第21話 俺たちの家族旅行


 春休みに春日家・須藤家合同で、2泊3日で家族旅行に行くことになった。

 中2最後のイベントになるだろう。

 ちなみにホワイトデーは、双葉を通してしっかりとリサーチを行い、女子たちに好感触のものをご用意できたと思う。

 旅行に至った経緯は細かく言うと長くなるが、双葉のおばあちゃんの友達が温泉旅館を経営していて、その方からのお願いで、旅館をより良くするためのテスターになってもらいたい、という話だ。

 老若男女、生活基盤も異なる2家族なら、なるほど、広く意見が集められる。

 代わりにこちらには、だいぶんお手頃な価格を提示してもらったらしい。

 ついでに大学受験に無事合格した姉の祝いも兼ねて、というわけだ。

 正月の新年顔合わせ会で案が出されて、日程を今まで調整していたと聞いた。



 7人全員が乗れるワンボックスカーをレンタルして、午前中に住んでいる街から隣県へ向かって、休憩を入れながら3時間。

 休憩で寄った道の駅で、その土地の産品なんかを眺めるのも新鮮で楽しかった。


 午後になって着いた旅館は、純和風、落ち着いた佇まいの、いかにもな老舗旅館だった。

 庭は春日家に負けず劣らず、よく手入れされていて美しいが、奥までは見通せないようになっている。


「ようこそおいで下さいました。当旅館の女将でございます。」


 と母くらいの年齢の方から玄関で丁寧に挨拶され、恐縮する須藤家一同。

 その隣では、先代の女将と名乗った方がおばあちゃんと上品に、けれども親し気に話していた。


 案内されたのは、和室の広い部屋だった。

 最初に通されたのは正面に立派な床の間のある12畳くらいの和室だったんだが、右を向けば6畳ほどの広縁があり、さらに向こうには美しく手入れされた庭が広がっているのが見え、梅の花が綺麗に咲き誇っている。左を向くと隣にこの部屋と同じ12畳くらいの和室がもう1室あって、ふすまで区切れるようになっている。

 左の部屋へ移動すると、正面に中庭があり、廊下がぐるっと中庭を囲んでいて、その向こうにも部屋が見える。

 ・・・どこからどこまでが俺たちが借りた部屋なのか分からない。

 

 案内してくれた仲居さんに聞いてみると、さっき通ってきた廊下に『風待の間』と彫られた大きな木の看板が立っていたんだが、その先は自由に使っていいそうだ。

 ・・・普通に7人がゆっくり住める家と言っても良い規模である。

 父と母は口を開けてぽかーんとしており、姉は何かを諦めたような表情だった。

 俺も一瞬、呆けたが、すぐに「ま、双葉んちのすることだしな。」と切り替えてちょっとウキウキしながら部屋(と言っていいか悩むが)の探索に移った。ガキっぽいとは思うが、この気持ち、分かってもらえると思う。


「素敵なお部屋ねえ。」


「ああ、のんびりできそうだな。」


「この人数だとちょっと手狭じゃない?」


「奥が広いみたいよ。彼方君と一緒に見てらっしゃい。」


「はーい。彼方、待ってよー。」


 やはり、春日家はこの格の旅館くらいは平常運転のようである。



 家族ごとに一部屋選んで、荷ほどきを終えた俺たちは、ひとまず思い思いに過ごすことにした。

 慣れない運転で疲労していたうちの父は部屋でしばらく寛ぐらしい。

 母と姉、おばあちゃんと双葉の女性4人は温泉に向かった。部屋に家族用の露天風呂があるので、共用の大浴場よりもそちらがおすすめだと仲居さんが説明してくれていたので、さっそくそちらを試すらしい。

 残ったのは・・・。


「彼方君とこうして2人で話すのは初めてだね。」


「は、はい。」


 広い和室で、差し向かいには双葉のおじいちゃん。

 どうしてこうなった。めっちゃ緊張する。

 いや、いずれ必ずこういう場面は来るのだ。早まっただけだ。いや、ちょっと早すぎないかなあ。実質婚約したから? バレンタインに死ぬまで勝ち組とか調子に乗った罰だろうか。


「はは、そう緊張しないでくれ。思うところがまったく無いわけじゃないが、言うべきことは妻がもう言っているからね。おかしなことを言って妻に睨まれるのも、孫に嫌われるのも避けたい。少しジジイの雑談に付き合って欲しいのさ。」


「はあ、その、俺でよければ、喜んで。」


「ああ、ありがとう。」


 慣れた手つきで急須に電気ケトルから湯を注ぎ、俺の分も茶を入れてくれる。

 おじいちゃんの顔つきはややいかついが、表情は穏やかだ。

 ・・・少し緊張が解けた気がする。

 会話することは少なかったが、もとより温和な印象の人だ。将来の家族と、少し思い切って距離を詰めてみよう。双葉との末永い付き合いを見据えて、もう一人の祖父になる人と仲良くできれば最高だ。


「ありがとうございます。なんていうか、お茶を淹れるのに慣れてますね。」


「意外かな?」


「・・・はい。正直に言うと。」


「素直だな。まあ私は入り婿だからね。妻と違って若いころからあまり偉そうに振舞うのに慣れてなくて、今でも貧乏性が抜けないのだよ。・・・おっと『妻と違って』は余計だったな。ここだけの話で頼む。」


 おじいちゃんは片目を瞑って、ややいかつい顔を優しく緩めた。

 初めて見る表情に、かなり印象が変わった。

 その笑顔はチャーミングで、かっこいいお爺さんって感じだ。若いころはさぞかしモテたろうな。


「何を話そうかな・・・。こういう席があったら、いろいろ話したいと思っていたのだが、いざとなると中々出ないものだ。」


「・・・質問しても、いいですか。」


「もちろん。知っていることなら大体のことには答えられると思うよ。」


「じゃあ、お言葉に甘えて。おばあちゃんとの馴れ初めは、どういうものだったんですか?」


「・・・そう来たか。だが、そうだな・・・。うん、君と私の立場は少し似ている。何かの参考になるかも知れないな。」


 おじいちゃんは、ゆっくりと話し出した。


 おばあちゃんは、いわゆる深窓の令嬢で、高嶺の花だったこと。

 おじいちゃんは、何とか高校へは行かせてもらったが、放課後は工場で働き、学校の成績は良くなかったため、卒業後はそのまま工場で働く予定だったこと。

 偶然出会った2人が恋に落ち、おばあちゃんの説得と口利きで、高校卒業後は春日家の関連会社に勤め始めたこと。

 地道に働いたおじいちゃんが認められて、結婚を許してもらえたこと。


 途中からは部屋から出てきたうちの父も合流して話を聞いていた。


「・・・という感じかな。ちなみに双葉の父も婿養子だ。彼は苗字にこだわりが無かったから、できれば、という私たちの希望を聞いてくれたわけだがね。彼方君がもし将来うちで働くなら、婿養子になって『春日彼方君』になってもらった方が私の立場からはいろいろ助かるかな。まあ、強制するようなことではないし、頭の隅にでも置いておいてくれたらいいよ。」


「・・・すごく、ためになる話でした。ありがとうございます。」


「いやあ、私も思わずいいお話が聞けました。話し声を聞いて起きてきて正解でしたね。」


「いささか気恥ずかしいがね。さて、次は須藤家だ。まずは、彼方君と双葉の馴れ初めを聞かせてもらおうかな。」


 聞き上手なおじいちゃんのおかげもあって、話は弾み、風呂を女性陣と交代したりしながら、馴れ初め話は父にも及んだ。

 考えてみれば、父と母の馴れ初めは断片的にしか聞いていなかったから、こうしてしっかりと聞くのは初めてだった。


 こうして、双葉のおじいちゃんとは、いくらか仲良くなれたと思う。

 けれどそれは、おじいちゃんが今日、俺を受け入れようとしてくれたおかげだ。

 まだ俺には、最大の難関が残されている。

 双葉のお父さんだ。

 双葉のお母さんは俺たちのことを前向きに受け止めてくれているらしい。だが、お父さんは、正月にリモートで叫んでいるのを聞いたのが最後だ。今現在、どういう心境でいらっしゃるのか、ちょっと怖い。

 おじいちゃんには、結果として甘える形になった。

 お父さんには、俺から距離を詰めていこう。

 双葉と家族としての仲も深め、誰の目を憚ることなくラブラブする。

 男3人で温泉に浸かりながら、俺は新たな目標に向かって、闘志を燃やすのだった。

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