第23話 俺とボクは雨降って地固ま・・・る


 姉は隣県の大学へ進学して一人暮らしを開始し、俺たちは中学3年生に進級して、高校受験を控える受験生となった。

 クラスの数が多くないせいか、クラスメイトの半分くらいはそのままで、俺も双葉も、仲のいい連中は幸い3年になっても一緒のクラスになった。


 夏休みには双葉のご両親が一時帰国されて、なんやかんや一悶着、二悶着あったのだが、無事、ご両親に俺と双葉の仲を認めて頂けた。

 なんとか大きな山を越えて、進路も気を抜かずにいれば大丈夫そうということで、相も変わらずラブラブな俺たちは平穏な2学期を迎えたかに見えたが、9月になり、俺と双葉が付き合い始めてから1年が過ぎた日曜日に、俺たちは初めて、喧嘩した。



「・・・なあ双葉。これってどういう意味だよ?」


 俺の声は、怒りに震えていた。

 俺の手にあるのは、昨日土曜日の1周年記念2人パーティーに双葉から贈られた『双葉使用券集 vol.2』。

 これを日曜日の今日、2人で見ながらイチャイチャしているうちに、あるページに差し掛かった。

 問題はその内容にあった。


「『3P許可券』って、なんだ?」


「?・・・意味って話?」


 双葉がちょっと戸惑いながら聞き返してくる。

 俺がなんで怒ってるのか分かってないみたいだ。


「意味は分かる。そうじゃなくて、俺たち以外のもう一人は、どこから連れてくるつもりなんだ? まさか、他の男を連れてくるって意味じゃないよな?」


「そっ! そんな意味じゃないよ! 彼方以外の男なんて、死んだ後のボクの死体に触られるのも嫌だよ!」


「じゃあ、どういう意味だよ! 俺が浮気するって意味か?! 俺は双葉のことしか見えてない! 双葉以外の女の子には興味ないぞ!」


「浮気するなんて思ってないよ! でも・・・ずっとボクとだけしかえっちしなかったら、彼方だって飽きるかも知れないじゃないか! だから、これから彼方とボクが相談して選んだ子を愛人にして、彼方に2人でご奉仕して、飽きられるのを先延ばしにしようって思ったんだ!」


「そんなことしなくっても、まだまだ全然飽きる気配もねーし、一生飽きない自信があるわ! 双葉のおっぱいもあそこもおしりも全部、大好き過ぎて性欲抑えるのに困るくらいだわ!」


「うそ! 時々おっきいおっぱいに目線が行ってるくせに! 鶴ちゃんとかのおっぱい見てるの、知ってるんだから! すけべ! おっぱい星人! 昨日もずっとボクのおっぱい触ってたくせに!」


「ふたばっぱいの触り心地が最高過ぎるからしょうがないだろうが! 他の子のおっぱいに目が行ったのはゴメンナサイ! 本能で目が行くだけだから許してください! 誓って言うけど、俺がこの世で最も愛してるおっぱいは、双葉のちょっと控えめの可愛いおっぱいだから!」


「控えめって言うな! まだ成長期だ!」


「・・・。」


「黙るなぁぁぁ! バカ! 出てけ! バーカバーカ!」


 背中と尻を蹴られてドアから蹴りだされ、内側から鍵をかける音がした。

 俺は、初めて離れから追い出された。



◆◆◆



 ボクは、初めて彼方を部屋から追い出した。

 床にへたり込んでグーで絨毯を殴る。


「うーっ、うーっ。」


 涙がボロボロ溢れてくる。

 こんなつもりじゃなかったのに。

 頭の中がぐしゃぐしゃ。

 色んな気持ちが湧き出してきて、訳わかんない。

 あんな風に解釈されるなんて、思ってなかった。ぜんぜん深く考えて無かった。あの券を作ったとき、コンちゃんのことが頭をよぎったんだ。ボク以外の女の子に彼方が触るなんて、イヤだけど、コンちゃんなら我慢できるかも・・・って。

 ああ、でも・・・彼方が、コンちゃんを優しく触って、ボクにするみたいに、キスとかしたら、やだなあ。

 でも、ボクの貧相な身体に彼方が飽きちゃったら?

 そんなことない、彼方がボクに飽きるなんて無い。

 どうしてそう言い切れるの? 貧乳のくせに。

 うるさい・・・やだ、やだ、捨てられるの、やだよう・・・。捨てないで、助けて、かなたぁ・・・。

 お前がたった今、感情に任せて追い出したくせに。

 違うの。好き。好きなの。どうしたらよかったの・・・。分かんないよう・・・。



◆◆◆



 離れのドアの前で俺は立ち尽くす。

 ドアに近づくと、中から微かに双葉の泣き声らしき声が聞こえる。

 こんなつもりじゃなかった。

 泣かす気なんてなかった。

 胸が重い。後悔に押しつぶされそうだ。

 あんな言い方しなくてもよかった。もっと良い言い方があったはずだ。

 俺はいつも、何かやらかしてから後悔する。

 そうならないように必死で考えているつもりなのに。

 でも、こうして双葉は泣いてる。つまり、俺が間違った。俺が悪い。

 どうしたら良い? 今すぐ声を掛けるか?


「彼方君、ちょっと。」


 渡り廊下の向こうから、おばあちゃんが小声で俺を呼び、ちょいちょいと手招きする。

 俺は、少し悩んだが、おばあちゃんの方へ行くことにした。



「少し時間を置いた方がいいのよ。お互いに感情的になってるみたいだし。」


 リビングで向かい合わせで座ったおばあちゃんは、温かいお茶を淹れてくれながら、俺にそう言った。


「双葉と喧嘩しちゃったみたいね。」


「はい・・・。すみません・・・。」


「原因を聞いてもいい?」


 俺は少し悩んだが、相談してみることにした。


「俺がちょっと、心が狭くて・・・。そのう、二股を認める、みたいなことを双葉から言われて、カッとなって、そんなの要らないって感じのことを、きつい言い方してしまいました。」


「ああ・・・。なるほどねえ。」


 おばあちゃんは少し目を閉じて、ゆっくりとお茶を飲む。そんな所作も綺麗で上品だった。さすが深窓の令嬢。


「せっかくだから、しちゃったら? 二股。」


 俺は、ブフッ、とお茶を少し吹いた。


「え、あ、あの?」


「正妻がいいって言ってるんだから、ちょっとつまみ食いして、時々ちゃんと双葉のところに戻ればいいんじゃない? 女は男の港、みたいな歌もあるし、そういう方々も多いんでしょ。」


「えーっと・・・。」


 まさか、二股OKが出るとは。

 おばあちゃんの顔を伺ってみる。

 ・・・ニコニコしてる。何考えてるのか、全然わかんねえ。

 ちょっとお茶を飲んで落ち着いて、と。


 頭の中で状況を整理する。

 まず、双葉からの提案では、双葉に飽きないように、他の女の子を加えよう、という内容だった。

 おばあちゃんからの提案は、双葉がOK出してるんだから、乗っちゃえば?というもの。

 ・・・そもそも、俺はなんで怒ったんだ?

 ・・・。

 ・・・。

 お茶をもう一口。温かくて優しい香りがする。美味しい。


「二股は、やめときます。」


「あら、いいの?」


「ええ。多分ですけど、俺には向いてません。俺、双葉のこと大好きなんで、二股のお相手に嫌な思いさせちゃうと思うんで。」


「そう。」


 おばあちゃんの笑顔が優しくなった気がする。

 おばあちゃん的にも正解だったのかな。


「双葉に謝ってきますね。」


「ふふ、ええ。頑張ってね。」


「はい。ありがとうございます。」



◆◆◆



 ボクは床に座ってソファに寄り掛かり、シャチくんを抱えてまだべそをかいていた。

 かなたぁ、もうボクのこと嫌いになっちゃった?

 そんなのやだよう。イヤ、イヤ、イヤ。

 でもどうしたら彼方を引き留められるの?

 頭の中はそんなことばっかり。さっきからずっとこんなことの繰り返し。


 コンコン。

 ドアをノックする音がする。


「双葉、俺だけど。」


 彼方・・・! でも、声が硬い。まだ怒ってる?


「まず大前提として最初に言っとく。双葉、愛してる。仲直りしたいから、話したい。開けてくれないか?」


 ・・・。『愛してる』・・・。うぅ、かなたぁ・・・。

 ボク、大丈夫かな。彼方と冷静に話せる・・・?

 でも、彼方が歩み寄ろうとしてくれてる。

 ボクも、頑張らないと。

 ボクは立ち上がってドアのカギを開ける。

 シャチくんに泣き顔を隠してもらいながらドアを開けると、少しだけ不安そうな、でもホッとしたみたいな顔の彼方が立っていた。


「ありがとう。入るぞ?」


「うん・・・。」


 ボクたちはいつものソファに横並びで座った。

 泣き顔が恥ずかしいから、シャチくんは抱いたままだ。

 彼方はボクに上半身ごと体を向けて話し出した。


「ちょっと考えたんだ。俺は何に怒ってたんだろうって。気付いたのはさ、俺は双葉のことで頭がいっぱいで、双葉が他の男に少しでも絡むと不愉快なのに、双葉はそうでもないのかなって、そう思って悔しかったんだ。」


「そんなわけ!」


 彼方はボクをシャチくんごと抱き寄せて、言葉を続ける。


「ちょっと頭が冷えたから、そうじゃないって分かってる。・・・あのさ、俺は双葉しか見えてなくて、双葉だけで十分満足してるんだ。他の女の子を連れてこられても、きっと俺はその子を傷つけちまう。まあ、将来は分からないって言われたら、もうなんにも言えないけど・・・。」


 そっか・・・コンちゃんを傷付けるかもって事も、ボクは気付いてなかった。

 ボクは本当に、傲慢で自分勝手だ・・・。


「・・・ううん。あの券が、そういう風に見えちゃったってことだよね・・・。ボクも、あれ書いたときはちょっと、その、テンションがおかしくなってたと思うから・・・その、ごめんなさい。」


「俺も、キツイ言い方してごめんな。」


 彼方はボクのおでこに自分のおでこを軽くぶつけてきた。

 その、目を閉じてほっとしたみたいな顔を見てたら、ボクの心のもやもやが少しずつ晴れてきて、愛しいって気持ちが湧き出してくる。

 彼方も不安だったんだ。本当にごめんね、彼方。バカで傲慢で自己中な彼女で、ごめんなさい。

 ボクはもっと、彼方に相応わしくなるように、頑張らないと!


「あー、あとさ。」


 彼方が目を開けて、ちょっと言いにくそうに口を開いた。


「俺、貧乳派だから。」


 ボクは黙って、あんまり加減せずに彼方の肩に嚙みついた。



◆◆◆



 この後、俺は本能から来る視線の動きを制御出来るようになるまで数年かかり、制御にミスする度に双葉から噛まれることになる。

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