第11話 ボクはおかしくなる。


 そうしてボディタッチを増やして1週間が過ぎた。

 離れに居る時はもう大体どこかがくっついている。

 くっついてるボクを見る彼方の目が優しくて、きゅうってなる。

 幸せだけど、もっとくっつきたい。

 よおし!これからもっと接触面積を増やしてやるからな!

 覚悟しろよ、彼方ぁ!


 月曜日の放課後。

 いつもの定位置、長めのソファに並んで座って漫画を読んでいるボクたち。

 先週もやった、仰向けの姿勢で横になり、普通に座ってる彼方に背中を預けて寄り掛かった姿勢で漫画を読んでいる。

 今日は鶴ちゃんおすすめの漫画だ。でっかい賢いわんこがもふもふで可愛い。うちにも欲しい。彼方におねだりして未来のマイホームにお迎えしたい。


 甘えてるぅって感じがして最近お気に入りのこの態勢だけど、ここから接触面積を増やすのは難しい。

 どうしたものかと考えていると、彼方が手でボクの背中を支えながら、背後で態勢を変える気配がした。

 あれ?って思ってると背中の支えは手から別の広い何かに変わり、首の左右から彼方の両手が伸びてきてボクの鎖骨辺りに軽く巻き付いた。

 思わず首だけ後ろに回すと、ボクの左肩のあたりに彼方の顔が見えた。

 こ、これは?!

 後ろからハグされてる?!


「か、かなた?」


 あ、あわ、あわわわわわ!

 顔、ちかっ! 体温、あったかっ!

 おっきい手がボクの両肩をがしって!


「------んだ?」


 え、あ、え?

 何?!

 つ、ついに襲われちゃう?! 喪失しちゃう?!

 心臓が高鳴り、お腹が過去最高に疼く。


「あ、それ、おもろいよな。読み返したいからページめくってよ。」


 え、ページ?

 あ、漫画?

 ま、まさかこの態勢で一緒に読むの?!


「ふあ、あ、う、うん。」 


 ふああ、あ、焦ったー!

 ち、ちょっとだけ、下着が汚れちゃった、かも。

 思わず太ももをもじもじさせながら、ソファのアームレストに足を突っ張らせてしまう。

 ばれてない? 大丈夫?

 彼方の顔をチラチラ見ながら漫画でボクの足の方への視線を遮る。


「み、見える?」


「ああ、気にせず自分のペースで読んでていいぞ。勝手に見るから。」


 うう、あんまり見ないでぇ・・・。

 制服のスカートだからばれないとは思うけど・・・。

 ぺらり・・・、ぺらり・・・。

 ページをめくる音が、やけに大きく聞こえる。

 漫画なんかぜんぜん読めない。


 彼方の胸にボクの背中が包まれてる。

 あったかい。たくましい。安心する。どきどきする。

 汗の匂いも少しだけする。大好きな匂い。

 あーだめ。もっと溢れてきちゃってる・・・。

 なんか頭がぼーっとしてきたなー・・・。

 不意に彼方の腕に少し力が入って、掴まれてる肩がすごく熱く感じる。


「あ、ひや、ふあ、あん。」


 えっちな声出ちゃった・・・。

 恥ずかしいよう・・・。


 ・・・ああ、もう、このまま、めちゃくちゃに、してほしい・・・。


「・・・なあ、双葉。」


「ん・・・何?」


「イヤじゃないか? 俺に、こうされるの。」


「ん・・うん・・・。」


 イヤなわけ、無いよう・・・。


「我慢とか、してないか?」


「我慢なんて、ぜんぜん、してないよ・・・。なんか・・・あったかくって・・・どきどきして・・・しあわせかも・・・。」


 彼方の首元に頬を押し付けてすりすりしちゃう。

 いい匂い。好き。

 あ、また腕がぎゅっとしてる。

 ぞくぞくする・・・。肩を掴んでる彼方の掌から、背中を通ってお尻までびりびりしてる・・・。


「あ、ふ、うん・・・やん。」


 えっちな声、止めらんない・・・。


「・・・苦しかったか?」


「・・・へいき。・・・もっと強くても、へいき、だよ?」


 もっと、強く、してほしーな・・・。

 体に力、入んない・・・。

 お腹熱い・・・。


「よっし! 今日はもう帰るわ!」


 急に彼方がボクの両肩に手を置いて体を支えながら勢いよく立ち上がった。

 彼方が自分のお腹にボクの頭をぎゅっとしてから少し体を離した。


 ウソぉ・・・。

 もう止めちゃうの・・・?

 ひどいよぉ・・・。いじわるぅ・・・。


 そう思って彼方を見つめていたら、またお腹にボクの頭を押し付け、頭と頬を撫でてくれた。

 なでりこなでりこ。

 んん・・・気持ちいー・・・。


 結局その日、彼方はそのまま帰っていった。

 お見送りするためにソファから立つとお尻がスースーしたので、ヤバいと思って丈の長い上着を羽織ってお見送りした。

 部屋に戻ったらソファのボクのお尻が在った位置が大変なことになっていて、慌てて鏡でお尻を見たら制服のスカートも大変なことになっていた。

 夜中までがんばってドライヤーで乾かして、消臭スプレーをかけまくった。



◆◆◆



 朝日が眩しい。

 目がちょっとしょぼしょぼするのは彼方のせいだ。

 ウソです。ボクがエロいせいです。

 彼方にバレないために元気よく挨拶する。


「おはよう彼方!」


 あれ? 彼方の顔色が、よくない・・よね?


「・・・なんか疲れてる?寝不足?」


「おはよう双葉。ちょっと眠いけど大丈夫だ。双葉は元気そうだな。顔色が明るいし目もパッチリしててキラキラしてる。」


 今、ボクの目はしょぼしょぼしてるし、キラキラは朝日にやられた涙目のせいだと思うけど・・・。


「大丈夫?・・・手、繋ぐ?」


 心配しながらちゃっかり手を繋ごうとするボクはやはり我ながらエロい。


「・・・んじゃお言葉に甘えるかな。でもただの寝不足だから大丈夫だぞ?」


 彼方がボクの伸ばした手をとって、指が互い違いになるように絡めてくれる。

 最近、恋人繋ぎ、してくれるんだよね・・・///。

 うにゅううう! 好き!



 なんとか午前中の授業も終わってご飯も食べてまったり。

 昼休みの終わるチャイムとほぼ同時に井上君たちが教室に戻ってきたけど、彼方だけが居ない。

 次の授業の先生がすぐに来て、村田君が彼方は保健室に行ったと連絡していた。

 今朝の彼方の様子を思い出す。

 保健室に駆け出したいけど、ボクにできることは無いし、いろんな人に迷惑をかけちゃう。そう分かっていてもそわそわしちゃうのは仕方ない。

 せめて彼方のために必死でノートを取ろう。

 ああ、でも何かよく分からない重い病気だったらどうしよう。

 彼方に何かあったらどうしたらいいの?

 やだやだやだ!彼方、死んじゃいや!


 休み時間になったらダッシュで保健室へ。

 あんまり走るなよー、という先生の声が後ろから聞こえた気がするけど、気にしてられない。

 ズサーと保健室前でブレーキをかけて、一息入れてから扉をノック。

 気難しい保健室の先生にお見舞いですと告げると、帰れと言われたが、顔を見るまで帰りませんと睨みつけると、呆れたようにカーテンで囲まれたところを指さされた。

 軽く会釈して、そっとカーテンの隙間から覗くと、彼方の寝顔が見えた。

 よく眠っていて、安定した寝息が聞こえる。今朝よりは顔色もいいみたい。

 少し安心したボクは、もう一度、保健の先生に挨拶して教室へ戻った。



「珠ちゃん、鶴ちゃん、華ちゃん、また明日!」


 放課後も保健室へダッシュだ。

 ボクのダッシュの機先を制するように華ちゃんが声を掛けてくれる。


「あ、姫ー。須藤のカバン持ってってあげなー。」


「華ちゃん、ありがとー!」


 彼方の机へ向かうと、井上君が彼方の荷物をまとめてくれていて、手渡された。


「はい、春日さん。彼方によろしくね。」


「井上君も、ありがとー! また明日ー!」


 ボクは2人分の荷物を抱えて、また保健室へ。

 ノックして入ったボクに保健室の先生はボクの顔だけ見てため息をつき、何も言わなかったので、会釈だけして彼方のベッドへ向かった。


 彼方はまだベッドで眠っていた。

 カーテンで囲まれたベッドの脇へ行き、荷物をおいて、近くで顔色を見てみる。

 じー。

 ・・・うん。もう大丈夫そう。

 いつもとは違う、ちょっと子供っぽい彼方の寝顔。

 デートの日の、チューを、思い出しちゃう。

 じー。

 ・・・。

 さ、さすがにここでチューはできないよ。先生に見つかったら、えらいことになっちゃう。

 周囲を伺う。きっちりカーテンで囲われ、先生から視界は遮られているのを念のため確認。

 でも、近くで顔を見るくらいなら、いいよね? 見つかったら、顔色を見てましたって、言えばいいもんね?

 じー。

 ・・・。

 やっぱり、ちょっとだけ、チューしてもいいかな?

 じー。

 ・・・ごくり。

 ちょっとくらい、いいよね?

 ぱちり。


 彼方と、至近距離で目が合った。


「ひゃぅわっ! 彼方?!」


「・・・双葉?」


 ボクが後ろへのけ反ると、彼方はゆっくりと上半身を起こして周囲を見回す。

 息を整えて、バレないように、平静を装って彼方に話しかける。


「お、おはよう彼方。もう顔色はよさそうだけど、体調は、どう?」


 彼方は左右に腰をひねって伸びをして、体を確かめている。


「おう。寝かせてもらったおかげで良さそうだ。いま何時だ?」


 ほっ。チューしようとしてたのはバレて無さそう。


「もう放課後だよ。」


「午後の授業は全部寝ちゃったかー。」


「ノート取ってるよ。彼方の鞄も持ってきてる。」


「ああ、助かる。ありがとうな。」


 彼方がベッドを下りて上着を着たので、彼方の鞄を渡す。

 2人で保健の先生にお礼を言って保健室を出ると、外の光はもうすっかりオレンジ色だった。


「本当にもう大丈夫そうだね。」


「ああ、どうも寝不足がヤバかったみたいだ。心配かけてごめんな。」


「ううん。今日はどうする?寄らないでまっすぐ帰る?」


「いや、今日のうちにノート写させてもらおう。借りなくて済むからな。」


「りょーかーい。」


 良かった。できるだけ一緒に居たいもんね。

 顔がニヤケちゃうけど、仕方ないよねっ。



 その日は彼方がボクのノートを写していたので、ボクもいっしょに勉強した。

 ほとんどボディタッチはできなかったけど、低いテーブルの下で足をちょいちょいってしたら、彼方もちょいちょいってしてくれた。なんか幸せ。

 こういうじんわり幸せな日もあっていい。

 あんまり毎日ああいうことがあると、ボクの頭がおかしくなるからねっ。もうだいぶおかしい自覚はあるけど。半分くらいは彼方のせいだ。

 その日は何事もなく平和にお見送りできた。



◆◆◆



 いつもと変わらない水曜日の授業も終わり、今日も2人で離れへ帰る。

 毎日思うけど、もうこのまま彼方もここに住んじゃえばいいのに。

 今日ものんびり漫画を読もうとソファに座ったら、彼方がするっとボクを横に向かせて、さらっと後ろからハグされた。

 うう、2回目で少し慣れたとはいえ、やっぱりこれはかなりクる。


「あの・・・彼方?」


「なんだー?」


 なんだー、じゃないが。


「えと、いいんだよ?いいんだけどさ。その・・・今日もこの態勢で読むの?」


「うん。双葉にページめくってもらう楽さに気付いた。」


「ボクはページめくりマシンかよー。いーけどさー。」


「ほれ、次のページ。」


「もー。」


 口ではちょっと文句言ってるけど、ニヤニヤが止められない。

 だって幸せだもん。

 今日は事前にトイレへ行って対策済みなので、ソファやスカートが大惨事になることもない、はず。

 左肩には彼方が顎を乗せていて、両手でボクのお腹辺りを軽くホールドしている。

 彼方にすっぽりと包まれて、あったかくて、いい匂いがする。

 ここが天国です。

 もうここで暮らしたい。

 ・・・そういえば、元気そうに見えるけど、昨日の今日だから一応、確認。


「体調はもういいの?」


「おう。全然平気だぞ。」


「ならいいけど。無理しちゃ駄目だよ?しんどかったら・・・看病するし。」


 奥さん(当確)だからねっ。


「それも悪くないけど、俺も看病してみたいな。双葉もその時は遠慮するなよ?」


「えへ。その時は甘えるね?」


 彼方に看病されるの、いいな・・・。

 彼方のことだからすごく優しいよね・・・。


「いやって言うくらい甘えさせてやる。」


 お腹の辺りで組んでる両手に少し力が入ってぎゅうってされる。

 密着感がものすごく上がって、心拍数も体温も上がる。

 今日は声は我慢できた。


「ふふ、病気になるの、楽しみになっちゃうかも。」


「俺もだ。双葉のおかげだな。」


「彼方のおかげだよ。」


 これは間違いなく新婚さんの雰囲気。

 もうおおよそ夫婦と言っても過言ではない。

 事実婚っていうのは多分ボクたちを指す言葉に違いない。(違う。)


 彼方が帰ったあと、おトイレで対策の後始末。トイレのちっちゃいゴミ箱に重くなったそれを捨てる。

 対策しておいて正解だったけど、ちょっと、いやかなり寂しい気持ちになる。

 1人でいるとえっちな妄想が捗りすぎるので、できるだけおばあちゃんと一緒に居て、寂しい気持ちをごまかした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る