第15話
翌日から、アルバイトの再開。然も、春休み中のフルタイムでの勤務。
自らお願いしたこととはいえ、朝の八時から夕方の五時まで、九時間拘束、途中一時間の休憩は・・・。
いやぁ、疲れた。いつもの四、五時間のアルバイトとは全く違う。
休憩時間を除いて、一日中の立ち仕事、そのうち五時間のレジ打ちは、さすがに肉体的にも精神的にも疲れたが、反面何となくではあるが、やり切った感というか、ある意味清々しい疲れであるような気もしていた。
しかし、ふと思う。
こんなんで、この先大学を卒業して就職したところで、俺はその仕事を続けることなんて出来るのだろうか?
一般的には、週休二日の一日八時間労働、九時間拘束が普通だろう。それを一年、二年、三年・・・、定年を迎えるまで、果たして自分にそんな事ができるのか、と不安になるのだった。
大人たちは、本当に何が楽しくて生きているのだろう?
確かに今日は俺だって、少しばかりの達成感のような、そして仕事終わりの解放感みたいな喜びを感じたのは確かだが、それを何年も、そう、三十年、四十年と続けることが出来るとは、到底思えないのだ。
だが、大抵の大人は、それを難なく
やはり、不安しか感じない。
いや、止めよう、今考えても仕方ない。俺だっていつかは大人になるんだろうさ。勝手に時間がそうさせるに違いない。
そうさ、考えてみたら、幼稚園生の時に、自分がバイクを運転できるなどと思ってもみなかった。それでも、今、俺はバイクにも乗れているではないか(いや間違った。転倒して廃車にしてしまった)。車の免許だって持っているではないか。
恋愛だって出来た。
小学生の頃には、女性の裸に興味はあっても、実際に自分が他人である異性と裸で重なり合うなんてことは、絶対に無理だと思っていた。それでも、それは勝手にそういうことになった。(二週間前にフラれたけど)
そう考えると、恐らく、あと四年年もすれば、流されるままに就職し、仕事を熟し、結婚して、子どもが出来て、子どもが結婚し、孫が出来、そして・・・それから・・・。
?
良いのか?本当にそんなんで?
本当に、止めよう、考えるのは・・・。
帰宅途中、近所のスーパーマーケットに寄って、缶ビール2本と総菜を買い、自宅アパートに戻ったのは六時半を過ぎた頃だった。
三階まで階段を登り、『エレベーター―付きの所にすれば良かった』と胸の内で不満を呟く。そしてそれは、365日×2で(一日で数回出掛け、帰宅を繰り返すことも有れば、今回の入院、実家での寝泊りでアパートを離れることも有ると考えれば、計算的には合っているだろう)、ここ二年間で700回以上、同じ後悔をしていることになる。
俯いたまま三階までの階段を登り切り、自室に向かう通路に出て顔を上げた時、目に飛び込んできたものにハッとした俺は、思わず後ずさりして、今来た階段スペースに慌てて身を潜めてしまった。
向こうに気付かれないよう、隠れるようにして自分の部屋のドアの前に立つ人物を覗く。
やはり間違いない、久志だ。
久志は右手に綺麗に畳まれたバスタオルと、左手にはスーパーマーケットの買い物袋を持って、俺の部屋の前に立っている。
スーパーマーケットの袋の中身は、恐らく食材だ。俺が今手に持っている惣菜ではなく、これから調理を施すであろう材料であることは、この距離からでも見て取れる。
なんだってアイツが居るんだろう?
いや、分かってるのだが、認めたくない。そんなことを受け入れられない自分が居て、頑なにそれを拒んでいるのだ。
当たり前だろう。そんなことは想像したこともないし、有り得ないことだと思っていた上、興味も無いのだから。
しかし、事実は小説より奇なり・・・。
これはもう間違いなさそうだ。
そういうことなのだ。
だが、俺には無理だ。
決まっているのは、『断る』、そういうことなのだけれど、それをどうやって言い出せばいいのか分からない。
加奈子にフラれたばかりの今の俺は、フラれることの哀しさや苦しみを、嫌というほど理解している。それもあってか、久志に想像通りのアプローチをされると、何故か久志の気持ちを
それにだ。そのことで、久志、それから雅美との、この二週間で心から楽しいと感じられた交流や繋がりのようなものを、全て台無しにしてしまうんじゃないかという恐怖感もあった。
今の俺(彼女を失い、事故を起こしてバイクを失い、怪我をして健康も失った)には、彼等二人が居てくれたからこそ、何とか持ち直すことが出来たのだと、言葉には出来ないけれど、感覚的に分かっていたのだ。
そんな大事な関係を、今ここで考え無しに壊すことは出来ない。
俺は足音を立てないように、ソロリと今来た階段に片足を戻し、そのまま静かに二階まで降り、その後は駆けるようにして一階まで辿り着くと、そのままアパートを飛び出したのだった。
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