逃げ足速いだけの俺が本当のピンチで逃げ遅れたら逆に美少女たちに惚れられて困った話。

黒猫虎

短編


       1


 俺の名前は二毛芦にげあし速馬はやま

 都立第八十三はちじゅうさん高等学校――――通称ヤミ高の1年生だ。


 夏休みも明けた9月、すっかり俺はクラスでぼっちキャラが定着してしまっていた。

 しかし、無問題もーまんたい

 俺には友人との会話なんて高等技術ハイスキルは無理だろうから。


 元々、中学の頃も喋れる奴はひとりしかいなかったし。

 それがゼロになっただけということ。

 流石さすがに、最初の頃は口寂くちさみしい(?)思いもしたが、すっかり慣れてしまった。

 休み時間、誰との会話も無い時間が過ぎて行く。





       2



 俺は、ふと、高校生活でぼっち丶丶丶が確定する原因となった出来事を思い出していた――。




「――二毛芦にげあしくんって『ガバヘ』の『アカ』持ってる?」


 入学式とかガイダンスとかオリエンテーションとかの行事が一通り終わったばかりのある日、2限目と3限目の間の休み時間に、そう唐突に声を掛けてきたのは、俺見立てではクラス1位で学内3位、とびきり美少女の白百合しらゆり茉莉夏まりか


 この謎な科白セリフを翻訳すると、


「『ガン・バースト・ヘッド・オンライン(略して、ガバヘ)』というFPSタイプのVRMMOゲームのメンバーを探してるんだけど、二毛芦にげあしくんって、『登録アカウント(略して、アカ)』持っている?」


 と、めちゃくちゃ長ったらしくなるので、要注意。

 ちなみに、ガバヘは世界の人口の約10%が熱中しハマっていると言われるモンスター級に売れているゲームの事。

 もう1つちなみに、FPSとは、簡単に言うと銃をち合い殺し合うタイプのゲームの事。


 ――何、『アカウント』が分からない?

 これ以上は検索しろゴグれカス



「あ、え、うん」


 ほとんど話したことのない人物から急に声をかけられてキョドる俺。


「あ、良かったー。今度さー、クラス対抗のチーム戦やる事になったんだけど、あとひとりがどうしても足りなくってさ。二毛芦にげあしくん、一緒にやってくれる?」


「あ、うん、いい、けど」



 この後、他人と組んで何かをしたということが無かった俺は、チーム戦で大失敗してしまう。

 白百合しらゆりと取り巻き数人の不興ふきょうを買ってしまった俺は、目出度めでたく誰からも話しかけられない存在になってしまったという訳だ。


 この件については、これ以上の事は何も思い出したくない――。





       3



茉莉夏まりかっち、チーっす」


 昼の休み時間に、白百合しらゆりを訪ねてきたのは、隣のクラスの女、黒岩くろいわ由依南ゆいな

 俺見立てでは学年1位で学内2位、超絶的美少女だ。

 口調がヤンキー口調だが、そのじつ、実の母親が昔ヤンキーだったらしい。


 見た目は少し昔風に例えると、白百合しらゆりが真面目風白ギャル、黒岩くろいわがヤンキー風黒ギャルだ。

 白百合しらゆりは金髪寄りの茶髪で透き通るような白い肌。

 黒岩くろいわは濃い目の茶髪でこんがりと日に焼けた肌。


 ……黒岩くろいわは日サロにでも通っているのだろうか。

 うちの校風は生徒の見た目にあまりうるさくないので、彼女のこのスタイルはOKだ。

 こう見えて、彼女は学年3位の学力を誇り、生徒会の書記を務める等、同じ生徒たちからの信頼も厚い。



茉莉夏まりかっち、今日の生徒会にクラス代表として顔出してねん☆」

由依南ゆいな、りょ~(了解の意)」


 白百合しらゆりはクラス委員長様でもあられる。

 ちなみに、白百合しらゆりの母親が東欧系ハーフ美女で、彼女はクォーター美少女といううわさだ。

 これもうわさだが、クラス内にとどまらず、学内中、いや他校にも数多くのファンがいるらしい。

 かなりの人気者であり、その彼女の期待を裏切った俺は学校内の居場所をなくしてしまったという訳だ……。



 この学校の美少女レベルが周りの学校より高いと言われる原因はこの二人にあると断言しても過言ではないだろう。

 この二人が連れ立って街を歩けばモデルやアイドルのスカウトの声がよくかかるという――全て断っているらしいが。

 俺は心の中で、彼女ら二人を白+ヒロイン、黒+ヒロインの意味を込めて『しろイン』『くろイン』とあだ名ニックネームを付けている。





       4



くろ、やはりしろのところにいたか。ちょうど良い、今から二人とも生徒会室に来てくれ」


 今度は、究極の美少女(俺調べ)が現れた。

 青山あおやま芽威瑠めいる

 俺見立てでは眼鏡を外せば学内1位美少女間違いなし、の隠れ美少女。

 いや、隠れきれてないか。

 校内と校外、インターネット上にもファンが多数いるという、1学年上の生徒会長様(高2)である。


 黒が深すぎて青みがかった風に見える、美しい黒髪ロングストレートに銀縁眼鏡が知的少女(都内10番以内の学力)をアピールしている。

 細くも芯の通った凛としたお姿。

 ちょっと背が低めで小柄なのに、いつも強気で高貴さを漂わせているのが俺的チャームポイント。


 彼女は普段からいつもフラフラと移動している黒岩くろいわを探していて、その黒岩くろいわ白百合しらゆりのいるこのクラスに遊びに来ていることが多く、その為よく1学年下のこのクラスに登場する。

 なので、このクラスにいると、この学校の3大美少女を拝める事が多い。

 ありがたや、ありがたや。



 ちなみに、俺は「美少女たちとお近づきになりたい」などという願望は全くない。

 というか、ムリ。

 アレは全く別の世界の住人である。

 金も掛かるだろう。


 という訳でながめるだけの存在です。

 普通に美しい物や存在は好きだから。


 あ、白インやクラスの皆に嫌われているからといって、こちらからも白百合しらゆりを嫌うということはしない。

 ていうか、あれは俺が完全に、且つ一方的に悪いのであるし、美しいものには罪はないというのが俺の持論だ。






 ――生徒会長は眼鏡キャラなので、俺の中では眼鏡+ヒロインの意味を込めて『メガイン』とあだ名ニックネームをつけている。

しろイン』『くろイン』『メガイン』と覚えてくれ。



 三人はそのまま連れ立って生徒会室に移動していった。

 とたんに、クラスの中の明度めいど彩度さいどが10度位落ちた感覚を覚える。

 美少女って凄いよね。

 美少女100人集めたら、電気がなくても教室明るくできるかもしれないね。

 究極にエコだと思う。


 ――いや、食費エサ代の方が掛かるか。

 美少女ってエンゲル係数が半端なく高そうだもんなぁ……。





       5



 もうすぐ、午後の授業が始まると思った時、隣の名前を忘れたモブ男子吉本のスマホがブルルッと震えたかと思うと、次々にクラス全員のスマホが震えだし、俺のスマホも鞄の中で震え始めた。

 すぐに取り出して画面を確認すると、『緊急避難指示』が学校スクールアプリに表示されている。

 何々……?



『テロリストと思わしき5人組が校内に侵入、学校スクールアプリの指示に従い、静かに速やかに避難する事、生徒は教師の指示を待たずに避難する事、付近に教師がいる場合には教師の指示に従う事』



 おっと、これは急激に不味マズそうだ。

 この指示を読んだ俺は、全てを読み終える前、動揺しているクラスメートを置いて、真っ先に教室を出る。



 俺は、実は名前の通り『逃げ足』だけ丶丶は速い男だ。

 アプリの避難経路の指示を確認しながら、決して急がず、ゆっくりと音を立てず、普段通りの足取りで逃げる――。





       6



 俺は誰よりも早く危険エリアから脱出した。

 とはいえ、殆どの生徒は問題なく逃げ出せるだろう。

 テロリストの狙いは生徒を人質に取ることだろうが、さすがに生徒全員を人質に取ることはテロリストたちにとっても現実的ではない。

 おそらく、テロリストの人数から見て2倍の『10名以下』だと思う。


 ちなみに、俺が平常心に見えるのは気の所為せいだ。

 感情や動揺を外に出すのが苦手なだけで、内心めっちゃビビってるし、動揺してる。

 ビビリだからこそ、真っ先に1人だけ逃げ出したのだ。



 俺は、自分の安全を確保した後、生徒に公開されている校内の防犯カメラの映像を確認していた。

 この映像を実際見ている生徒は俺以外に何人いる事やら……。


 すると、生徒会室の方のカメラに動きがあった。

 あの美少女三人組が、避難せずに生徒会室の向かいの音楽室に入っていくのが見えた。

 おいおい、その行動は不味いだろう。


 ――いや、三人のいるところからだと、もう逃げられないのか。


 学校スクールアプリのMAP機能で、テロリストを示す赤点滅が1つ、生徒会室からの逃げ道を塞いでいる事を確認した俺。


 ということは、生徒会室より隠れる場所の多い音楽室の方がマシという判断は間違っていなさそうだ。

 生徒会室は4階にあるから、窓から飛び降りる事も出来ない。



 ――逃げ遅れたのがあの美少女三人組だと、大人なエロゲ展開もありえるかもしれないな……。



 そんな考えに思い当たったところで、何故か俺は腰を浮かし、何故か行動丶丶に移っていた。





       7



 ここで、俺がどういう特性を持った人間かについて少し語っておこう。

 自分で言うのも情けないが、全てにおいて少し丶丶丶丶丶丶丶丶平均から劣っている丶丶丶丶丶丶丶丶丶

 勉強は中の下、容姿と身長は中の下、運動神経も中の下、足の速さも中の下、ゲームの腕も中の下……といったところだ。

 何事においてもぱっとしない存在――それが俺という存在だ。


 だがしかし、俺にはたったひとつだけ、誰にも負けない特技丶丶がある。

 それは『逃げ足の速さ』だ。


 足が速くないのに、逃げ足だけは速い――矛盾しているように聞こえるだろうか。



 ちなみに、自慢では無いが、『俺は子供時代に鬼ごっこで鬼に捕まった事が1度も無い』。



 あ、自慢だった。

『ガバヘ』でも、『生き残る』ルールなら、常に上位の成績なのだ――――。





       8



 俺は唯一知ってる、白イン――白百合しらゆりのSNSに急ぎメッセージを送った。


『俺も逃げ遅れた そちらに逃げる』


 そう。俺は逃げ遅れたのだ。

 どうしてだろう。

 こんな事、俺の人生で初めての事だ。



 ピロン♪

『はあ? 逃げるだけのアンタは足手まといだから、別のトコロに行って』


 キツい。

 しかし、何時いつもよりはキツくない。

 緊急事態だから、普段のようにキツく当たる余裕が無いのだろう。

 俺は要点だけ打つ。



『俺はこれから音楽室の手前に隠れる テロリストが俺に構い始めたらその隙にそっちの3名は逃げて』


 送信と。



 ピロン♪

『なに? もしかして、アンタ助けに来るつもり?』


 こういう時、女に説明するのって面倒臭いよね。

 空気読んでくれないし、結構しつこい。



『いや逃げ遅れただけ あんま期待しないで』


 送信、と……。





       9



 さて、黒の目出し帽を被ったテロリストが1人、窓ガラスから三人の隠れている音楽室をのぞんでいる。

 武器は何を持ってるのかなっと。


 俺は、出来るだけ音を立てないようにしていたが、ある地点で上履きが「キュッ」っと音を立ててしまった。


 ――決してワザとではないぞ?



 テロリストがこっちに顔を向けたと同時に、俺は隣の化学室に飛び込んだ。



 テロリストが続けて、化学室のドアを乱暴に開き、入ってくる。




 黒板側の入り口にテロリスト。




 対角線上の角、化学室の後ろの窓側の角に俺。





 ――ヤツは、武器はアーミーナイフだけを手にしている。





 テロリストは一言もしゃべらずに、威圧感プレッシャーを発しながら俺の方に向かってくる。






 ――久々の本物リアルの鬼ごっこ、どこまで逃げられるだろうか。

 どうせ捕まるにしても、出来るだけ時間をかせぎたい――。







       10



 すぐ隣の教室に白イン――白百合しらゆりが隠れている所為せいだろうか。

 彼女とクラスの連中に『逃げるだけの男』『クラスメート失格』の烙印を押されてしまったあの日の事をつい思い出してしまった。




 ――あの日、『ガバヘ』のクラス対抗戦、俺はいつもの様にプレイした。

 すなわち、『逃げ』のプレイに徹したのだ。

 しかし、その日のルールは『最後まで生き残れぱ勝ち』ではなく、『敵を倒したポイント数』であった。

 しかもリスポーン生き返りあり。

 敵に倒されても時間が経てば生き返るリスポーンするルールの中で、敵を倒さずに逃げ回る俺は、単純に足を引っ張ってしまった。


 俺も、頭では理解しているつもりだったのだが、実際には頭で理解しているようには行動出来なかった。

 おそらく、俺にとって、逃げる事ソレは『生きる事』と同じ事イコールだったのだ。



 普通だったら、クラス対抗戦で最下位になっても、それはそれでクラスの親睦になるはずだった。




 しかし、どうやら俺のゲームプレイの内容が彼らにとっては異質過ぎたらしく、俺のクラスから参加したメンバーの雰囲気は最悪になってしまった……。





「アンタ、使えなさすぎね」


 と、白イン――白百合しらゆりに言われた科白セリフは今でも俺の柔らかく傷付き易い心に刺さったままだ。


 だが、白百合白インが俺にそう言わなければ、俺のクラスは1年間、この雰囲気が続いていたかもしれない事を考えると、白百合白インの判断は間違っていなかったグッジョブだったのだろう。





 今回はどうする?

 ――もちろん、俺に出来ることは逃げる事だけだ……。





       11



 俺は目の前のテロリストから逃げるのに集中した。


 奴は俺が化学室から出にくいようにドアを閉め、簡易の内鍵を閉めたが、こちらだって望むところだ。



 俺の足の速さでは、大人相手、それもテロリストのような体力のある男性の成人相手では、廊下に出た時点でゲーム終了オーバーだろう。


 俺の利は体が普通サイズより若干小さ目な事、逃げ足を支えている先読み能力だ。


 それが生かせるココ、この化学室にいる事が俺にとって最大の実力が発揮できる場所のハズ……。




 迫ってくる、テロリストの男と俺は化学室の実験机を挟むように対峙する。


 奴は持っていたアーミーナイフを何処かにしまい、俺を捕まえる体勢になった。


 実験机の上には、化学室用の足がパイプ状の丸椅子が並んでいる。


 テロリストはおもむろに丸椅子を一つ掴んで、俺に向かって投げつけてくる。


 これは威嚇と同時に、俺の逃げる方向を塞ぐ目的があるのは見抜いていたので、あえて避けずに、俺も椅子を持ち、投げられてきた椅子を防ぎながら教室の隅から脱出した。



 また、別の隅で実験机を挟む構図シチュ


 奴はパターンを変えるように、次は椅子を蹴散けちらしながら実験机の上に飛び乗った。


 その瞬間を見計らって、俺は逃げようとするが、奴はそのまま机の上を移動してくる。



 まさに俺の首にやつの手が達しようとした時、俺は机の下に潜り込み、向こう側にすり抜ける事に成功。



 ――奴の顔が相当悔しそうに歪んだ。





 その時、音楽室の方から人影が3つ静かに移動していくのが見えた。

 よし、もう少し頑張ろう。

 俺はテロリストがそちらを見ないように、挑発するように、手を招いてみせた。

 ニヤ、とした表情まで作れたら良かったのだが、羞恥心しゅうちしんまさり、そこまでは出来なかった。





 テロリストはそれでも、俺に怒りの表情を見せてくれた。







       12



 どれくらい、逃げ続けただろうか。


 ものすごく、長い時間の気がするが、スマホの時計を確認すると、わずか3分しか過ぎていなかった。


 でも、3分と言えば、カップラーメンが出来上がる時間ではある。

 中々、頑張ったのではないだろうか。

 そろそろ、捕まっても良いかもしれない。



 しかし、かなり挑発しながら逃げたので、ひどい目に遭わされちゃうのかも知れないな。

 見せしめに殺されたりしないよね……?




 その時、俺のスマホのSNSが着信音を鳴らした。

 妙な膠着こうちゃく状態が続いていたので、俺はその内容を確認する事が出来た。




 ピロン♪

『他の生徒が捕まっているのを発見、助け出せないか様子をうかがう』




 ――はぁ!? アイツ等の意識がナナメ上に高すぎるだと!?




 俺は、奴が疲れている隙を見計らって、『なにもするな』とだけ返信する。





       13



 奴が、腰の後ろに手をやり、何か棒状のモノを取り出した。


  バチ  バチ

    バチ  バチ


 スタン警棒――スタンガン機能付きの警棒か。


 ニヤっとわらって見せるテロリストの男に向かって、今度は俺もニヤと微笑みを返す事に成功し、実験机の上のガスの元栓をひねった。

 テロリスト、舌打ちをする。

 俺は次々にガスの元栓を開放して行く。




 俺が何のために化学室を選んだのか、やっと分かってくれたかい?

 お前は誘い込まれていたんだよ。





 ていうか、今の舌打ちで、ガスに引火して死ねばいいのに。

(俺も死ぬけど。)






       14



「どうしたんだ、こっちは6人は捕まえたぞ!」


 ――テロリストは仲間を呼んだ。


 とうとう他の仲間まで呼び寄せてしまった。

 2人か。

 元からいた1人を合わせて3人。

 テロリストは全員で5人だったから、残りは2人……。



「リーダー、すみません、こいつが異常にすばしっこくて」

「しかたがない、殺せ」


 リーダーと呼ばれた男がそう言うと、後から来たもう片方が銃を構えた。


「ま、まて、何の匂いだ?」

「こいつがガスの元栓を開けたんだ、スタンガンも使えない」


「……もういいだろう、こんなやつくらいほっとけ」


 リーダーの男は、俺を放っておく方針に変更したようだ。




 ピロン♪


 俺のSNSにメッセージが飛んできた。

 誰だ、こんな時に……。

 ん? 3通?



 白インと……

『警官隊到着、アンタを先に助けに行くようにお願いした』



 黒イン、

『カメラの映像で化学室見てるよ! 逃げ足くん、お前カッコいいよ♡』


 ――黒インは目が腐ったのだろうか……。



 それから、メガインの三人からだった。

『頼む、何とか粘るか何かして、こっちに残っているテロリスト2名の注意を引いてくれ! その隙に、捕らわれた生徒たちを救いだす!』



 メガイン……、我らが生徒会長様はかなりの無茶を言うな。

 無理無理。却下却下。





 ――そうか。警官隊が来たのか。

 警官隊がここに駆けつけるまで、時間をかせげるか?



 俺はテロリストを挑発ちょうはつしてみる事にした。



「や、やたっ、テロリストなんて、大した事無い! 逃げきってやったぞ! わーい!」



 わ、我ながら、なんて下手くそな挑発だ。

 これではさすがにテロリスト達も乗ってこないだろう。






 ――と思いきや。



「おいガキ、調子に乗りやがって」



 なんと、リーダー格以外の二人が向かってくる。



 この俺のヘボい挑発が有効効くなんて!?



 俺は必死に、逃げ回る。



 最初の一人でも大変だったのが、二人……。



 時間を忘れて、教室内を机の上を、机の下を逃げ回る。





 自分でも神業かみわざかというような避けっぷりを数回繰り出した後、追い掛けていたテロリスト二人は俺を追う事をめた。



「お、おい、このガキすげーな。はぁはぁ」

「だ、だろ? 大した物だよ。はぁはぁ」




 何かテロリストにめられちゃったよ。

 犯罪者に褒められたにも関わらず、少し嬉しい。






「――お前ら、動くな!!」



 警官隊が化学室まで駆けつけたようだ。



 銃を構える警官1人。




 警官の血走った目と震える指を見た俺は『コイツつ』……と確信した。




 咄嗟とっさに、そしてさり気に化学室の出口に1、2歩近づく。





「お、おま、つな! ガスが✕△◯□$――」







 警官隊に注意しようと、思わず動いてしまうテロリスト。







 それを目にした警官の指が銃の引き金を引いていく。







 俺があと数歩で化学室を出ようという時、







 化学室内に小さな銃声が鳴り、








 直後、激しい爆発音と閃光がとどろき――――。









 俺は、爆風に吹き飛ばされ――――――――。

















       15



 …………からだが……いたい。




 ……体の痛さで目が覚めた。




 ――お、この風景は。




「知らない天井てんじょうだ――」




 決まった――――っ!




 人生で一度は言ってみたい科白セリフNo.1クリアっ!




 ちな、No.2は「親父にもぶたれた事無いのに」である。






「目が覚めたみたいね」


 おっと、他に人がいた様だ。

 イヤン。



 ――っと。

 ソコに居たのは、とびきりに美少女な白イン――白百合しらゆりだった。



「ちょっと二人呼んでくる」



 俺が言葉に詰まっていると、白インは、残りの二人、――黒インとメガインだろうか――を呼びに行ってしまって。


 病室の中の明度めいど彩度さいどが10度下がった。




 ――おとなしく待っていると、白インは黒インとメガインをともなって戻ってきた。




 病室の中の明度めいど彩度さいどが今度は一気に30度上がった。






       16



 それから長い時間、俺はヒロインズの武勇伝を聞かされていた。

 病み上がりには厳しい……。

 しかし、「女子のトークをめたら恐ろしい事が起こる」とばっちゃ丶丶丶丶が言ってたからな。

 めるわけにはいかなかった――。




 何でも、俺が引き起こしたガス爆発の混乱に乗じて、5人の生徒と1人の教師が捕らわれている教室に突入し、テロリストから生徒たちを解放するだけでなく、逆にテロリストを1人行動不能とする事に成功したらしい。


 その際には白インと黒インはダブルで先頭になって突っ込んで行ったというから、この女たち、そうとうきもわっている。


 特に白インは『ガバヘ』で戦闘行動には慣れているかもしれないが、自分がか弱い女子丶丶丶丶丶だという自覚はないのだろうか。



 そしてメガインも作戦立案と警官隊との交渉こうしょうで大活躍。

 三人は俺に、自分たちがいかに活躍したかという事を、事細かく色々話してくれた。



 俺は久々に同じ学校の生徒と話すのと、これまで遠くから見ていただけの美少女三人との会話に、何だか、うなずき返すだけで精一杯の時間を過ごしていた。




 それからしばらくは大人しく彼女たちの話に付き合っていたのだが、何だか、三人の雰囲気が妙になってきた。

 三人が三人ともチラチラこちらを見ながら、話を切り出そうとしては、めを繰り返す。




「か、会長。ここは会長に任せるぜ」

「そ、そうですよ。生徒会長、お、お願いします」


「む、ぼ、ボクか……。そうか……。うむ。ふぅ……」




 何か、言いづらい事を話すらしい。




 ――何だろうか。

 割と今回頑張ったつもりだったが、やはり、イザというときに逃げ遅れる様な男はダメ出しをされてしまうのだろうか。

 唯一の長所も無くなってしまったとかで……。




 俺が、そんな事をボソボソと言ったら。




二毛芦にげあし。それは『逃げ遅れた』とは言わない。『逃げ出さなかった』と言うのだ。結果として、ボクたち三人だけでなく、他の捕まっていた生徒と先生たちの命も救ったのだ。見事みごとと言うよりほかない」




 今日初めてしゃべったメガイン――いちおう先輩――がめちゃくちゃ褒めてきた……?




二毛芦にげあし! ……いや、速馬はやま! ……お前、おとこだったんだなぁ! オレ、お前の内面に心底、れこんじまったよ! この学校で、いや、この日本で、何人の男がお前と同じ事が出来るだろうか――いや、断言しよう。皆無だ! だから、オレは……」




 黒インが、めっちゃ熱く何かを伝えようとしてきたので、ちょっと引いたけど、褒められているらしい……?




 その黒インを押しのけて、今度は白インが前に出てくる。




二毛芦にげあしくん、ごめんなさい、アタシの事キライだよね。ずっとアン――貴方をハブってたんだもの。本当にごめんなさいでした。貴方の事、今回とても見直したの。手のひらを返すようでみっともないけど、それでもアタシ、二毛芦にげあしくんに言いたい事があるの、それはね……」




 さらに、その白インを押しのけて、今度はメガイン先輩が前に出てくる。




「こらこら、その最初に言う役は、ボクに任せられたハズだろう。――ふん、まったく。二毛芦にげあし、よく聞いてくれ。ボク達三人は君がテロリストと戦う雄姿ゆうしを見て、心に決めた事がある。それを今から君に告げるので、心して聞いて、それから選んで欲しい」




 俺の口からは、ただ「はぁ」と、ため息ともとれるような弱々しい声しか出なかった。







 この後、メガイン――生徒会長である青山あおやま芽威瑠めいるが口にしたその内容を聞いて、俺は驚愕きょうがくした。








       17



 三人のヒロインズから告げられた内容とは、「高校在籍中に三人と付き合える権利を受け取って欲しい」というものだった。



 何だったら、月替わり年替わりで「三人とも付き合ってもいい、むしろそうして欲しい」と言われた。




 ――えっ? 普通に無理だけど。



 手に届かないトコロに存在するからこそ、好き勝手言えるし批評ひひょうもできるのであって、俺はお前らと同じ空気吸っていい存在じゃないですから。

 普通に。





 というか、この三人、空気清浄機的機能がめっちゃ高くて驚く。

 この三人の周りの空気、めっちゃ美味しくて、マジ森林浴しているのと同じ。

 電気が掛からない、究極にエコな空気清浄機だと思う。

 ――いや、食費エサ代その他諸々美容代・服代の方が掛かるな。




 俺は、『三人とつきあう案』については、とにかく無理なので、反論をこころみる事にした。



 ――あれは、逃げ遅れただけだと。

 それから、絶対に釣り合っていないし、俺がみじめになるからめてくれ、と。



「逃げる達人のアンタが普通に逃げ遅れる訳がない」

速馬はやま、男は内面だよ。そして、良い女も内面で決まる。良い女のオレ達三人の意見が一致したんだから、お前は間違いなく良い男だ」

「素晴らしい勇気だった。次期生徒会長にボクがそう。(そして、私は副生徒会長に再立候補……♡)ゴニョゴニョ」


「大学卒業後はこの中の一人と結婚して欲しい。残り二人は愛人でもいい。アタシは内縁ないえんの妻でいいよ♡」

「あ、オレも愛人で良いぞ。本妻は、年長者にゆずるよ。それより、ウェディングドレス着たいな♡」「ボクも♡」「アタシだって♡」

「「「あ、この三人以外と浮気したら命無いから」」」




 ヒロインズが相変わらず何か言っているが、俺には無理だな。


 もう、転校するしかないかもしれない……。


 しかし、コイツらの家って、三人ともかなり裕福だったはずだから、興信所こうしんじょ探偵たんていやとうのも訳ないか……。


 ということは、どこに逃げても無駄…………。



 これは『み』かもしれんね。




年貢ねんぐおさめ時』とは、こういうことを言うのだろうか。





 もし、三人と結婚する事になるなら、三人ともウェディングドレスは着せないといけないな。






 そうしないと、一生、死ぬまで「ウェディングドレス着させてもらえなかった」と根に持たれるかもしれないからな……。







 うーむ、エンゲル係数……。









 俺は退院したら、真っ先に、高給取りの職業について調べる事に決めたのだった。









 ~fin~









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逃げ足速いだけの俺が本当のピンチで逃げ遅れたら逆に美少女たちに惚れられて困った話。 黒猫虎 @kuronfkoha

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