第2話 破

 ある日、体育の時間に体育館の倉庫で大量のバッタの死体が見つかったことがあった。発見者は体育教師で、彼女はそれを発見した時、悲鳴を上げた。虫が嫌いだったかららしい。すぐに児童全員が集められ、こんなことがあったと主任の教師が事情を説明するとともに、堕落しているからこんなことが起きるのだ、これは全員の問題である、人を注意できる人間になるよう目指し、みんな気を引き締めるようにと叱られた。私には、全員が怒られる道理はないように感じられたのだが、小学生の身分でそんなことを教師に向かって口出しすることはできない。私は多くの児童がそうしているように、ただ黙って主任教師の話を聞いていた。この教師は何かにつけてすぐに怒る人間であるため、またか、とうんざりしながらもその長ったらしい説教を最後まで聞き終えた。そしてその教師は最後に、犯人は職員室まで来るように、また犯人を知っている人は先生に知らせるように、と付け加えた。

 その時、一人の児童が挙手した。教師が発言を許すと、その児童はこう言った。

 犯人はこいつです。

 その児童は私を指さしたのだ。

 私は直感でこう思った。そうか、おそらくこいつが犯人なのだろう。今になって糾弾されるのを恐れて、私を犯人に仕立て上げようとしている。あるいは、私を貶めるためにバッタの死体を倉庫にまき散らしたのか。いずれにせよ、私は犯人ではないし、この発言には何の正当性もない。探偵気取りで犯人を指さしても、間違っているのだから仕様がない。

 私はすぐに抗議した。犯人ではない、と。しかしその児童は犯行の瞬間を見たと強く主張した。教師は詳しくは職員室で聞くからと言って、集会を終わらせようとしたが、その児童はまだ話を続けた。

 私がいかに残酷で、冷血な人間であるのか、語り始めたのだ。

 私でさえ初めて聞いた話ばかりだった。おそらくは彼が実際にやった残虐な行いと漫画などで得た知識を使った創作の話をしているのだろう。私は彼の悪意に驚いた。あるいは、罰を避けようとするその精神に、驚嘆した。全校児童を前に朗々と私がどれだけ悪逆非道な人間であるのか、述べるその姿は、人間そのものを表しているように見えた。私を貶めるためには、私に罪をなすりつけるためには、何だってする。私は彼の姿からそんなことを読み取った。

 彼が話を終えた後、拍手が起こった。まるで質のいい演劇を見終わった後のような拍手喝采だった。誰もが彼の勇気を称え、私に対し正義の目を向けた。私はうんざりした。茶番だと思ったからだ。集会はみんな気持ちよさそうな顔をして終わった。正義の鉄槌が下された。勧善懲悪の世界に浸った彼らは、満足そうにそれぞれの居場所に戻った。

 私だけが集会の後、職員室に呼ばれた。

 職員室に行くと、教師が勢ぞろいしていた。校長や教頭もいた。私は心底うんざりした。やれやれ、今からしてもない行為について糾弾され、何かしらの罰を受けるのだ。やってもないことについて叱られるということほど、不毛なものはない。私は今から全く無駄な時間を過ごすのだ。

 そんな風に思うと、ため息しか出なかった。

 主任教師が口を開いた。

「なぜあんなことをしたんだ」

「どうして僕が犯人だと思うんですか。あいつの主張を鵜吞みにするのですか?僕はやっていません。だからどうしてあんなことをしたのかについては知りません。犯人に聞いてくださいよ」

 私は反論した。

「どうしてお前はそういつも反抗的な態度なのだ」

 論点のずれた反駁である。そして反抗的なのはそちらが私にやたらと突っかかってくるからだ。

「どうして僕を犯人と決めつけるのですか」

 きりがないので、私はシンプルな言葉で質問することにした。

「お前が犯人だと柄里が言っていたからだ」

「彼の主張を疑わないのですか?」

「あいつが嘘を言うはずはない。あいつの父親は医者で、あいつ自身も成績優秀で、日ごろの品行も良好だからな」

 話にならないと思った。社会の理不尽を体現したような男だ。

「そんなことは主張を疑わない理由にはなりませんよ。証拠や裏付けをしっかりと調査して」

「うるさい!」

 教師は突然怒鳴った。怒り狂った表情で、鬼神のようだった。

 周囲を見渡すと、全員厳しい顔をしていた。全員が私を犯人だと決めつけているようだった。その場において私は絶対的な悪だった。反論はこれ以上無意味だと、私は悟った。そもそも、柄里という児童が私を指名した時点で、全てが終わっていたのだ。彼の父親が医者である以上、彼を犯人にすることはできないのだ。学校側が彼の父親と対決することを避けるため、結局は犯人は別の児童になる定めだったのだ。それがたまたま反抗的な態度を取っている気に食わない私になった。ただそれだけのことだ。

 私はそれから一時間以上説教を受けた。反省文を書かされ、読み上げろと言われた。この中にはきっと私が犯人ではないとわかっている者もいるのだろう。でも声を上げることはない。私の味方をするものはここにはいない。

 

 その日から、学校中の私に対する問題児という認識がさらに強まった。気に食わないやつという程度の認識だった児童が、私を悪とみなすようになっていた。いじめが繰り返された。靴を投げ捨てられ、机には彫刻刀で誹謗中傷の言葉が刻まれた。教師はいじめを黙認していた。問題を大きくしたくないからだ。それに、いじめは以前から受けていた。私はあまり反抗しなかったから、それがいじめをエスカレートさせる原因にもなっていたのかもしれない。目立った反抗はしていなかったのだが、いじめをする彼らには反抗的な目をしていると思われていたらしく、その目がいじめを正当化する理由になっていた。しかしもはやそんな理由は必要ない。彼らは大義名分を得たのだ。大量のバッタを殺し、体育館倉庫にまき散らす残酷な人間。悪は打ち砕かねばならない。私は悪役に任命されたのだ。彼らはヒーローとなって、私という悪を成敗する。茶番だ。私はこの学校に対し、一層の嫌悪感を抱いた。


 カフェラテを飲む。美味しい。私はカフェラテを飲みながら、どうして今になってこんなことを思い出したのだろうかと思った。そもそもなぜ今の今まで忘れてしまっていたのか。嫌な記憶だから、無意識の内に記憶に蓋をしてしまっていたのだろうか。

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