第6話

 そもそも演劇部は所属部員が女子生徒ばかりで、男子生徒といえば、久志ともう一人、一年生の男子だけだったらしい。そんな演劇部の、校内では年に一度の晴れ舞台である文化祭公演で、どうしても男役が必要だからと、俺は何故だか久志に熱心に誘われた。

 初めは「嫌だよ、柄じゃねぇし」そう断り、久志の執拗な勧誘には耐え続けたのだが、リーサルウェポンである一年生女子部員からの「文化祭のあと、打ち上げ一緒にやりましょうよ、センパイっ」とのお誘いに簡単に絆された俺は、結局は出演を承諾することになってしまった。

 夏前のインターハイ県予選三回戦で敗退し、既にバスケ部を引退していた俺は、夏休みはどうせやることも無かった訳で、結果としては暇を持て余さずに済んだということになるのだけれど・・・。

 しかし、だ。

 仮入部の助っ人演劇部員として台本を渡され、俺の配役を見て、俺は仰天すことになる。

 だ・ま・さ・れ・た ‼

 渡された台本のタイトルは『と、七人のひとたち』(何ともふざけたタイトルだった)、見開きに在る配役、ロミオに俺、ジュリエットに久志、七人の小女・・・女子部員七人の名前があった。

 その他、ロレンス神父にも女子部員、ティーボルト(ジュリエットの従兄)も女子部員、マキューシオ(ロミオの親友)も当たり前のように女子部員・・・だったのだ。

 そして、もう一人の男子部員の一年生の名前はというと、『舞台監督・照明』のところに記載がある。

 はぁ?

 まぁ俺がロミオは良いとしよう。男役が必要だと言われて参加を決めたのだ。まさか主役とは思わなかったが、それなりに重要な配役が回って来るであろうことは予想していた。

 だがしかし、何故、ロミオの相手役のジュリエットが久志なのだ?

 演劇部の部長(三年六組 石里 雅美)曰く、

「ただロミオとジュリエットを演じるだけじゃ、お遊戯会の浦島太郎と変わらないじゃない?だからって、単純に男と女を入れ替えても芸がない。そこで、メインキャストは敢て男同士ってことにしたのよ。面白くない?しかも、あんたたち、二人とも身長180センチ以上あるでしょ?そんなのが舞台の中心で演じてる周りで、小さな女子がワチャワチャやるのよ。そして、白雪姫要素も加えてね・・・。因みに、脚本、私。読んだ?私の書いた脚本。結構才能あると思わない?」

 どの段階で帰国したかは知らないけれど、彼女はアメリカ帰りの帰国子女で、実は俺達より歳は一つ上の同級生だった。

 ちょっと自意識過剰で、自己評価高め、しかも美人なところが鼻につく石里 雅美だが、悪い奴ではない。もし同性だったなら友達にも成れたかも知れないけれど・・・。

 色々と抵抗を試みた俺だったが、結局は『もう時間がない』と『身長180オーバーの二人のロミオとジュリエットを見てみたい』(雅美)、それと『男なら、引き受けたことは途中で投げ出さないっ』(これも雅美)と、殆ど雅美に押し切られる形で逃げることは出来なかった。

 それでも、やるからには舞台に立って「スベる」のだけは御免だった俺は、英単語の暗記もしないくせに、ロミオの台詞は必死に覚えたし、舞台稽古も休まず参加したのだった。

 確かに石里 雅美には才能が有ったのかもしれない。

 台本を読み、実際に稽古で演じてみて、彼女の殆ど悪口にしか聞こえない演出、演技指導を受けている内に、何だかこの芝居はかなりウケるのではないか、俺が下手くそな演技で水を差す訳にはいかない、そう思い始めていた。

 八月の夏休みから始まった稽古は、九月末の通し稽古の頃には、演じているこちら側としても、早く上演し、大いなる喝采を浴びたい、そう思うようになっていた。

 但し、最後の最後まで、俺が拒否し続けたシーンが在った。それは、芝居最終盤に差し掛かるところで挿入されている演技で、俺と久志のキスシーンだった・・・。

「いや、幾らなんでもやりすぎだろ?」

「いやいや、そこを持って来なきゃ、『白雪姫と七人の小人たち』のくだりが不自然でしょうが。大丈夫、実際には顔がギリギリまで近付いた瞬間に、暗転させて、最後のシーンに移行するから。ね?でも、ホントは、あんたらが実際にキスするのを見たい女子も、いっぱい居ると思うけどなぁ。・・・でもそれやっちゃうと、先生たちも許さないだろうし。実際にやっちゃって、後で私が大目玉食らうのも勘弁だし・・・」

 やはり俺はここでも押し切られ、そのシーンは削られることも無かったが、そのシーンだけは、ほぼぶっつけ本番に近い状態で、稽古の際は、雅美が事細かに『舞台監督兼照明係』の一年生男子部員に指導を行っていた。

 そして迎えた文化祭当日、生徒全員が観劇しなければならない訳ではない。それでも舞台準備のされた体育館には、開演三十分も前から、全生徒の半数以上が詰めかけて居るようだった。

 それも雅美の仕掛けだ。

 学校にはバレないように、仲間内のLINEやTwitterで、『女子必見、ボーイズラブ、生舞台上演‼』『ダブル主演 ジュリエット役:土屋 久志・・・本校一の美男子。ロミオ役:高柳 洋明・・・バスケ部副主将、攻めの洋明。』、そんなものを拡散させていやがった。

 そんなことは知らされても居ない俺は、開演前の舞台袖から観客席のその様子を伺って、心底ビビり始めていた。

 大体、毎年の演劇部公演なんて、せいぜい観客は百人未満、まぁクラスで言ったら二クラスくらいの人数しか集まらず、広い体育館で結構まばらに観客が居る印象だったが、今年はどうだ、全校生徒千百人の半分以上は集まっているだろう。既に体育館は熱気で溢れかえっている。

「おいおい、一体どうなってんだよ」

 俺は舞台袖で、小人の衣装を着た女子部員に話し掛ける。

「うちの部長、広報もぴかイチなんですよ。先輩、頑張りましょうね」

「『頑張りましょう』、って、おい、聞いてないんだけど・・・」

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