57話「二人の関係性」
その後、引き続き各区画を回っていきながら移住希望者の回収と、移動や家財の持ち出しを鎧騎士兵たちに行ってもらっていく。
「ユリア、ずっとしがみつかれていると動きにくいんだけど?」
「やだ。次離れたら、もう二度と一緒に居られない気がするし」
キースがユリアに離れて歩いてついてくるように頼んだのだが、離れる気は全くないらしい。
だが、彼女にこういう不安な思いをさせたのは事実なので、やむを得ず彼女を肩車した状態で作業を進めていくことにした。
「き、キース様。一つお聞きしたいことがあるのですが、問題ありませんか?」
「うん。こんな状況だけど、何かあればいつでも聞きに来てもらったら」
緊張感のある状況のはずなのに、この異質な二人に住民のサポートをおこな右兵士たちはずっと困惑した様子で、何かキースに確認しに来るのもちょっとためらっている。
ただそんな中でも、キースがユリアを肩車をしている図に思わぬメリットも存在した。
「あ、キース様に肩車してもらっているー! 僕もしてもらいたいー!」
「新しい街に着いたら、そこでしてあげるね。だから今は、お父さんやお母さんの言うことをちゃんと聞くんだよ?」
「はーい!」
小さな子供たちが二人の姿を見て、このいつもと違う雰囲気でも怖がったり、不安に感じて泣き出す子が格段にいなくなった。
その効果で更に住民回収のスピードが上がっていくので、変な目で見られることにも意味があったようだ。
「ふん。ガキどもが羨ましがっているな! だがここは、私の優先席なのだ!」
「あの子達を何歳ぐらいだと思ってるんだ。ユリアの半分くらいの年しかないだろうに、そんな子達に張り合ってどうする」
ユリアはただでさえかなり若いが、見た目が年以上に幼く見える。
あの子達の反応からして、さほど年差が無いように見られているようなのだが、それでいいのだろうか……。
その後、数時間をかけて全ての区画を巡って移住を希望する全ての住民を、レックの待つラツァテの街の入り口周辺に誘導することが出来た。
レックと合流したキースは、彼の呆れたような顔でユリアと自分の顔を上下に見比べながら、ため息をついた。
「……一足先に帰ってきた兵士たちが、顔色悪くしてとんでもない少女が襲い掛かってきた。そしてその数分後には、お前に抱き着いて離れなくなったとか訳の分からないことを聞いたが、どうやら事実のようだな」
「……ある程度、そんな反応をされるって思ってた。でも、レックでその反応だと他のみんなにもそれなりの反応をされそうだね」
「ちなみに、その肩車している少女とはどういったご関係性で?」
「ご主人様だー!」
ユリアがすかさず大きな声でそう言うので、兵士と住民たちの視線が一斉にこっちに集まってくる。
キースはその視線を出来るだけ意識せずに、レックにユリアとの関係性について話をしていくことにした。
「まだ自分が戦闘指揮を担当していた頃の話だね。もうこの国が防戦一方になってからは、国内の治安が悪化の一途を辿ってた。ならず者達が出てきて、住民を襲撃して家財を奪ったり、ユリアみたいな子を奴隷として売り捌こうとしたりする事案が、至る所で発生してしまって」
「なるほど、その子とはそう言う出会い方だったのか」
「たまたま国内視察の際に、入った街の中で競りに賭けられている現場に遭遇してね。自分がその会場に行くと、蜘蛛の子を散らすようにならず者たちは逃げて行ってユリアだけが残ったんだ」
ユリアと初めて出会った時。
目の合う大人全てが恐怖の対象に映っていたのか、キースと目があった時もただ体を震わせているだけだった。
治安の悪化は、ならず者の数を増やすだけでなくその行動も残虐化していく。
ユリアのように奴隷として出されるような子の親は、すでにならず者たちに亡き者にされてしまっている可能性が高かった。
仮に生きていたとしても、知らない土地まで連れていかれて売り捌かれるので、子供の力一人ではどうにもならない状況だった。
「自分の力不足で、ユリアみたいな立場の子で救えなかった子もいる。だけど、目の前でこうして助けることになったこの子だけは、どうにかしてあげたいなって思って、連れて帰ったのが始まり」
「何となく予想は出来ていたが、その子がキースのことをご主人様と言うのは、そう言う理由だったんだな。ということは、その子の回収も今回の作戦の狙いの一つだったりするのか?」
「それは……」
レックのそんな問いかけに、キースはぐっと言葉に詰まってしまった。
そんな様子を、ユリアが見逃すはずもない。
「やっぱり、見捨てるつもりだったんだ?」
「そ、そう言う意味じゃないって!」
「今の体勢なら、いつでも首を掻き切ることが出来るけど?」
「ユリアがどこで修行しているか分からなかったから、この期間中に見つけて回収出来る自信が無かったんだって!」
「修行だと?」
「自分が任を解任された後、貴族たちが捕虜となったみんなを解放したことに対して根に持って、何か刺客などを差し向けてくる可能性も考えたからね。自分の身だけならまだしも、ユリアの身は守れない。だから、ナイフの基本的な使い方や森の中で必要な知識を教えて、『自分の首を確実に落とせるぐらいの実力になったら、もうずっと側に居てもいいという』条件で、外に送り出したんだ」
「あの時は、すぐにでもそれぐらいの実力になれるって嘘ついてたけどね。お試し感覚ぐらいで外に出して、結局全く戻ってこれなかったし」
「本当に悪かったって……。でも、それぐらいしかユリアの安全を確保する方法が見つからなかったんだよ」
「なるほど。お前たちの関係性も、この国が乱れているものが作り出した数奇なもの、ということか。しかし、うちの鍛え上げた連中が顔を真っ青にするレベルだから、想像を遥かに超える実力をつけてきたということか?」
「うん。全くの計算外だった」
「それでも、未だに通用しなかったけどねー」
ユリアが淡々とそう言うと、レックは驚いたように目を見開いた。
「キース、お前やっぱり強かったんだな! 鎧にすら潰されそうなところ見て、『頭いいが実はこいつ戦えないんじゃないのか』って思ってたんだが」
「筋力が無いだけで、それなり剣技には自信があるよ。剣技には、そんなに強い力が必要ないからね。ただ、ミストに勝てるかどうかはちょっと分からないけど」
「まぁ、お前のいいところがまた分かったからそれで良しとしよう。ただ、他のメンツはその子の姿を見て、何を言うかは知らんぞ……。特に陛下は」
「……そ、それなりにもう覚悟してるつもり」
そんな話を終えると、すっかり静かになったラツァテの街から、ルナたちの待つテルガウ平野付近に設けられた野営地に、住民たちと共に一度戻ることにした。
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