第18話
「お、お前、なんで?」
目の前に居る雅美の姿に、俺は驚きよりも呆気にとられて、それ以上の言葉が出てこない。
そんな俺を他所に、雅美はもう一度「土屋、来てるよね?」と、今度は確信めいた口調と共に、俺の返事を待つでもなく、俺の脇をすり抜けるように勝手にヅカヅカと部屋に上がり込んできた。
俺も雅美の後を追うように振り返ると、素っ頓狂な久志の声が聞こえる。
「ぶ、部長っ、どうして?」
久志も俺と同様、予想外の雅美の来訪に面喰っている様子は、まさに『鳩が豆鉄砲を喰らったよう』に目をパチクリ、口をパクパク、見事にそれを体現していた。
雅美はそんな久志に手だけで『席を奥にズラせ』みたいな仕草をして、久志をちゃぶ台の横の
「ほら、高柳。あんたも突っ立ってないで、早く座んなさいよ」
「あ、はい・・・。お、おう・・・」
俺は『はい』と言った後に『おう』と言い直した自分がバカみたいで、それが少し恥ずかしくもあって、二人の表情をチラッと確認したのだけれど、久志はまだ呆けたままだし、雅美は雅美でそんなことにはまるで無関心のようだ。
俺が雅美の正面の席に着座すると(今回は流石にベッドに腰掛けて、二人を見下ろすような位置には座れなかった。何となく)、雅美は「さて」と、俺たち男二人を交互に見遣ってから、大きく深呼吸をして見せた。
一体何がどうなっている?
いんや、一体これから何が起ころうとしているのだ?
「あんたらにペース合わせてると、やっぱ、あたしが無理だわ。あたしの精神衛生上宜しくないということで、これ以上あたしも黙ってらんない。土屋、良い?」
久志に何かを確認しているらしいが、俺にはそれが何なのか、全く理解できていない。何となくではあるが、俺にとって都合の悪いことのような気がして、胸の奥がザワつくのだが、思い当たる節がある訳ではない。
「高柳、ちゃんと聞いて欲しいんだけど、良いかな?これはあたしにだって大事なことで、かなり勇気を振り絞って、そして真面目な話なんだ」
「お、おう」
雅美にとって大事?勇気を振り絞る?
おや?ってことは、そこまで俺だけに不利な話でもないのか?
まぁいいや。聞くしかない。
「もうさ、あれこれ、のらりくらりは嫌だから、ハッキリ言っちゃうんだけど、まず、あたしはさ、土屋と高柳が好きなんだ」
俺は『それは俺もさ』と言おうとして、チラッと目を遣った久志が余りにも目をまん丸くして――まさか、みたいな表情をしているので、その言葉を飲み込んでしまった。
結果として、それで良かった、と思う。
雅美は続ける。
「但し、『好き』っていうのは、『友達として』、ではないよ。異性として・・・、いや、異性としてっていうのは・・・。まぁいいや、それはまた後で。兎に角、ぶっちゃけ恋愛対象として、二人のことが好きな訳よ」
今度は俺がキョトンだ。
なになに何?
今、雅美は何て言った?
恋愛対象が・・・何だって?
聞き間違いか?・・・いや、そんなことは無い、と、思う。
「ちょっ・・・」
俺が『ちょっと待ってくれ』、そう言おうとして、それは雅美にいとも簡単に遮られた。
「ちょっとも、そっとも待たないよ。あたしに最後まで喋らせてくれ。そうじゃないと、あたしの気持ちが持たないんだ」
俺にはまだ何のことやら理解が追い付いてはいないのだが、どうやら久志はそうではないらしい。如何にも心配そうに、それでいて神妙に雅美のことを伺っているように見える。
「高柳、あんたがストレートだってことは知ってる。あたしはそうじゃない。そして、薄々は勘付いてると思うけど・・・、悪いね、土屋、言っちゃうね・・・」
久志は不安そうな表情ではあるが、そこは確りと雅美を見据えて頷くのだった。
「土屋もそうじゃない」
おいおい、一体何のカミングアウト大会だ?
しかし、笑い飛ばせるような雰囲気でもなければ、俺自身がそんな気にもなれない。何故なら雅美の目は真剣そのものなのだ。
間違いなく、彼女の言葉通り、『勇気を振り絞っている』のが分かる。いつもは皮肉と冗談、それに自意識過剰で構成されている筈の彼女が、今は必死で声を張り上げている上に、その声が微妙に震えているのが丸分かりなのだ。
「ハッキリ言って、あんたたち二人を足して二で割ったくらいが、あたしの一番のタイプなのさ。高柳、あんたがあたしのことを『男二人に色目使う、浮気性の女だ』って思うかもしれないけど、それはそれでもう構わない。理解してくれとも言わない・・・。なのにさ、土屋はこっち向いてくれないし、その好きな土屋と、高柳、あんたを奪い合うことなんて出来る訳ないし・・・。一体あたしはどうすればいいのよ・・・」
俺は理解が追い付かない。
一体どうなってる?
雅美は久志と俺を同時に好いている?
俺を奪い合う?
雅美と久志はライバルなのに、雅美の恋愛対象は久志でもある?
「言っちゃうと、あたしはバイなのさ。バイセクシャルって言えば分かる?」
「部長っ、もう良いですって。それ以上無理しなくって・・・。僕が・・・僕が悪いんです」
いきなり久志がそれ以上の雅美の話を止めに入る。
「何で?なんであんたが悪いのよ?土屋、あんたが悪いなんて、自分でそんなこと言わないでよ」
二人とも、今は涙こそ流してはいないが、俺には二人が泣いているように思えた。
そして、この二人は意思の疎通が出来ているのに、俺だけが置いてけぼりを食らっている状況なのを理解すると同時に、それなのに、それが腹立たしさや苛立ちになる訳ではなく、寧ろ、この二人のことが・・・。
俺はこの二人のことを羨んでいる?
ホントに?
いや、どうだろう?
でも、やっぱり、俺はこの二人のことが好きみたいだ・・・。
今は、恋愛感情、とは、違うと思うけど・・・。
今度は久志がこちらに向き直るのを左目の端で感じた俺は、今迄雅美に向けていた視線を、確りと久志に移した。
ちゃんと話を聞こうと、真面目にそう思った。
「ヒロ、ごめんね。それから、部長も、ごめんなさい。部長に辛い告白させちゃって、本当にごめんなさい。ヒロ、僕ね、君のことが好きなんだ。ずっと、好きだったんだ・・・。でも・・・そんなこと言って、ヒロに嫌われるのが怖くて・・・、それで、それで・・・」
思いもよらなかった雅美の来訪があり、その雅美のカミングアウトが先に有ったことで(まだ俺の中で正確に理解出来てはいないが)、久志の告白にも随分と俺は落ち着いている。
そして、久志に、それから雅美に向かっても、俺はこう告げたのだった。
「久志、それに石里、俺がお前らのこと、嫌いになる訳ないじゃないか。バカだなぁ、お前ら。ちゃんと、ゆっくり話そうぜ」
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