第20話 ボクの友達


「急に呼び出してごめんね、コンちゃん。」


「ううん。用件は分かってるつもりだから、大丈夫だよ。」


 ボクは休日に、以前から気まずい関係になっていた友達を喫茶店に呼び出して、久しぶりに2人きりで会っていた。

 どうしても、会って話したかったから。

 注文した紅茶が届くまで、ボクたちはしばし無言だった。

 懐かしい、でも落ち着かない、もどかしい感じ。

 長くて綺麗な髪を耳にかけて、ゆっくりとミルクティーを飲んでいるコンちゃんに、なるべく口調に感情をのせないようにして、尋ねる。


「・・・あのガトーショコラは、コンちゃんだよね?」


「・・・うん。そうだよ。先に言っておくけど、私の気持ちに区切りをつけるためのものだから、これ以上何かするつもりは無いよ。双葉ちゃんに迷惑はかけないから。」


「・・・うん。分かった。」


 そんなの分かってる。コンちゃんは、そんなことしない人だって。


「来年は受験だから、集中しないといけないしね。」


「・・・そうだね。ボクたちは多分、県立東を目指すと思う。」


「・・・そう。私は多分、光が丘かな。」


 光が丘は県下で一番の私立の進学校だ。

 成績的にはボクも彼方も圏内だけど、彼方のご家庭の経済的な理由で、私立は厳しいらしい。県立東なら光が丘よりは落ちるとはいえ、十分な進学実績もあるし、日向お姉ちゃんの後輩になるので、勝手が分かるのも大きい。

 ボクがわざわざ彼方と違う学校に行く必要もないし、家族全員に許可は取っている。


「・・・こういうの聞くのも、本当は良くないとは思うけど。・・・お菓子の味は、何か言ってた?」


「美味しいって、言ってたよ。ボクも少しだけ分けてもらった。本当に美味しかったよ。」


 相変わらず、ボクと違ってお菓子作りが上手。敵わない。


「そっかあ。良かったあ・・・。」


「・・・。」


「それが聞けて良かったよ。ありがとう、双葉ちゃん。・・・他に、私に確認したいことはある? 無いなら・・・ちょっと慌ただしいけど、やっぱりまだちょっと辛いから、もう、行くね?」


「うん。・・・あの!・・・ボクはまだ、コンちゃんのこと好きだから。」


「・・・私も、双葉ちゃんのことは好きだよ。・・・でも、ごめんね。」


 一緒に、いられなくて。

 コンちゃんらしくない、細い声で最後にそう言い、テーブルにきっちり自分の分のお金を置いて、背筋を綺麗に伸ばして歩き去っていくコンちゃんの背中を、ボクは見送った。



 コンちゃんは、転校してきたボクに、すごく親切にしてくれた。

 話しかけてくれて、給食をいっしょに食べようって言ってくれて、いろんなことを、こうするんだよって、教えてくれた。

 ありがとうって言ったら、ちょっと照れてた。

 転校してきたボクの、2番目の友達。


 手紙の字を見て、すぐにコンちゃんだって分かった。お手本みたいな綺麗な字。

 『中学に入学してから』なんて、嘘。ボクが転校してくる、ずっと前から彼方が好きだったくせに。

 少しでも贈り主がバレないようにしてくれたんだろうと思う。

 お互いに同じ人を好きになったって気づいて、だんだんと疎遠になっちゃったけど。


 どうしたら良かったか、なんて今でも分からない。

 きっと彼方が、魅力的なのが悪い。

 ボクに寄ってくる男なんて、彼方以外はお金か顔が目当てのヤツばっかりなのに、彼方を好きになる娘は、大体がいい子ばっかり。ボクがとなりに居座ってるから、彼方がボクを特別扱いしてくれるから、身を引いてくれちゃう子がほとんど。

 申し訳ないなって思うけど、誰にも譲る気なんかない。

 コンちゃんにもいろんな葛藤はあったと思うけど、でも、彼方にコンちゃんのことを聞いてみたら「良く知らない」って言ってた。そんなんじゃ良くないって教えてあげたいけど、できない。

 だってボクじゃ、コンちゃんに勝てないかもしれない。

 コンちゃんは、綺麗で、お淑やかで、控えめで、誰にでも優しくて、強いひと。

 ボクみたいな、ちょっとアレな子より、お嬢さまらしい子。

 もしも彼方を逃したら、きっとボクは、正月に来てたみたいな、ろくでもないヤツとお見合いして結婚、みたいなことになると思う。

 ボクはきっと・・・彼方以外には、恋ができないと思うから。彼方以外なら誰でも同じだから。


 コンちゃんたちへの罪悪感、見合い結婚を避けるための打算、そんな雑念が、ボクから彼方への気持ちにはきっと混ざっている。

 でも、それがどうした。

 彼方の笑顔に、いじわるモードに、胸がきゅんきゅんする。

 彼方にぎゅっとされると、どきどきして安心する。

 ボクの気持ちが純粋じゃなくても、その気持ちまで偽物だなんて、誰にも言わせない。

 ぜったいに、離してなんて、やるもんか。

 そのためなら、はしたなくても、見苦しくても、なんだってする。

 体でもなんでも使って、彼方を繋ぎとめる。


 ・・・でもいつか、また、コンちゃんとご飯を食べたり、楽しくおしゃべり出来たら、いいな・・・なんて、我が儘なことを、ボクはまだ願っている。


 しばらく、コンちゃんが飲み終えたティーカップを見ながら、手を合わせる。


(コンちゃんが幸せになれますように。)


 ひどい自己満足。

 でも、ボクにできるのは、これだけ。

 今日、一番伝えたかったことは、言えたし。


 今日も午後から彼方が離れに来てくれる。

 いつものボクに戻るため、今だけはコンちゃんのことを考える。

 

 彼方の自慢の彼女になる。

 今までも、これからも、ボクの目標は変わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る