第12話 ボクはやってやった。
木曜日。
今日はおじいちゃんが帰って来て外食することになっている。
彼方も来ないか、おばあちゃんと一緒に誘ってみたけど、遠慮されちゃった。
彼方のおうちはそういうとこ、けっこう厳しい。
「何かのお祝いの時は、また誘ってください。」
「ふふ、遠慮しなくてもいいのに。今度は一緒にいきましょうね。」
「はい。是非。」
「彼方、また明日ね!」
「ああ、双葉、また明日。」
笑いあって玄関で別れる。
少し経ってからおじいちゃんが帰ってきたので、3人でおいしいお肉を食べに行った。
落ち着いた雰囲気のお洒落なお店に行って、目の前の鉄板で焼いてもらって食べるのはすごくおいしかったし、おじいちゃんと話すのも楽しかったけど、彼方も一緒に居たらな、ってどうしても考えちゃった。贅沢になっちゃってるなあ。
◆◆◆
金曜日の放課後はお休み前でわくわくする。
今日の放課後は珠ちゃんから借りてきたゲームをプレイ。
対戦も協力もできないタイプのゲームだけど、前から彼方が気になっているのを知ってたので、珠ちゃんにお願いしていたのだ。
最初に彼方にやってもらおうかとも思ったけど、気にするだろうから最初にボクがやって、途中から交代しよう。
いつも通りソファに並んで座って、プレイ開始。
このシリーズのいつもの緑服の主人公(最初は裸)を操作して、暗い室内でスマホみたいな石を取って装備を整え、外へ出る。
そこは明るい丘の上っぽいところで、視界をぐるっと回すと遠くに湖や城っぽい建造物、山々の稜線が見える。リアルだなあ。
「うわー。なんか、すっごい。」
「見えてる範囲、全部行けるって井上が言ってたな。」
「ウソ! 遠くに見えてるあの火山も?!」
「らしいぜ?」
「へー。うわ、ちょうちょ?リスもいる?!」
「その辺も捕まえて素材にしたり、鍋で料理して食ったりできるとか言ってたな。」
「ええ?! 可哀そう!」
道中のお祖父さんと話をした後、適当に進んでいたらなんか走ってきて殴られた。お、やんのか?
おん? あっちで焚火を囲んでるのはさっきの奴の仲間だな?
おりゃ、うりゃ、なんかアイテム出せコラ。
うーん。楽しい。もう一匹! さて、そろそろ彼方に交代しよう。
「珠ちゃんにお礼言わないとだね! あ、彼方もやってみる?」
「お、じゃあちょっと借りるか。」
「うん!・・・え、お、わ?」
コントローラを渡そうとすると、彼方が立ち上がってボクの背後に回って、最近恒例になってきた後ろからのハグの態勢になった。
「な、なんでこの態勢?!」
「なんとなく。」
今日は普通にソファに座っていたので、ボクと背もたれの間の狭い隙間に、無理やり彼方が入ってきた形だ。
だから密着しないとソファからずり落ちちゃうわけで。
落ちないように体の向きを変えて彼方の胸に縋りつく態勢になったのは、不可抗力なわけで。
あわあわしたのは最初だけで、彼方のシャツをぎゅっと掴んで、彼方の胸に顔を埋めて、思い切りハスハスすると、もう何も考えられなくなった。
目線を上げると、大好きなひとの楽し気な顔。
すごく近くから聞きなれた優しい声が降ってくる。
「おー、自分で動かすと、これはまたすごいなあ。」
見上げたままハスハスするたびに大好きなひとの匂いがして体が痺れる。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚が全部幸せで、頭がいっぱいになる。
目は彼方から離すことができない。じっと見つめる。
ふと彼方が目線を下ろし、ボクと目が合う。
息を飲む音がした。
大好きな、大好きな、ボクの彼方の瞳にボクの顔が映っている。
好き。
大好き。
もっとボクを見て。
もっとボクの近くに来て。
もっとボクに触って。
ボクの手が、ゆっくりと上に伸びる。
もっと近くに来て。
もっと近くに行きたい。
彼方の首にボクの手が絡まる。
もっと。
もっとボクを。
だんだん彼方の顔が近づいてくる。
大好きな彼方はじっとボクを見て動かない。
彼方の優しい瞳がボクを、ボクだけを見ている。
ふわ、と唇に柔らかな感触。
目は閉じない。
彼方の瞳を見ていたい。見られてる。
唇には愛しい人の感触。胸が熱い。涙が滲む。
好き。愛しい。ボクだけの彼方。彼方だけのボク。
ボクの背中に片手が回されて抱きしめられ、もう片方の手で頬を撫でられる。
唇は重なったまま。
「ん・・・。」
ゆっくりと彼方の唇が離れる。
頬に触れる手が優しい。
やだ、離れちゃやだ。
「かなたぁ・・・。」
いや。いや。離さないで。もっと。もっとぉ・・・。
「もっとぉ・・・。」
彼方の腕がボクをぎゅうっと抱き締め、少しだけ乱暴に唇を奪われた。
でもその乱暴さにゾクゾクする。
もう彼方の腕と、唇の感触のことだけしか考えられない。
何度も何度もキスをして、離れて、またキスをして、抱きしめて。
彼方の手がボクの体に触れる。
手が何度もお尻やおっぱいの近くまで来ては離れる。
焦らされてるみたい。
彼方に体を擦り付けてキスをする。
彼方は眉をハの字にしてる。ちょっと辛そう。
いじわるじゃなくて、我慢してるんだ・・・。
・・・いいのに。
「・・・双葉。」
「・・・なあに?」
「好きだ。」
「・・・ボクも。好き。大好き。」
ああ・・・好き。好き。好き。
言葉にしてくれた。言葉にした。
嬉しい。
抱き着く。キスする。
一生こうしてキスしていられる。
唇を離すと、彼方がゆっくりと体も離した。
切なそうな顔が、たまらなく愛おしい。
「・・・すんげー帰りたくないけど、時間的に帰らなきゃだな。」
気付けば外は真っ暗になっていた。
「・・・わ、外真っ暗だ。おばあちゃんにいろいろ聞かれちゃうなあ・・・。」
「うちは家族全員からだな・・・。」
ちょっと冷静になってため息をつくボクたち。
とっくに帰る時間を過ぎてて、普段ならご飯食べ終わってお風呂に入ってるような時間だから仕方ない。
「今日は帰るよ。」
「うん。・・・明日も、来る、よね?」
「・・・顔、真っ赤だぞ。」
「う、うるさい、ばかっ。つべこべ言わず、明日も来いっ。」
「ああ、明日は土曜だから、朝から来るよ。」
「うん・・・。待ってる。」
ボクはでも、まだ体が熱くて、寂しくて、離れたくなくて、せめて彼方の服の裾をつまんだ。
体に触れたら、また離れられなくなっちゃうから。
本宅玄関でおばあちゃんはニコニコして彼方を見送ってた。
時間が遅くなったことは、彼方には何も言わなかったけど、彼方が帰った途端にニコニコしながらボクに聞いてきた。
「大人になった?」
「ま、まだ・・・。」
「あらそうなの。奥手ねえ。・・・離れをあげた時に言ったこと覚えてる? ちゃんと、準備はしてる?」
「・・・うん・・・。」
「じゃあ、おばあちゃんから言うことは何もありません。」
意外と追及が少なくてほっとした。
ありがとう、おばあちゃん。
ご飯を食べて、お風呂に入って、離れに戻ってベッドに横になる。
さっきのことを思い出す。
ボクからキスした。
彼方からもキスしてくれた。
いっぱい、いっぱい抱きしめあって、キスした。
好きって言われた。ボクも言った。
妄想じゃない。夢でもない。寝込みを襲ったわけでもない。
じわじわ何かがこみあげてくる。
「きあーーーー!」
ばたん!ばたん!
ごろごろ!
わしっ!
そばにいた抱き枕(シャチ、140cm)をひっつかみ、両手両足で抱えて転げまわる。
「すきーーーーー!」
ごろごろ!ごろごろ!
どさっ。
「ふぎゃっ。」
ベッドから落ちた。
ソファとベッドの隙間に落ちたからそれ以上転がれないけど、一緒に落ちた抱き枕をありったけの力で抱きしめる。
「ふにゅわあああああああ!」
力いっぱい手足で抱きしめられて、シャチが可哀そうな形になっていた。
力尽きて脱力。
・・・はあ・・・はあ・・・。
息を整え、ベッドによじ登ってごろんと転がり、シャチをベアハッグ地獄から解放してあげる。
しばらくぼーっとしてから、思いついて手を伸ばし、ベッドのヘッドボードの小物入れを開いて、見た目はちょっとおしゃれな「0.02mm」って書いてある箱を取り出す。
中身、よし、ある。
以前、お口とお尻の練習にけっこう使ったけど、まだ十分残ってる。
もうお口でこれを咥えて装着するやつもできる。
・・・でも女の子がこれ準備してるのって、なんかやる気満々すぎないかな?
引かれないかな?
しかも使ってるし、変な誤解されない?
うーん・・・。
・・・ぎりぎりまで、持ってることは内緒にしとこう・・・。
そっと箱をもとの場所にしまう。
そういえば、明日は朝から来るって言ってたよね・・・。
つまり、明日は、一日中使って、今日の続きができる・・・ってコト?!
妄想彼方『今日は、どんな目に遭うか・・・分かってて呼んだんだろ?』
ボク『あっ・・・やだ・・・明るいよぉ・・・。』
妄想彼方『隠すなよ、俺のお姫様・・・。』
「ぎにゃーーーーー!」
ごろんごろん!
ばたんばたん!
わしっ!
ぎゅむむむ!
その日は、当然のようにあまり眠れなかった。
翌朝、ちょっと変な形になっちゃったシャチが発見された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます