58話「出来る子、クロエ」
ラツァテの街の街から出ると、外で待機していたクロエがそのキースの姿を見つけて、体を起こした。
ドラゴンという存在を、初めて間近で見ることとなった脱出する住民はあまりの迫力にみんな驚いたり、小さな子が泣いてしまったりした。
ただでさえ迫力があるのに、目つきも鋭いので何も知らずに街の外に出たら、そんな反応になってしまうのも頷ける。
「クロエの待機させる位置、間違えたな……」
先に街を出た住民も、間違いなくクロエの姿が目に入って驚いて同じような反応をしただろう。
普段からツンツンしているクロエも、相手が歩み寄ってくるからこそそう言う態度なわけであって、何もしていないのに怖がられたり騒がれたりするのは、あんまりいい気がしなかったに違いない。
そう考えると、こちらの姿を見てすぐに体を起こしたのも、居心地が悪くて早く帰ってきて欲しかったということのような気がする。
「あ、あのドラゴンってキースのものなの?」
「皇国に行って、竜騎士養成機関のところに見学した時に、ドラゴンとも触れ合う機会があってね。クロエって言うんだけど、相棒になってもらってるんだ」
「皇国に行って、まだ一週間ぐらいだよね? あっちで何やってるの……?」
「話せば長くなるから、落ち着いたら全部話すよ」
そんな自らの不手際に、思わず言葉を漏らすとユリアが驚きの声を上げた。
まだ短い時間だが、一日一日の中身が非常に濃い内容。
話し出すと長い時間になるので、ユリアには皇国に戻ってから落ち着いて話すことにした。
かなり引いているユリアを肩車したまま、キースはクロエの元に近づいていく。
「ちょ、ちょっと待って! まさかだけど、あのドラゴンに乗って戻るってこと!?」
「うん? そうだけど……」
ユリアに突っ込まれてそうとは言ったものの、キースとしても彼女と一緒に乗ることが問題ないかという疑問が湧いてきた。
クロエが相当物分かりが良いことに頼り切ってしまっていて何も考えていなかったが、ドラゴンは気難しい生き物。
まだ他の人をクロエに乗せた経験がないので、クロエが嫌がって怒ってしまう可能性がある。
ユリアもクロエの迫力に緊張してしまっているのか、体に力が入っていることが伝わってきている。
ここでクロエが怒ったりでもしたら、ユリアにとって完全にトラウマになってしまう可能性も考えられる。
「な、何で途中から自信なさそうな声に?」
「ドラゴンって結構気難しいし、まだ他人を乗せたことが無くってさ……」
「それってほぼ確実に無理ってことじゃない?」
「いや、様子を見てみないと分からないかな」
「た、食べられるのだけは嫌だからね!」
どんなに怒ったとしてもクロエは絶対にそんなことをしないが、何も知らないユリアからすれば、そんな想像をして怖がってしまってもおかしくない。
「ちょっとクロエの反応を見てからにするかな」
「い、いきなり怒ったりとかしないの?」
「ドラゴンは鼻息で機嫌が良いか悪いか知ることが出来るから、その時点で諦めれば怒られたりはしないよ」
ひとまず、ユリアを肩車した状態でクロエの元まで近づいてみることにした。
クロエはそんな相棒の姿を、目を細めながら見ている。
「……見れば見るほど、機嫌が悪そうに見えるんだけど」
「いや。何も反応しないし、そんなに機嫌悪くないと思う」
「て、適当に言ってるわけじゃないよね?」
ユリアは信じられないと言わんばかりの反応だが、この数日間ほぼ一緒に居たキースからすれば、機嫌が悪いとすぐに鼻息をフーンと鳴らすことを知っているので、そんなにクロエの機嫌が悪そうには見えない。
そしてクロエの目の前まで近寄ったが、特に何も不満そうな様子を見せない。
「ほ、本当に怒ってない?」
「怒ってないよ」
肩車をしているユリアを興味深そうに、クロエが顔を近づけてじっと見つめている。
同時にキースの持っているユリアの足が、もの凄く震えている。
しばらく無言のやり取りがあった後、クロエはユリアの顔にフンっと鼻息を浴びせた。
「な、何か鼻息かけられた! これ絶対に『気に入らねぇな』ってなったんでしょ!?」
「逆。短い鼻息は機嫌が良い時か、相手として認めてくれた時。長い鼻息を浴びせられたら警告サイン。良かったね、乗って帰れそうだよ」
キース自身もホッとしながら、ユリアにクロエに認めてもらえたであろう旨を伝えた。
もしかすると、先ほどまでどうなるか不安に感じていたことをクロエが見抜いて受け入れてくれたのかもしれない。
あるいは、じっとユリアを見ていたのでキースが初めて打ち解けた時のように、目を合わせることで何かを感じ取った可能性もある。
そんな相変わらず察しが良すぎるクロエを見上げると、その視線に気が付いたのか今度はキースが手を伸ばせる高さに頭を下げてきた。
居心地の悪い中、ずっと待ってくれたこととユリアを認めてくれたことを感謝しつつ頭を撫でると、いつものように摺り寄せてくる。
「ほ、本当に懐いてる……」
「言葉が通じるわけじゃないけど、本当に何でもこちらのことを理解してくれるからね。もう最高の相棒になってる」
「む、何か一歩も二歩もこの子に先を行かれているような気がする……」
ユリアがそう言うと、勝ち誇ったかのようにフンっと鼻息を鳴らした。
クロエがユリアを乗せることに難色を示さなかったので、しっかりと彼女を自分の体につなぎ合わせて乗り込むことにした。
「で、出来るだけ低空飛行って出来る? 後、スピードも控えめで」
「うん。よし、戻ろう」
いつも以上にクロエには、ゆっくり目に飛んで野営地まで戻ってもらうことにした。
どんなに低速飛行でも、レックたちや住民たちの徒歩で移動しているグループよりははるかに早く野営地に到着する。
「キース、お帰り~!」
「キース様、お疲れ様でした!」
「キース殿、お疲れ様でした。回収作業の方はどのくらい進みましたか?」
野営地中央にクロエを着地させると、そこにミーシャとミスト、そして書類を持ったルナが駆け寄ってきた。
「今日の目的都市、ラツァテの街にいる移住希望の住民たちの回収作業は全て終了したよ。レックが殿になって、最後の組が街から先ほど出てこちらに向かってる」
「や、やっと地面だ……」
ルナと回収作業についての話をしていると、ユリアがフラフラしながらクロエの背中ら地面へと頭を突っ込んだ。
かなり低空低速飛行を心掛けたが、それでもかなり心と体に堪えたらしい。
「ん、その女の子は誰なの?」
「ああ、紹介するね。この子はエルクス王国時代に知り合った―」
「キースは私のご主人様だっ!」
キースがユリアの説明をする前に、彼女はまた意図的に爆弾発言をした。
その発言に三人の女性陣が凍り付いて、空気が静まり返った中にクロエのフンっと短い鼻息だけが響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます