56話「ユリア」

「その声はもしかして……ユリア!?」

「もしかしなくても、あなたにこんなことをするの私だけじゃないの?」


 ユリアと呼ばれた人物は、キースの問いかけにちょっと面白そうに返しながら深くかぶっていた黒いローブから頭を出した。

 そんな彼女はルナと同じようにかなり若く、小さな体に綺麗な銀髪と青い瞳が特徴の少女である。


「それもそうか。だけど、あんなに素早い動きが出来るようになってるなんて思わなかった。相当な修業したんだな」

「そうだよ。こんなに修行したって言うのに、近づいただけですぐに気づかれちゃったし。まだまだ実力不足って言ったところかぁ。結構ショックなんだけど」

「あ、あの。キース様……? 一体これはどういうことですか?」


 引き連れていた兵士たちが、困惑しながらもキースに今の状況について尋ねてきた。

 指揮官がいきなり挙動がおかしくなったと思ったら、自分達の目では全く追えないスピードでナイフを持った人物が襲い掛かってきた。

 それだけでなく、その後襲われそうになった人と襲おうとしていた人が先ほど何もなかったかのように話をし始めたのである。

 当然、見ている側からしたら全く意味が分からない。


「ああ、ごめん。実を言うと、この子は自分の知り合いと言うか……」

「し、知り合いでございますか?」

「知り合い? 私にとってのご主人様なんですが?」


『知り合い』と言い方をされたことが気に入らなかったのか、ユリアが強めの語気で訂正してきた。

 その彼女の訂正を聞いて、また兵士たちがざわつき始めた。

 おそらくは、先ほどの光景を見てその発言が出てくることがより混乱を招いていることや、こんな幼く見える女の子に『ご主人様』と言わせていることに色々と思うことが出来たに違いない。


「ユリア、話が面倒になる。ここに居る皆にここからも自分の指示に従って動いてもらうことになってるから、不信を招くような発言をしないでくれ……」

「他の人の前で私が居ることは、やましいことだって思ってるんだ? っていうか、この人たちは何? いろいろと聞いた話だとこの国が戦争に負けた後、すぐに皇国へ連れていかれたとか聞いてたんだけど?」

「その情報は間違っていない。自分はもうこの国の人ではなく、皇国民の一人として行動している」

「へぇ、じゃあ今連れているのは皇国の兵士さん達ってこと? 良い待遇受けさせてもらってるんだね」


 ユリアが興味深そうに背伸びをして、キースの後ろにいる鎧騎士兵たちを見つめているが、先ほどの恐ろしい動きを見た兵士たちは彼女に見られたことで縮み上がっている。


「でも、ここに居るとは思わなかったよ」

「一昨日ぐらいから貴族たちが皇国との交渉について、慌ただしく反応していたことは耳に入ってたからね。そして、昨日のうちにテルガウ平野に皇国の兵士たちが野営していることも把握したから、ここで何かあるかもなって思っただけだよ。あなたがどうなったかもよく分かってなかったし、まさか会えるとも思ってなかったよ」

「いや、それだけ情報を掴めているんだ。強くなっているよ」

「って言ったって、あなたはもう皇国の人になった。どういう理由かは知らないけど、たまたま今日はここに居ただけで、もう今後はずっと皇国に居るってことでしょ? なら、もう私があなたに挑戦出来る機会が無い。今日姿を見つけた時は、ラストチャンスだと思って全力でいったのに、全然ダメだったし……」


 ナイフを弄びながら、ユリアはちょっといじけた様にそんなことを呟いた。


「ごめん、意地悪な条件をつけてたことは素直に認めるよ。正直、ここまで強くなるとも思ってなかった」

「やっぱりそうなんだ。結局のところ、あなたの側に私を置くことは全く考えていなかった、ってことね」

「ユリアの身を危険にさらさないために、やむを得ない決断だった。それは君自身のこれまでの経験上から、分かってくれると思ってるけど」

「それはまぁ、そうかもしれないけどさ。改めてそう聞かされると、ショックと言うか……」


 プイっとキースからそっぽを向いて、ユリアは話を続ける。

 この辺りは、年相応の反応と言ったところ。

 だが、こうして皇国に戦争賠償として引き抜かれ、安全で充実した生活を送ることが出来るようになった以上、を続ける必要は全く無くなった。


「ユリア。ちょっとだけこっち向いて話聞いてくれる?」

「何? ひどい話だったら、話の途中でも帰るよ?」


 そっぽを向いていたユリアは、キースの声掛けにもう一度振り返った。

 意地悪なことをし過ぎたせいか、青い瞳がちょっと潤んでいる。


「一緒に皇国においで。あっちなら、もうずっと一緒に居られる。この国で居るように、お互いに身の安全を意識しながら生きる必要はない」

「……本気で言ってるの?」

「もちろん。この街には、すでに皇国で生活をしている兵士たちの家族や、純粋にこの劣悪な王国内から脱出したい人たちを回収するためにここに来ている」

「そんなこと、貴族の連中が認めるわけないじゃん!」

「自分が考えた策で、うまく納得させたから問題ないよ」

「だ、だから一昨日から貴族たちが慌ただしい反応をしていたってこと?」

「そういうこと。まんまとこっちの考えた策に嵌ったから、今奴らは皇国内で拘束されて、何にもできない状況になってる」

「……流石、私のご主人様だ! まさかあっちの国に行って、あいつらに一泡吹かせるなんて!」

「見直した? なら、いじけてないで一緒においで」

「うん、行く!」


 ユリアは嬉しそうに、キースの元に駆け寄って抱き着いてきた。

 そんな様子を、未だに状況が全く飲み込めていない鎧騎士兵たちはポカーンとした様子で見ている。

 とんでもないスピードで動き回るだけでなく、襲い掛かった相手に今や抱き着いて完全に懐いている。

 先ほどまでの状況も未だに受け入れがたいのに、それを差し置いて目の前の二人が想像外の行動をしているので、当然の反応である。

 キースはユリアに抱き着かれながら、兵士たちの方を見て自分がまたおかしなことをしているように見られていると、すぐに察した。


 おそらく、皇国に帰ってもミサラを始めとするいつものメンバーにもこの状況を見られると、同じような顔をされるだろう。

 まずはこの先の区画に居る住民を回収し、街の入り口に戻ったところに居るレックに、このことについてきちんと話しておくべきだろう。


 ユリアのことについて、そして彼女とどういった関係性であるかということを。


 そうでもしておかないと、『ご主人様』などと呼ぶ少女がくっついて帰ってきたと知ると、みんなにどんな反応をされるか分からない。

 せっかく数日間をかけてそれぞれ関係性を築けてきたというのに、この件一つですべての信頼を失う可能性すらある。


 ……たとえ説明しても、皇帝に関しては面白そうにいじってくる姿しかキースには想像できず、固まっている兵士たちを前に苦笑いをするしかなかった。



















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