第13話

 ちゃぶ台に並んだ三人分の食器は、元々以前に加奈子が買い揃えてくれたものだった。

 対になった夫婦めおと茶碗、そしてもう一つは来客用。

 そういえば、時たま加奈子はこの部屋にやって来て、料理をして一緒に食事をしたことも有ったし、何故だか来もしない来客用の食器もあったなぁ。夫婦ごっこ、おままごとみたいなものだったのかな・・・。

 最後に彼女がここに来たのって、クリスマス前だったような気がする。

 ボンヤリとそんなことを思い返していると、久志が話し掛けてきた。

「食器、適当に使ったよ。それに、炊飯ジャーでお米も勝手に炊いちゃった。部長がさっき買ってきてくれた卵とお新香、余っちゃったから、また明日とかに使ってよ。それから、お味噌とかも勝手に使っちゃったよ」

「あ、ああ、分かった」

 そう答えながら、運ばれた三人分の朝食の並んだちゃぶ台を眺める。

 しかし、その茶碗の並び方がどうも不自然だ。いや、そもそも現在のこの三人がちゃぶ台を囲んでいること自体が想定外なので、仕方のないことなのかも知れないが、それにしてもだ。

 俺には俺の大茶碗、雅美には来客用、そして久志が小茶碗・・・。

 これで本当に良いのだろうか・・・?

 お汁茶碗も俺と久志が同じもので、雅美が来客用。卵焼きと大根おろしの乗った小皿も同じく、雅美は来客用だ。

「ヒロも昨夜、部長に随分飲まされたみたいだけど、大丈夫?気持ち悪かったりしない?食べられる?」

 そういえばあれだけ飲んだ割りには二日酔いもしていない。居酒屋を出て直ぐに寄った近所のドラッグストアで買ったヘパリーゼが効いているのか、気持ち悪くもない。

「ああ、まぁ大丈夫だ」

「そう、それなら良かった。僕はまだ少し気持ち悪くて、ちょっとしか食べられそうにないけど・・・」

 なるほど、そういうことか・・・。いや、それで納得いく状況なのか?

 まぁ、良いか・・・。違和感はあるが・・・。

「あんたら、大の男が、しかも実際にデカい男が二人、揃いも揃って、情けないわねぇ。私なんか、夜中ずっとお腹空いちゃってどうしようもなかったわよ。ささ、早く食べよ」

 この女、やはりどうかしている。

「それでは、いっただきまーす」

 雅美が真っ先に手を合わせ、俺も倣って食べ始めた。

 久志は茶碗を手にして、それを食べるでもなく、雅美と俺が食べる様子を、ニコニコしながら伺っている。

 料理の作り手というのはそういうものなのか。うちの母親もそうだった。一緒に食卓は囲んでも、自分は皆が食べるのを見ていることが多かった。

 加奈子はどうだっただろう?

 ・・・思い出せない・・・。

 ぼんやりと加奈子のことを思ってしまう自分を否定するように、俺は卵焼きをひと口に口に放り込むと、空かさず久志が訊ねてくる。

「どぉ?美味しい?」

「うん、美味しいよ、とっても。土屋、やっぱりあんた、調理師学校行って、正解」

 口をもごもごしながら、俺より先に雅美が答える。

「ね、ね、ヒロは?」

 そうだよな。今のは俺に対する質問だよな。

 いくら鈍い俺でも、段々と状況が飲み込めて来た。

「ああ、美味うまいよ。なんだ、久志、お前、専門学校って、調理師学校だったのか」

「良かったぁ。学校以外の人に食べて貰うのって、殆ど無くってさ、ちょっとドキドキしてたんだ。うん、そう、言ってなかったよね。僕、将来、自分のお店持ちたくってさ」

 どういうつもりかは知らないが、久志の気持ちがこちらに向いていることは、どうやら間違いない気がしてきた。

 恐らくではあるが、そのことを雅美も知っている、多分。そうだとすれば昨晩雅美が言った『あんたさ、土屋のこと・・・』も辻褄が合う。

 しかし、そんなことって、あるのか?

 俺は『美味い』と答えはしたものの、段々味噌汁の味も分からなくなってきた。

 そんなことより、この状況をより正確に理解し、どのように対処すべきなのか、そのことで頭が一杯になっている。

 真面に二人の顔を見ることも難しくなってきた俺は、取り敢えず黙って、ご飯と卵焼きをパクつき、豆腐の味噌汁でそれを流し込む。

 しかし茶碗のご飯が無くなるのは一瞬だ。さて、どうしたものか。

「ヒロ、おかわりは?まだご飯もお味噌汁もあるよ」

 またもや俺への質問に、雅美が先に答えた。

「あ、私も、もう少し、貰おっかな」

「部長は自分でついできてよ。怪我人じゃないんだから」

「はーい」

 雅美は立ち上がり、キッチンに向かう。

 うん、間違いない。確信に変わった。

 兎に角平静を装うしかない。そして、時間を稼ぐのだ。時間を稼いだところで、何の解決にもならないことは百も承知だが、取り敢えず、もう少し食べ続ければ、余計な会話をしなくて済む気がする。

 俺は「そうだな、もう少しご飯と、味噌汁も貰おう」、そう言って茶碗を久志に差出した。

 久志が席を立ち、入れ違いに雅美が戻って来ると、俺は目で合図を送り、雅美に何かしらの答えを求めた。

 雅美は直ぐにそれに気付き、小さくこう言うのだった。

「今夜か、明日の晩、バスタオル返しに来るから、その時・・・」

 俺は瞬間、再び変な妄想をしてしまい、そのことが雅美にバレないようにと、皿のお新香を慌てて摘まんで口に放り込んだ。

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