第2話 経験からの思い込みを壊す

僕は、小学3年生で地域サッカークラブに入っている。チームは低学年と高学年に分かれていて、今年からチームの最高学年として、頑張らないといけない。

「よーし。みんなで頑張って、今年こそは県大会に行くぞ!」

「おー!」

みんなへ声を掛けたのは、低学年チームのキャプテンになった明だ。みんなも明の声に元気に答え、やる気に満ちていた。きつい練習も、友達と励まし合って頑張ることができた。

そんなある日、チームメイトの海里が僕にこんなことを話し出した。

「敏、知ってるか?隣の小学校から、サッカーの得意な子が来るらしいぞ。」

「へえ、知らなかった!それは嬉しいね!」

クラブチームのみんなもきっと喜ぶだろうな。僕は自然と笑顔になった。

「何笑ってんだよ。サッカーが上手いだけじゃだめだろ。」

「え、どういうこと?サッカーが得意な人が入ってくれるのは、嬉しいことじゃないか。」

「いいか。サッカーは上手いだけじゃなくて、チームワークも大切だろ?どうやらその人は、友達の言うことを聞かないらしい。そんなヤツが入って来たら、折角良くなった今のチームワークが崩れちゃうだろ。」

「確かに・・・。サッカーは、みんなで力を合わせるスポーツだから・・・。」

僕は海里の言ったことが、少し気になったが、新しいチームメイトが来ることの方が楽しみだった。すると、

「何の話してるの?」

僕と海里のもとへ、明と同じチームの友達がやって来た。僕は、サッカーの得意な転校生が来ることを説明した。本当?と、みんな嬉しそうな顔をしていた。

「でもな、その人は友達の言うことを聞かないらしいんだよ。そんな人が入っても、チームは良くならないと思うんだ。」

海里が話を付け足した。とたんに、みんなの表情が変わった。

「サッカーが上手いんだったらいいじゃない?きっとチームは強くなるよ。」

「でも、サッカーはチームプレーが大切だよ。聞いてくれないのは困る。」

「そうだよ。チームに入ってほしくないな。練習の雰囲気が悪くなっちゃう。」

「うん。その方がいい。」

僕は、みんなの言うことを黙って聞いていた。

「でも、ただの噂だよね?信じるのは良くないと思うな。」

明が自分の意見を発した。すると、

「じゃあ、本当に自分勝手な人だったらどうするの?」

「試合も負けちゃうかもしれないよ!」

みんなからそう言われ、明はうつむいてしまった。

「敏は何も言ってないけど、何か思ってることあるの?」

チームメイトに意見をもとめられた。チームに入れるべきじゃない、それで本当にいいのだろうか?しかし、僕は何も言えなかった。



いよいよ転校生が来る日。教室で、僕たちは転校生が来るのを待っていた。

 ガラッ。

みんな一斉に、扉の方を見た。そして、僕は目を丸くした。

「高木空と言います。サッカーが大好きなので、サッカークラブに入ろうと思っています。よろしくお願いします。」

そう言って、空は丁寧に頭を下げた。



そして、空が試合に出場する時が来た。僕だけじゃなく、空がどんなプレーをするのか、みんな気になっていた。空のもとにボールが回った。その時、

「へい!こっちだ!」

海里が声を出した。すると、空は迷うことなくパスを出し、海里のゴールにつながった。その後も、空は次々とチームのためにプレーしていた。

ピーッ。試合終了の笛が鳴った。僕たちのチームは勝った。

「空、ナイスプレーだったよ!」

僕が空に声をかけると、

「敏くん、ありがとう!何たって、サッカーはチームワークが大切だからね!女の子だからって、甘く見ないでね!これからも頑張るからね!」



✳︎✳︎✳︎


このお話を通して、みなさんに考えて欲しいことは2つあります。

まず1つが、噂を信じてはいけないということです。当たり前のことだ、と考えてくれている人はもちろんいると思います。しかし、今回のお話の噂にもあるような、話を聞かないという転校生が来る、つまり、自分に対して被害を被るかもしれないことが予想される場合、みなさんは噂を信じずにいられるでしょうか。人間はどうしても不安に対して、何か判断をし、排除しようとする傾向があります。これは人間に生まれたからにはしょうがない、脳の機能の一つです。ただ、だからと言って噂を鵜呑みにして、しまっては人間としてのより良い生き方とは言えない。道徳的価値から離れてしまいます。特に今の時期、感染症に対して様々な噂があります。命に関わることで、不安になるかもしれませんが、何かの情報や噂に対して、それって本当?と歩みを止めて、落ち着いて考えてみてください。

そしてもう1つが、経験は時には意味がないということです。サッカーを習っている子、と聞いて、どんな子どもを想像しましたか?イメージすることはもちろん大切です。しかし、それはみなさんが生きて来た中で出会い、経験したことであって、世界の一部分でしかありません。今回のように、女の子であっても何も問題ではありません。そういったことに対して、柔軟に、寛容に考えることも大切な事の一つではないでしょうか。

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