第4話

 暫くして看護師がやって来て、包帯の無い俺の左手を取り、血圧と血中酸素濃度を測り始め、額に検温器当てる。

 看護師の後、直ぐにやって来た白衣の医者らしき人物は、俺の眼球を小さな懐中電灯のようなもので照らし「うん、大丈夫そうだ」と、誰に言うでもなく呟いた。

 そして、その医者が言う。

「高柳さん、痛いところは有りますか?」

「ええと、右手と、右足が・・・」

「ああ、それは結構ひどく擦り剥いてましたからね。どちらかというと、焼ける感じの痛みですかね?」

「あ、はい。そんな感じです」

「じゃ、それは後で痛み止めを出しておきます。ええっと、それから、ちょっと上半身を起こしてみましょうか。そのままで良いですよ。ベッドごと起こしますから」

 医者が看護師に「お願い」と言うと、ベッドの上半身部分がリクライニングのようにゆっくりとせり上がって来た。

「痛ててて・・」

 俺が痛みを訴えると、ベッドは動きを止めたので、俺は「あ、いえ、大丈夫です」と言ったが、医者がそのままに制止する。

「痛いのは、どこか一カ所が刺すように痛かったり、深く鈍い痛みとかがありますか?」

「いえ、そういう訳ではなく、多分、筋肉痛みたいな痛みです」

「そうですか」

 医者は看護師に、再度ベッドを動かすように合図をして、更に上半身が起き上がる。

 完全に上半身を起こした状態になった俺は、医者の後ろに隠れて今迄誰だか分からなかった、先ほどの心地の好いテノールの声の持ち主が、土屋久志だったことを知った。

 久志は如何にも心配そうな表情を浮かべ、何も言いはしないが、俺の瞳に向けて、何やら『大丈夫か?』なのか『がんばれ』なのか、恐らくそのような感じの視線を送ってきているのは分かった。

 俺も目だけで『大丈夫だ』と、合図を送り返したが、本当にその通りに伝わったかどうかは分からない。

 半身が完全に起きたところで、医者が再び質問してくる。

「手足で、痺れるところはありますか?」

「いえ、特には」

「軽く、軽くで良いですから、膝、肘の関節を動かしてみてください」

 俺は医者の指示通りに、関節を動かしてみる。

「どうですか?痺れ、電気が走る様な感覚とかはないですか?」

「はい、有りません。大丈夫です」

「背中の痛みなども無いですかね?」

「そうですね・・・筋肉痛以外は・・・」

「そうですか。今のところ、問題はなさそうですね。それでも、頭も少し強めに打っているみたいなので、明日の午後、もう一度CTとMRIを撮ってみますので」

 医者は看護師に「明日午後、レントゲン科に予約、入れておいて」と言ってから、再び俺に向かって

「それでは、今日はもう好きな体勢で休んで貰って構いませんよ。半身起こしている方が楽ならそれでも良いですし、横になっても構いません。あと、もう病院の夕食は終わってしまったので、お腹が空くようであれば、売店で購入したものなんか、食べて貰っても構いません。明日の朝は、病院食ですが、用意しますから。それでは、私はこれで」

 医者はそう告げると、そのまま病室を出て行った。

「今のところは安心ですね。このまま明日も、何もないと良いですね」

 看護師はそう言って先ほど使用した検査器具を手際よく片付けながら、そこに立っていた久志に向かって言った。

「もうお喋りしても大丈夫ですよ。さ、こっちにある椅子、使ってください」

 久志は促されて、ベッドの脇まで来ると、ホッとした表情を見せながら「やぁ」と声を掛けてきた。

 俺もそれに「おう」と答えはしたが、その後の言葉が続かない。

 どうして今ここに久志が居るのかが分からないのだ。

 看護師は片付けが終わると、「じゃ、私もこれで。また何かありましたら、ナースコールで呼んでください」そう言って病室を出て行った。

 出ていく際に振り返り、久志に向かって

「あ、ご家族の面会は二十一時まで大丈夫ですから」

 そう付け加えた。

 病室に久志と二人きりになり、会話の最初の一言が思い浮かばない俺と久志は、暫し見つめ合う可笑しな状態になってしまって、僕は変な気恥しさから、思わず目を逸らしてしまう。

 すると、久志がいきなりクスクス笑い出して

「あ、ヒロが先に目を逸らした。君の負けぇ」

 と、訳の分からないことを言い出す。

「なんだ、それ?」

 俺も思わず可笑しくなって噴き出してしまった。

「痛ててて・・・」

 忘れていた。全身筋肉痛だった。

「大丈夫かいっ?」

「ばか、お前が笑わせるからだ・・・痛てて・・・」

 俺は久志に向かって悪態をつく。そして気付く。

 久志の笑った顔の瞳は、今にも涙が溢れんばかりに潤んでいることに。

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