」
「オレノゲンコウガッ!」
編集者とあかがねだいちが同時に悲鳴を叫んだ。
Mr.ブラックマンが勢いよく四肢を伸ばし、羽交い絞めにしていた点描の編集者の全身を、絡みついている呪縛の糸ごと引きちぎった。点描の身体は星雲状に分解し、地下室の闇の中に霧散していった。
あかがねだいちは高所にある黒い蜘蛛の巣から昭義達がいる床へと跳び下りた。
五人の眼前だ。
ペン先の左手が昭義の心臓を狙った。
次の瞬間、Mr.ブラックマンの黒シューズの両つま先があかがねだいちの頭頂を踏み抜いた。それは下降の勢いのままに床板まで破壊する。
頭を失ったあかがねだいちはもんどりうった。しかし、それでも死ぬ気配は見せない。
Mr.ブラックマンの腕がクリーチャー漫画家の身体を床に押さえつけた。全身を使って、足元に出来た影に押さえ込む。
Mr.ブラックマンとあかがねだいちの身体がまるで水に沈むかの様に影の中に沈み始めた。
沈みまいとする最後の抵抗を完全に押さえ込んで。二人の姿は影に沈んでいく。
紫綾が最後のクリーチャーを切り裂いた時、Mr.ブラックマンの赤いサングラスも唇も完全に影の中へ消えた。
あかがねだいちが消えた。
やがて静寂が耳鳴りになるほどの沈黙がこの部屋に満ちあふれた。
「終わった……のか」
不二男が呟いた時、皆が照明として頼りにしているLEDヘッドライトが不安定に瞬き始めた。
地下室の暗闇を穿つ広い白光が不規則に瞬く。
やがてライトは一斉に消え、五人を完全なる暗黒と沈黙が包み込んだ。
何も見えない。聴こえない。
真帆の手が信一の服をぎゅっと掴む。
その完全なる沈黙は三秒も続いただろうか。皆が、空気が変わった、と思った瞬間、周囲はいきなり明るくなった。
日常の喧騒が耳に戻ってくる。
闇に慣れていた眼が眩むほど明るいのは真上からの太陽の光だった。
五人は今立っているのがあかがねだいちの心霊スポットとして、ゴミとペンキの落書きに汚された、正午近くの丘の入り口だった。
丘の下だ。振り返ると乱雑に汚され尽くした階段があった。
見上げると何の威圧感もない廃屋がある。
「……異界が消えたわ」
そう紫綾がみた時、信一は真帆の服装が下着姿ではなく、この異界に侵入した時の服装になってるのに気づいた。怪我やあざはなく、剥がされた爪も元に戻っている。
皆は確信した。
あかがねだいちはこの世界から完全に消えたのだ。
一つの都市伝説は完全に消滅した。
Mr.ブラックマンという新しい都市伝説と入れ替わる形で。
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