第17話 ボクたちの年末年始(前)


 そのあとの冬休みは、一言で言えば最高だった。充実していた。

 ボクはもっともっと彼方のことが好きになった。

 「双葉使用券」はまだまだ使いきれてないし、2周目以降のご利用ももちろんあるだろうし、実のところ2冊目の作成に着手している。

 ゴムゴムさんだけでなく、使用券の利用に必要なアイテムも抜かりなく揃えてある。

 ボクは多分、同世代の子より少し多めのお小遣いを貰っているけど、今まで漫画とゲームくらいしか使い道が無かったので、だいぶ貯まっていた。その貯金を使っているから問題ない。

 順風満帆と思っていたんだけど・・・。


「双葉ちゃん、彼方君とずいぶんと仲良くなったみたいねえ。」


 大晦日が近づいてきたある日の晩御飯の後、おばあちゃんから『ずいぶんと』を強調されて言われた。

 お茶を吹きそうになったけどなんとかこらえた。


「え、えっと。」


「怒る気は無いのよ。ただ、渡り廊下に声が響いている時があるから、ドアはきちんと閉めた方がいいわよ。」


「あ、ああ、あわわわ。」


「あと通販の利用が増えてるじゃない? 今はおこづかいの範囲でやりくりしてるみたいだから大丈夫だけど、一応、使い過ぎには気を付けておいてね?」


「・・・はい。」


 ボクは両手で真っ赤になってるであろう顔を覆った。

 恥ずかしすぎる。昔の男の子がエッチな本を机の上に置かれているっていうのはこういう状況なんだろうか?


「月のものは順調?」


「はいぃ・・・。」


「そう。不安に思ったらすぐ言ってね。おばあちゃんは味方よ。おじいちゃんとお父さんにはまだ内緒ね。彼方君に殴りかかっちゃうから。」


 ころころと楽しそうに笑うおばあちゃん。

 きっとボクは一生、おばあちゃんには勝てない気がする。



◆◆◆



 毎年のことなんだけど、お正月には親戚やおじいちゃんの仕事上の付き合いがある方々がうちに挨拶にやってくる。

 基本的にやることは無いんだけど、来られた方への挨拶だけはボクもしなきゃならなくて、3が日はそれで家から動けないし、彼方とも会えない。寂しい。

 おまけに去年あたり、ボクが髪を伸ばし、女の子らしい見た目に気をつけるようになったあたりから、来客の一部にぶしつけな目線の人物が混ざることがあった。

 見下す目、値踏みする目、下卑た嫌らしい目。

 不快だけど、何もしなければ我慢してやっている。そうするように予め言われていたので、名前はしっかり覚えて、後でおばあちゃんに報告しているけど。

 今年も注意していたら調子に乗った奴が現れた。


「双葉ちゃん、2人で話さない?」


「お断りします。」


 来客のバカ息子が鬱陶しい。

 おじいちゃんの仕事関連の、どっかの社長さんの息子らしいが、学校にもいる勘違い雰囲気イケメンバカの類だ。高校生くらいに見える。

 女性慣れしているようで、しきりに馴れ馴れしく話しかけてくるところも学校の連中に似てる。あいつらには身の程を教えてやったら話しかけてこなくなったけど。

 面倒だったのでおばあちゃんに一言言って、離れに引っ込んだ。

 鍵をかけて一息ついていたら、急にドアノブを回す音がした。

 ノックも無しに入ってこようとしたらしい。

 ボクが渡り廊下を移動しているところを見られてたか。


「双葉ちゃん、ここ開けてよ?」


 ボクは何も言わず、内線電話でお手伝いさんにおばあちゃんへの言伝を頼んだ。

 バカはドアの向こうで何やら喋っている。


「ねえ、双葉ちゃん。僕たち、仲良くなれると思うんだ。見ての通り僕、けっこうモテるんだよ。双葉ちゃんの自慢の彼氏になれると思うな。」


 なかなかに調子に乗った気持ち悪い男だ。

 内線電話はまだつながっていて、その声を現在進行形でおばあちゃんが聞いているというのに。


「ねえ双葉ちゃん。いい加減ここ開けろよ。可愛がってやるからさあ。」


「孫娘の部屋の前で気色悪い声を出しているのは貴様か。」


 おじいちゃんの声がした。


「あっ、春日のお爺様。」


「貴様の祖父になどなった覚えはない。貴様の顔も、声も、話す内容も、すべてが不愉快なので今すぐ出て行きたまえ。もう二度と来なくていい。貴様の行いのせいで父親の事業からも手を引かれると知れ。」


「なっ、なんで、こんなことで!」


「内線電話で孫娘から、気色の悪い男にしつこく絡まれていると連絡があったのでね。君のような人間が継ぐであろう会社とは今後一切関わりたくない。はやく消えたまえ。」


 ドタドタドタ。


「こ、このバカ息子がっ!」


 ボグッ。

 バカが父親に殴られたみたいな、なかなかいい音がした。父親のダッシュ強攻撃が綺麗に決まったんだろう。

 内線電話からおばあちゃんの声が聞こえて、バカの父親にこの状況を説明したのだと教えてくれた。

 バカはダメージが強すぎてうめき声しかあげられなくなっているみたい。


「この不愉快な気色悪い男を連れて今すぐ帰りたまえ。」


「春日様! これは何かの誤解で・・・!」


「2度は言わん。信頼を失うのは一瞬だが、取り戻すにはどうしたらいいか、よく考えるといい。」


 と、いうようなことがあった。

 後でおじいちゃんから謝られたけど、あの気色悪い男が二度と関わらないようにしてくれれば良いと言ったら自信満々で「任せろ」と言ってくれた。

 おばあちゃんからも「あの息子は気持ち悪かったわねえ」とダメ押しされてたので、おばあちゃん大好きなおじいちゃんが間違いなく終わらせるんじゃないかな。

 ああ、気持ち悪かった。

 早く彼方に会いたいなあ。

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