機動猟兵Gスレイヤー

銀星石

Gを倒す者

 生物兵器を主力とした怪獣戦争から50年。野生化した怪獣によって人類の生活圏は大きく縮小していた。

 その日、ヨーロッパと日本を往復する一つの旅客機が名古屋市街跡地に不時着した。怪獣の縄張りを避けた航路にもかかわらず、鳥型怪獣と遭遇。怪獣は攻撃こそしなかったが、接触によって旅客機はエンジンの片側を失ったのだ。


 旅客機は大通りを滑走路代わりに不時着し、乗客および乗組員に数名の軽傷者を出すだけで済んだが、しかし幸いとは言えなかった。日本において安全なのは関東一円のみで、それ以外の地域は怪獣が跋扈する魔境である。

 乗用車サイズの巨大な狼の群れが旅客機を取り囲んでいる。小型怪獣ウェンカムイと呼ばれるそれは、戦時中は市街戦で使われていた。

 旅客機の周囲には発煙筒がばらまかれている。怪獣用の忌避剤だ。残りわずかで、あと数分もすれば忌避剤が切れてウェンカムイは襲いかかってくるだろう。


 突如、旅客機から叫び声を上げながら一人の男が飛び出す。極限状態のストレスに耐えきれず、冷静さを失っていた。もはや一か八かにかけて逃げ出した男は、忌避剤の範囲から抜け出した瞬間に、ウェンカムイに襲われ、体を惨たらしく食いちぎられる。

 男の末路を見て後に続くものは現れない。

 絶望と諦観が旅客機内の空気を支配する。


 その時、ウェンカムイの1体が真っ二つに切断された。

 何かが、旅客機を守るかのように赤い影が降り立つ。

 全長8メートルの人型。革や鱗、甲殻で作られた真紅の装甲をまとうそれは、まるで古代の戦士であるかのようだ。


「バイオスーパーロボット! 助けが来たぞ!」


 乗客の一人が声を上げる。

 バイオスーパーロボットはライフルを向け、トリガーを引く。すると、先程同様、弾丸が命中したウェンカムイの体が真っ二つに切断された。


「なんで銃で撃たれたのに、剣で切られたみたいになってるだ?」

「あの機体はGスレイヤーと言って、強度を無視して物体を切断する超能力を持ってる。それを活かすために、銃の弾丸をブレード状にしているんだ」


 ある乗客の疑問に、偶然となりにいたマニアが早口で答える。

 すでに怪獣忌避剤は切れているが、ウェンカムイはGスレイヤーを真っ先に排除すべき対象と判断して一斉に襲いかかる。

 多勢に無勢。だがGスレイヤーは怯む素振りを見せない。

 それどころか、寄ってたかって攻撃されているというのに、Gスレイヤーは事ごくそれを回避した。背後からの攻撃すら、背中に目があるかのように察知して対処すした。


 Gスレイヤーの両肩にある多連装ランチャーのハッチが開き、格納されていたナイフミサイルが一斉に飛び出した。ミサイルとは言うが、爆発はせず命中の瞬間に切断現象を発生させ、ウェンカムイを次々と切り裂く。

 怪獣が全滅したのを見て、窮屈な旅客機に押し込まれていた乗客たちが外に出ようとする


『機内から出ないでください! 怪獣はまだいる!』


 Gスレイヤーのパイロットが乗客を止める。

 なぜと思う乗客たちだが、すぐに状況がおかしいと気づく。

 たった今、Gスレイヤーが全滅させたはずののだ。

 何もない場所から、新たなウェンカムイが次々と現れる。


「そんな、なんで新しい怪獣が出てくるだよ!」


 乗客の悲鳴に、先程のマニアがまた答える。


「怪獣にも超能力があるんだよ。ウェンカムイは分身能力を持ってる。さっきGスレイヤーが倒したのは本体じゃなくて分身体だ!」


 Gスレイヤーが即座に追加の忌避剤を投下してくれたので、もうしばらくは安全だ。だが、ウェンカムイの本体を倒さない限り、窮地であるには変わりない。

 ライフルを連射しながら、Gスレイヤーは駆ける。状況を考えるに、本体はどこかに隠れている。

 倒しても倒してもウェンカムイの分身体が現れた。ナイフミサイルとブレード弾も残り僅かだ。


 Gスレイヤーに搭載されているセンサーがウェンカムイ本体の居場所を突き止める。高層ビルの屋上、まるで侮辱するかのように地上を見下ろす狼の姿があった。

 あの位置では、数歩下がられたら射角の関係で射撃が当たらない。

 Gスレイヤーは腰の刀を抜く。素人が見ればそれは弾薬が尽きた時の予備兵装に見えるだろうが、しかしそれこそがこの機体の主力であった。


 肩に担ぐように刀を構える。すると刀身が銀色に輝いた。

 輝きが最大に達した時、Gスレイヤーが袈裟懸けに刀を振るうと、刃が触れないにも関わらず高層ビルが斜めに切断された。

 これこそがバイオスーパーロボット・Gスレイヤーの本領! 能力をフルパワーで発揮すれば、離れた場所にある刀よりも大きな物体すら切断する。


 高層ビルが倒壊し、ウェンカムイがこぼれるように落ちてきた。

 Gスレイヤーが跳ぶ! 空中、すれ違いざまにウェンカムイの胴を刀で斬った。

 二つになったウェンカムイの死骸が落ち、その一瞬後にGスレイヤーが着地する。

 Gスレイヤーは残心し、刀から怪獣の血を振り払って静かに刃を鞘に収めた。



 救出任務を終えたGスレイヤーは、国際怪獣討伐隊IKHC日本支部に帰還した。

 Gスレイヤーのパイロット、功刀猟太郎くぬぎ・りょうたろうは休憩しつつ、愛機がメンテナンスされているさまを眺めていた。

 バイオスーパーロボットは怪獣の死骸を素材として建造される。フレームは骨、アクチュエーターは筋肉、外装は革や鱗、外殻が使われる。燃料ですら、加工された怪獣の血液だ。

 そのためか、整備員のメンテナンス風景はまるで小人が巨人を外科手術しているかのように見える。


「おつかれさま。猟太郎」


 鈴のような麗しい声が耳に届く。

 亜麻色の髪に宝石のような瞳。先月にフランス支部から出向してきたマリアン・レノだ。

 マリアンは両手に持つミネラルウォーターの片方を猟太郎に手渡すと、すぐとなりに座る。


「お仕事、どうでした?」

「うまく行ったよ。マリアンは?」

「あの通り、大漁ですわ」


 マリアンの視線の先では氷漬けされた怪獣が運び込まれている。


「相変わらず、マリアンのスノウホワイトはすごいな」


 Gスレイヤーの隣で、マリアンの愛機スノウホワイトが整備されている。寒冷地用怪獣の革を使った純白のマントが印象的だ。

 スノウホワイトは名前から察する通り超低温能力を持つ。中型以下の怪獣なら全身まるごと冷凍してそっくり資源化できる。


「単に相性が良いだけですわ。ロシアやアラスカでしたら怪獣は寒さに強いですし、それほど活躍できないでしょう」


 猟太郎は次の言葉に困った。そんな事ないと言っても、事実を無視した言葉はマリアンに失礼だし、さりとて考えなしに同意するわけにも行かない。

 会話が途切れてしまう。猟太郎は自分の口下手さに僅かな嫌悪感を抱いた。


「ところで猟太郎、今晩……」

「マリアンさん! 探しましたよ」


 何かを言いかけたマリアンに男の声が重なる。

 アイドルのように爽やかな笑みを浮かべながら現れたハンサムな男は天宮勇人あまみや・ゆうとだ。


「今晩、僕と食事でもどうですか? いい店を知っています」

「わたくし、今は猟太郎と話していますの。見てわかりません?」

「あっと、これは失礼。でも、言っちゃなんですけど、この男はレノ家のご令嬢とは釣り合いませんよ」

「わたくしと釣り合うかは、自分で決めますわ」

「なら、僕はどうです? 少なくとも、パイロットしては上ですよ。僕は2つの超力装置と適合してるんですから」


 超力装置はバイオスーパーロボットが発揮する能力の根幹となる部品だ。誰もが使えるわけではなく、限られた人間のみが扱える。

 装置に適合する自体が稀有な才能だが、勇人は先程行ったように二つも適合し、能力も二つ使える。彼のような人材はデュアルセンスと呼ばれ、世界にまだ8人しか確認されていない。


「一方で、猟太郎は親の七光りだ。偉大なパイロット功刀猟平を父に持ち、彼が使っていたバイオスーパーロボットを与えられておきながら、平凡な成果しか上げていない」


 一瞬、勇人の視線が猟太郎に向く。嘲笑するようでいて、なぜか憎悪のようなものが混じってる。

 5年前に病死した猟太郎の父親は伝説的なエースパイロットだった。万能切断と超強化の二つの超力装置に適合した、世界初のデュアルセンスであり、最強の怪獣を単独で撃破した唯一の男でもある。

 親の七光りという言葉に猟太郎は反論しない。事実だからだ。自分が父親と比べたら3流であるのは重々承知している。父が使っていた超力装置で、猟太郎が適合したのは万能切断のみ。勇人の言葉は不愉快だが、黙って受け入れるしか無い。


「確かに勇人はパイロットは稀有な人ですわね」


 マリアンが口にする事実に、勇人は勝利を確信した笑みを浮かべる。


「でも、食事はお断りしますわ。だいたい、あなたは私と本気で親しくなりたいのですか? 猟太郎の前でわたくしを奪って見せて、彼に屈辱を与えたいだけではありませんこと?」


 勇人の顔が固まる。まるで図星を疲れたかのようだ。


「そんな事ありません。僕は純粋な好意をあなたに寄せています」

「あらそうですか。でも、ごめんあそばせ! わたくし寡黙で実直な殿方が好みですの。あなたのような人とは馬が合いません」


 勇人は状況を挽回しようと何かを言いかけるが、彼の懐から携帯端末の着信音が鳴る。


「天宮だ。ああ、わかってる。すぐ行くよ」


 通話を終えた後、勇人は一瞬で微笑みを作り、それをマリアンに向ける。


「申し訳ありません。支部が制作してる広報番組の収録があったのをすっかり忘れてました。食事は日を改めましょう。番組は来週木曜の18時に放送しますからぜひ見てください」


 天才でハンサム。そんな勇人はパイロットとして戦う傍ら、日本支部の広報活動にも協力している。先日、自分の写真集が重版されたと自慢していたのを猟太郎は思い出した。

 マリアンが返事をするまもなく、勇人はスタスタと足早に格納庫から立ち去っていった。


「さ、わたくし達も行きましょう」

「え?」


 マリアンに突然手を引かれて猟太郎は困惑する。


「行くって、どこに?」

「どこって食事ですわ。さっき言ったじゃないですか。わたくし、寡黙で実直な殿方が好きですの」


 マリアンが言う寡黙で実直な男が自分を指しているのだと理解するのに、猟太郎は数秒を要した。

 あれよあれよというまに、高級住宅街にある邸宅へ連れてこられた。それは古風な日本邸宅で、老舗の旅館と言われたらそのまま信じてしまいそうな佇まいをしている。周囲が洋風なだけに、そこだけ空間が切り取られたかのような独立感がある。


「立派な家だな。出向中の仮宿だろう?」

「ここ、レノ家の別荘ですの。我が家は昔から日本通でして」


 野生化した怪獣のせいで、土地はこの世で最も貴重な資産だ。単に好きだからと言う理由で外国に別荘を持つのは、相当な金持ちでなければ不可能だろう。


「着替えてきますので、客間で待っていてください」


 別荘の使用人に案内された客間に待つこと少し。マリアンは着物姿で現れた。日本人でなくとも全く違和感を感じさせないほど彼女は完璧に着こなしている。プライベートでは日常的に着物に袖を通していのが伺える。一朝一夕で着方を勉強しただけではこの自然さは出てこない。

 そのためだろうか、猟太郎は無意識に言葉を発した。


「似合っているよ」

「えっ!? あ、ありがとうございます」


 マリアンが顔を赤らめたのを見て、猟太郎は自分が口にした言葉を自覚した。


(俺は何を言っている。マリアンとはまだ交際もしてないのに、そんな恋人みたいなセリフを……いや、ってなんだよ。俺にはそういう気があるのか?)


 そういうつもりはないと弁明しようと思ったものの、かといって「似合ってる」と言ったのを否定するのはあまりに失礼なので、猟太郎は緊張した表情を作ったまま黙るしかなかった。

 それから少しして使用人が夕食を持ってきた。場の空気が仕切り直されて、猟太郎は安堵する。

 メニューは会席料理だ。塩気は少ないが、食材の味や出汁を生かしているので薄味でも美味しく感じる。さほど舌が肥えているわけでもない猟太郎でも、一流の腕を持つ人が作ったとわかる。


 だが、料理の味よりも猟太郎の心を奪うものがあった。

 マリアンだ。前々から美人とは思っていたが、こうして二人きりでいると、彼女の美しさは顔立ち以上に丁寧な所作にあるとわかる。姿勢は整っており、箸を動かす手は優雅だ。

 自分がマリアンを好きになりだしているのか分からない猟太郎だが、少なくとも彼女を知りたいと思う気持ちはあった。


「なあマリアン。どうして俺を食事に誘った? 君の実家を考えれば、人付き合いするにも相手を選ぶ必要があるはずだろう」

「確かにそのとおりですわ。レノ家はフランスでも有数の名家。物心ついたときから、友達にするべき相手を指示されていましたし、結婚相手だって顔を見ないうちから決められてました。でも、もう関係ありませんわ」

「どういうことだ?」

「だってわたくし、パイロットですもの。怪獣と戦う以上、明日の命の保証なんて無いのは猟太郎もおわかりでしょう?」

「ああ、まあな」


 超能力を発揮するバイオスーパーロボットとはいえ、同じように超能力を持つ怪獣に必ず勝てるとは限らない。殉職に備えて遺書を残すのはパイロットとして常識であり、それはマリアンも同じだろう。


「超力装置に適合した者は命をかけて怪獣と戦う義務を負います。だから、父も母もレノ家のことなんか気にせず、自由に生きるのを許してくださいました。なので、私は自分が好ましいと思ったかたとこうしてお付き合いするのです」


 マリアンが名家独特の世間体に従わない理由はわかった。しかし猟太郎は自分がなぜマリアンに好ましいと思われたのか心当たりがない。


「俺を好ましいと思った理由は?」

「猟太郎は私を、レノ家の女ではなく、パイロットのマリアンとして見てくれました。他の方たちは、わたくしをレノ家から利益を得るための窓口としかみていませんでしたわ」


 マリアンと初めて出会った時、猟太郎は彼女を一人のパイロットそして接した。そうしなければ、日々命がけで怪獣と戦う彼女に失礼だと思った。


「俺はパイロットしか能がない。無理にそういう駆け引きをすると痛い目をみるとわかっていただけだよ」

「そういう心構えをもっているのが、むしろ良いのですわよ」


 マリアンが微笑む。


「言い方は悪いですが、猟太郎は自分の身の丈をちゃんと自覚しています。自分をよく知っているから、なすべき本分を見失わず、余計なことに考えを偏らせたりしません。私に接してくる他人は、まず先に損得を考えていただけに、そういう実直さをとても愛しく感じますの」


 こういうふうに他人から称賛されるのはいつぶりだったろうかと猟太郎は思う。


「猟太郎を食事に誘ったのは、あなたがわたくし好みの男性というのもありますが、純粋に息抜きになればとおもってのことです。ふだんの猟太郎はとても息苦しそうにしておりますもの」

「そうか? いや、そうなんだろう」


 意識していなかったが、マリアンに指摘されると確かにパイロットになってからというもの、晴れやかな気持ちになったことは一度もなかった。


 IKHC日本支部においてかつてのエースパイロットだった猟太郎の父を知らぬものはいない。他人の目は常に、猟太郎と父を比較するための物差しだった。

 努力して人並み以上のことをやってのけても、比較対象の高さ故に「そんなものか」と断じられる。


 自分の仕事は怪獣を倒し、その死骸を資源を回収することだ。父以上の優秀さを見せつけるのではない。そう考え、なるべく意識しないよう努めてきたが、それでもマリアンから見れば重荷を背負っているように見えたのだろう。


「猟太郎はもう少し今を大事にするべきだと思いますの。私達は明日死ぬかも知れない身。こういうふうに美人と一緒に食事をする。刹那的な享楽だろうとなんだろうと、生きている内に楽しめるものは楽しむべきですわ」


 背筋を伸ばし、美しい姿勢のまま大真面目な顔で言われると、猟太郎はなんだかその通りだと思えてきた。


「俺もマリアンを見習って、少し楽しむってことを意識してみるよ」

「そのとおりですわ。明日死んでも後悔しないように、今を存分に楽しみましょう」



 旅客機の不時着事件について、IKHC日本支部は周辺地域の怪獣の縄張りが変化した可能性を考えた。

 即座に衛星写真による調査が行われる。それにより怪獣の群れが西日本から関東へ向かっていると判明した。

 怪獣の大襲撃。これに対しIKHC日本支部は所属のパイロット全員に緊急招集をかけた。

 事態判明から数時間後、猟太郎は富士市跡地に来ていた。



 現在、怪獣の大襲撃は静岡に建造された対怪獣防壁が押し留めている。自動迎撃装置が多数配備されているが、いずれ突破されるだろう。

 だが、静岡の防壁が時間を稼いでいる内に、バイオスーパーロボットは富士市跡地に集結した。

 周囲が慌ただしく迎撃準備を進めている中、猟太郎は地面に両膝をついた待機姿勢のGスレイヤーを見上げる。

 Gスレイヤーの最終チェックは終わっている。後は指示があり次第、機体に乗り込んで出撃だ。


「功刀猟太郎」

「なんだ?」


 勇人が刺々しい声を投げつけてくる。こちらを軽蔑している割に妙に突っかかってくるこの男と、猟太郎はあまり関わりたくなかった。


「足を引っ張るなよ。それと、Gスレイヤーを大破させたら許さないからな。この戦いの功績をもって支部長を説得し、あの機体を僕のものにしてやる」

「なぜお前はGスレイヤーにこだわる。お前には最新世代のバイオスーパーロボットがあるだろう」


 その時、勇人が凄まじい剣幕で猟太郎の胸ぐらをつかんできた。


「あの機体は最高のパイロットが使うべきものだ。息子だからと言う理由だけで、功刀猟平の後継者に選ばれたお前が乗っていいものじゃない!」


 目の前で睨みつけておきながら、勇人は猟太郎を見ず、彼の父である猟平を見ていた。


「10年前、あの大怪獣が東京を襲った日、僕は功刀猟平に救われた。そして決めたんだ。僕は彼のようなパイロットになり、Gスレイヤーと共にその意思を受け継ぐと。なのにお前は僕の夢を、なんの努力もせず横から掻っ攫った!」


 勇人が自分に向ける、軽蔑と憎悪の正体に猟太郎は何も言えなかった。いうべき言葉見つからなかった。

 猟太郎とて、父の顔に泥を塗らないよう、またパイロットとしての責務を果たすため相応の努力をしている。しかしそれを伝えたところで、勇人は耳をかさないだろう。


「何をしていますの!?」


 鋭く刺さるようなマリアンの声を聞いて、勇人が猟太郎を離す。


「勇人! 今の状況をわかっていますの!? こんな時に仲間割れなんて」

「わかっていますよ、マリアンさん。それにこれは仲間割れじゃない。俺は猟太郎を仲間と認めない」


 その時、パイロットが身につけているインカムから通信が入る。


『静岡の防壁が突破された! パイロットは速やかに機体へ搭乗せよ!』


 ついにその時がやってきた。周囲のパイロットたちは次々と自らの機体に乗り込む。


「猟太郎! 僕はこの戦いで、今度こそ功刀猟平の後継者にふさわしいと皆に認めさせてやる!」


 吐き捨てるように言った勇人は自分の機体の元へ駆け出す。


「わたくしもいきますわ。お互い、生き残りましょう」


 猟太郎は膝をついた待機姿勢のGスレイヤーに搭乗する。バイオスーパーロボットのコクピットは通常兵器と異なり操縦桿が存在しない。

 シートに座り、Gスレイヤーを起動させた瞬間、猟太郎の意識が一瞬途切れる。直後、彼の意識は機体そのものに乗り移っていた。脳波リンク式神経系制御システムにより、パイロットはバイオスーパーロボットを文字通り自分の体として動かせる。

 猟太郎は自分の体となったGスレイヤーの機体を動かし、立ち上がる。周囲を見渡すと、同じように次々と立ち上がるバイオスーパーロボットたちの姿があった。


 その中にはマリアンのスノウホワイトの他、勇人のバイオスーパーロボットの姿があった。

 爬虫類系の怪獣の鱗を使った装甲が特徴のそれはイレイザーという。それには勇人が適合した二つの超力装置が搭載されている。


 一つは飛行能力。ただ空を飛ぶだけでなく、航空力学を完全に無視した機動が可能だ。

 二つ目は対消滅弾の生成。あらゆる物質を消滅させるエネルギー弾は強靭な怪獣の防御力を完全に無視する。

 日本支部最強のバイオスーパーロボットの呼び名に偽りはなく、さすがの猟太郎も認めるほどだ。


『静岡の防壁が突破された! 全機、迎撃準備!』


 足の早い怪獣や、飛行能力を持つ怪獣なら静岡から最終防衛ライン到達まで10分もかからない。全てのパイロットに緊張が走る。

 まず翼を持つ怪獣が空から現れた。鳥やコウモリ、昆虫型怪獣の群れはまるでどす黒い雲のようだった。


 飛行能力を持つ数機のバイオスーパーロボットが飛び立つ。先頭を行くのは勇人のイレイザーだ。

 彼のバイオスーパーロボットは飛行怪獣の群れに突撃すると、航空力学を完全に無視した機動で縦横無尽に動き回る。

 イレイザーの周囲に光の玉が出現する。もう一つの能力である対消滅弾だ。


 対消滅弾は勇人の意思を受け、ミサイルのように敵を追尾し次々と敵に食らいつく。命中した瞬間、怪獣の肉体の一部が消滅する。まるで雨のように絶命した怪獣が落ちていく。

 他の飛行型バイオスーパーロボットは、イレイザーほど自由に飛べないため、援護射撃に徹していた。


 少し遅れて地上の敵も現れる。まずはスピード重視の小型、中型の怪獣だ。この手の怪獣は足の早い動物をモデルにしたものが多い。

 地上部隊の先頭には、冬のように白いマントを羽織ったバイオスーパーロボットの姿がある。マリアンのスノウホワイトだ。

 スノウホワイトが杖を敵群へ向けると、爆発的なブリザードが放出される。時間すら凍てつかせそうな大寒波は怪獣たちを飲み込み、一瞬で氷の彫像をいくつも作り上げた。

 しかし、全滅してない。すぐに後続の怪獣が凍りついた仲間を体当たりで粉砕しながら前へ前へと進む。


『マリアン、すぐに輸血しろ。今の攻撃で血をほとんど使ったはずだ』


 猟太郎はマリアンに一旦下がるよう促す。

 バイオスーパーロボットは加工された怪獣の血液を燃料とする。それは単に機体を動かすだけでなく、能力を使ったときも消費される。あれほどの攻撃を放ったのなら、血液の9割は消費したはずだ。


『すぐ戻ります。どうかそれまで持ちこたえて』


 Gスレイヤーを始めとする地上部隊のバイオスーパーロボットがスノウホワイトの一時撤退を援護する。

 怪獣とバイオスーパーロボット部隊が激突した。

 額の角から電撃を繰り出す馬型怪獣サンダーユニコーンとGスレイヤーは会敵した。


 サンダーユニコーンの角にバチバチと電光が宿る。

 電撃を使われる前に、Gスレイヤーはライフルの引き金を引く。サンダーユニコーンは跳躍して回避するが、それが猟太郎の狙い。敵の着地と第2射の命中はほぼ同時だった。


 ブレード弾に浸透したGスレイヤーの万能切断能力が、サンダーユニコーンを真っ二つに切断する。

 左右に分割されたサンダーユニコーンの死骸を押しのけるようにして次の怪獣が現れる。殴った瞬間に拳から衝撃波を放つ猿型怪獣インパクトゴリラだ。


 インパクトゴリラは上から潰すように拳を振り下ろす。Gスレイヤーは真後ろに跳んでそれを避けた。

 怪獣の拳は地面に叩きつけられ、衝撃波で土砂が間欠泉のように吹き上がる。

 土砂をかき分けながらインパクトゴリラが更に一歩踏み出しながら、今度はアッパーカットを繰り出す。


 Gスレイヤーはあえて接近した。インパクトゴリラの衝撃波は拳が触れた瞬間に発動する。猟太郎は拳より内側の至近距離が安全であると判断した。

 そしてGスレイヤーは手刀をインパクトゴリラの首に叩きつけた。強靭な肉体を持つ怪獣を相手に、徒手空拳の攻撃など普通は通用しない。だが、インパクトゴリラの首はギロチン刑に処されたかのごとく撥ね飛ばされた。


 猟太郎はGスレイヤーの手に万能切断能力を浸透させていたのだ。

 無論、手刀は刃ではなく、本来なら切断力など生まれない。だがGスレイヤーに搭載された超力装置は、猟太郎が思い浮かべた手刀で首を撥ねるイメージを現実化させた。

 バイオスーパーロボットに搭載される超力装置は科学力で生み出されているとはいえ、そこから発せられる能力は超自然のものだ。故に、ときには理屈よりも能力を行使するパイロットのイメージがものをいう時もある。


『スノウホワイト、戦線に復帰いたしますわ!』


 20分後、輸血を終えたスノウホワイトが戦線に復帰する、だが戦場はもはや完全な乱戦状態となり、冷凍能力をフルパワーで発動させれば味方を巻き込む。

 スノウホワイトはマシンガンで敵を牽制しつつ、一体ずつ凍結させる戦法に切り替えた。

 富士市跡地は血と屍で覆われつつあった。 

 乱戦が長引いたことでバイオスーパーロボットたち分断されてしまった。連携が取れなくなり、各個撃破され始める。


『助けてくれ!』『ちきしょう! ちきしょう!』『嫌だ! 嫌だ! 死にたくない!』


 通信機から助けを求める味方の叫び声が聞こえる。だが猟太郎は助けに行けない。目の前の怪獣を倒すので精一杯だ。

 もはや損傷した味方を撤退させる余裕すらない。通信機から聞こえる悲鳴が少しずつ減っていった。怪獣に殺されてしまったのだろう。

 猟太郎は空を見る。バイオスーパーロボットが1機、撃墜された瞬間だった。勇人のイレイザーは健在のようだが、苦しい戦いを強いられているのは間違いない。

 自分がどれだけ戦い、どれだけの怪獣を倒したのかわからなくなってきた。そんなことを考える余裕がなくなるほど戦い続ける。


 ようやく怪獣を全滅させた頃には、出撃していたバイオスーパーロボットの6割が倒された。残る4割も損傷が激しく、まともに動けるのは猟太郎のGスレイヤーとマリアンのスノウホワイト、そして勇人のイレイザーのみ。それでも燃料の血液は枯渇寸前で、弾薬は全て撃ち尽くしてしまっている。


『どうにか生き残れましたわね』

『ああ。マリアンが無事で良かった』


 猟太郎は自分が生きているよりも、マリアンが生きている方を嬉しく思っているのに気付く。たった1度、夕食をともにしただけなのに、猟太郎にとってのマリアンは想像以上に大きな存在となっていた。


『勇人も無事でよかった』


 猟太郎は勇人と険悪な関係にあるが、この言葉に嘘はない。仲が悪かろうと、勇人は味方。無事であるのを喜ばしいと思うのは当然だ。


『ああ』


 勇人はただ相槌を打つだけだった。口を開く度に、最低でも一言は罵詈雑言を添えている普段を考えれば、よほど疲れていると見える。


『ひとまず生存者の確認だ。でも機体が動かなくなる前に怪獣の死体から血を補充しよう』

『無加工の血は燃費が悪いですけど、背に腹は代えられませんわね』


 3機のバイオスーパーロボットはそれぞれ手近な怪獣の死体から、血液を採取して補充する。

 怪獣の死体は数え切れないほどあるので満タンまで輸血できたのは幸いだが、過信はできない。未加工血液では活動時間は本来の四分の一まで落ち込み、能力も十全には使えないだろう。


 ふと猟太郎はなぜ怪獣が一斉に東へ向かっていたのだろうかと疑問を抱く。

 怪獣は人類が生物兵器であるが、野生化したことによって地球の生態系の一部となっている。生物相手に絶対はないが、しかし基本的には捕食や縄張りの防衛以外で怪獣が攻撃的な行動に出ることはない。

 猟太郎はある可能性に至る。怪獣たちは逃げていたのではないか? 怪獣のバイオスーパーロボットに対する攻撃は、障害を排除するためのように感じられる。


 では怪獣は何から逃げた? かつての大戦争で猛威を奮った脅威の生命体が何に怯えている?

 猟太郎の疑問はすぐに答えが示された。

 世界を震わせるほどの大咆哮が轟く。それは人にとって恐怖を象徴する声だ。


「まさか、そんな」


 なにかの聞き間違い。そうであってほしいという猟太郎の願いは、二度目の咆哮で儚く打ち消された。

 富士市の南には海がある。そこから1体の黒い怪獣が現れた。

 たかが1体。だがGスレイヤーのセンサーはその怪獣の体高が100mを超えると示していた。


「怪獣たちはあいつから……Gから逃げていたのか」


 それは最も強く、最も大きい怪獣の王。怪獣がまだ空想上の産物だった時代の映画になぞらえて、それはGと呼ばれている。

 Gの姿を見た途端、イレイザーがいきなり飛び立った。


『勇人!? まさか一人でGと戦うつもりか!?』

『そのまさかだ! 功刀猟平は一人でGを倒した! だからお前が乗っている彼の機体はGスレイヤーGを倒す者と呼ばれている! 同じことをやってのければ、僕は今度こそ彼の後継者としてGスレイヤーのパイロットになれる!』

『よせ!』

『そうよ! およしなさい!』


 猟太郎とマリアンの言葉を無視し、イレイザーはどんどん上昇していく。


『これ以上は一歩も先に進ませない! 僕のありったけをぶつけてやる!』


 イレイザーの周囲に数個の対消滅弾が生成される。

 飛行能力を持たないGスレイヤーとスノウホワイトは固唾を飲んで見守る。

 普段の言動はどうあれ、勇人は間違いなく天才だ。彼が乗るイレイザーなら、あるいはGを倒せるかも知れないと、猟太郎とマリアンは少なからず希望を持っていた。

 Gが両手を掲げる。すると十指の爪から光線が放たれ、イレイザーが生成した全ての対消滅弾を相殺してしまう。


『逃げろ!』


 猟太郎が叫んだ直後、Gが口から熱線を発射した。爪から放たれた光線よりも遥かに強力なそれは、イレイザーを一瞬で蒸発させてしまう。


『……俺の万能切断は刀の刃を直接当てたときが一番威力が高い。あの高層ビルからGに飛びかかるから、マリアンはそこまでやつを誘導してくれ』

『ええ、わかりましたわ』


 危険な役割をマリアンは躊躇なく受け入れてくれた。


『お前一人では死なせない。二人で死ぬか、二人で生きるかのどちらかだ』

『猟太郎は良い男ですわね』

『顔は平凡だぞ』

『そういう意味じゃありません。本当に良い男は、女が欲しい言葉を言ってくださる人ですわ』


 猟太郎は少し勇気を得た。マリアンに顔向けできなくなるようなヘタはうてない。

 Gスレイヤーが高層ビルへ向かって駆け出す。スノウホワイトもGへ向かっていった。

 幸いにも高層ビルの外壁は凹凸が多く、Gスレイヤーはそこを手がかりに登っていく。

 少し離れた場所でスノウホワイトがGと戦闘を開始した。能力を多用出来ないので、倒された味方機からまだ使えるマシンガンや無反動砲を回収して攻撃している。


 Gは煩わしそうに手のひらを向け、爪から光線を発射する。

 それを見た猟太郎は心臓が縮むような思いをし、思わず登攀の手が止まった。すぐにスノウホワイトによる反撃の火線が見えたので、ホッとしてビルの屋上を目指す。

 屋上に到達した。あとはGが近づいてくるのを待つ。


『猟太郎! 今ですわ!』


 マリアンの声を受け、Gスレイヤーが飛び降りる。Gの頭上! 最高の位置だ。

 その時、Gが猟太郎の殺気を感じ取ったかのように顔を上げた。猟太郎とGの目が合う。

 Gが大口を開けた。喉の奥から光が見える。熱線だ!

 万事休す! 猟太郎が観念仕掛けたその時! Gの口が氷で塞がれた! マリアンだ! 彼女が最後の力を振り絞り、能力でGの攻撃を防いだのだ。

 猟太郎は全てを刀に注ぐ。能力の浸透した刀身は銀色に輝いている。


 銀の刃が怪獣の王を切り裂く。GスレイヤーはGの体を脳天から股下まで真っ二つに切断した。

 100mをこす巨体が切り裂かれ、大量の血液が降り注ぐ。もはや雨ではなく滝だ。Gスレイヤーは真っ赤な洪水に飲み込まれる。

 激しく揺さぶられもはや猟太郎は上下の区別がわからなくなり、気を失ってしまった。


「猟太郎! 猟太郎!」


 美しい声に呼ばれ猟太郎は目を覚ます。


「猟太郎! ああ、良かった」


 マリアンが猟太郎をひしと抱きしめる。気を失っている間に、彼女がGスレイヤーのコクピットから出してくれたようだ。

 Gを倒した。

 猟太郎は父親と同じことをやってのければ、自分を心から一人前だと認められると以前は考えていた。

 だが、今ある達成感は少し違う。マリアンと共に困難を乗り越えた嬉しさがそこにある。

 ごく自然、それが当然であるかのように猟太郎はマリアンと唇を重ねていた。

 猟太郎の中ではすでに父親へのコンプレックスはない。その他大勢の見る目など気にもならないだろう。

 マリアンに対して恥ずかしくない男であり続ける。今の猟太郎にとってそれが生きる意味だ。


終わり。

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機動猟兵Gスレイヤー 銀星石 @wavellite

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