54話「回収作業開始」

 貴族と対峙し、亡命希望するエルクス王国民の回収という条件を認めさせることの出来た次の日。

 キースはいつものように屋敷で朝を迎え、クロエと共に朝の支度をしてから早速エルクス王国へと向かうことになっている。

 一方で、キースと同様にエルクス王国の各都市に向かう必要のある役割を担っているレックは、昨日のうちに出発している。

 貴族の回収の時もそうだが、前線での活躍を期待される立場ではあるものの、何度も遠出しないといけないのは相当大変なことである。

 その上、強靭な体力と力を持ち、冷静な判断力がある。


 貴族を見返すための作戦も、一番落ち着いて対応できる立場なのはレックであったことは間違いなかったし、ネフェニーの制止役も担っていた。

 皇国の中心的メンバーのほとんどが女性であるという以上、これだけ動けるレックの戦力は不可欠だと改めてキースは感じていた。


(もっとレックと一緒にお酒を飲みに行く機会を増やして、色々と愚痴を聞く方に回れた方がいいかもな……)


 そんなことを思いながら、朝の支度を行っていく。

 ロアの手続きのお陰で、今日からはクロエの餌が安定してこの屋敷に届けられるようになったので、今日の長旅にも備えて多めに餌を与えることにした。


 クロエの食事と水浴びが終わると、早速クロエの背中に乗ってレックたちが野営しているであろうテルガウ平野を超えたエルクス領土内まで向かう。

 まずはエルクス王国西端の都市、ラツァテに居る市民たちから呼びかけを行っていくことになっている。

 ルナとの駆け引きの際に、キースの指揮に従った兵士たちはこの都市で生活していた者が多く、兵士やその家族を含めて脱出を望むものが多いと考えている。


「クロエ、今日もよろしくね」


 キースが声をかけると、クロエはフンっと鼻息を鳴らして勢いよく飛びあがると、目的地に向かって今まで一番のスピードで飛び始めた。

 ロアがアポロを操作していた時よりも圧倒的に速いスピードで進んで行き、短時間でレックたち鎧騎士部隊の野営地に到着した。


「おお、来たか。随分と早い到着だな」

「クロエが随分と張り切ってるから、想像以上のスピードでここまで向かってくれたからね」

「あの威圧感だけでなく、ドラゴンの身体能力としても頭が抜けているんだな。ともあれ、早いに越したことはない。早速、この先にある都市に居る亡命希望者を回収していくとしよう。集めた民は、一時的にこの野営地に集めることにしている。ちなみにルナ、ミーシャ、ミストに関しては数時間後にここに到着予定だ」

「了解。レックたちはこの先にある都市ラツァテへこの街道に沿って進んで欲しい。自分はクロエに乗って、先に説得を始めていくことにするよ」

「よし。では、兵士たちを待機組と街へと向かう組に分けて動き出すことにしよう」


 それぞれの持ち合わせている情報と、どう行動するかを共有し合った後、レックは野営地に居る兵士たちを集め始め、キースは再びクロエに乗ってラツァテに向かうことにした。

 再びクロエに乗って、低速飛行で進んで行くと大きめの都市が見えてきた。

 いつもの手順でゆっくりとクロエを都市の外に着地させ、キース単独でラツァテの街に入ってみることにした。


「予想はしていたけど、以前よりも活気は無くなってるな……」


 ラツァテはそこそこ大きな都市ではあるため、商業的に目を着けられる可能性はキースの頭の中であった。

 しかし、皇国との国境も近いのでもしかすると面倒に感じてまだ圧力がかかっていないのではないかと思っていたが、甘い考えだったようだ。


「キース様だ! キース様が来られたぞ!」


 一人の街の住民がキースに気が付いて大きな声を上げたことで、住民たちが一気にキースのもとに集まってきた。


「キース様、今この国はどうなっているのでしょうか? 皇国との戦争は終わったのに、戦争時よりもより厳しい資金徴収や税金が課されています。生活が苦しく、どうにもなりません!」

「みんな、苦しい思いをさせてごめん。これから、みんなにどうしても聞いて欲しいことがある。家族や知り合いをここに連れてきてくれないか?」


 キースが住民たちにそう頼み込むと、一斉に住民たちはそれぞれの住居や仕事場に向かって家族や知り合いたちを出来る限り集めてきた。

 そして、集まった住民たちにエルクス王国が戦争に負け、多額の戦争賠償に対応が出来なくなったためにこのようなことが起きていることを伝えた。


「そ、そんな! このままでは我々は飢え死にしてしまいます!」

「うん。だからこそ、みんなに提案する。この先のヴォルクス皇国が、みんなのことを受け入れると言ってくれている。この国に居たままでは、みんな治安の悪い中、貧しい生活を強いられてしまうことになる」


 キースは住民たちに、移住計画を提案した。

 しかし、住民たちは顔を合わせるだけで、すぐに声を上げなかった。


「こ、このような戦争をした国の住民を、皇国が受け入れてくれるのでしょうか……?」

「大丈夫。エルクス王国の兵士たちで、皇国に投降した兵士たちはみんな皇国で平穏に生きている。そして……自分はエルクス王国が負けた戦争賠償として、皇国に要求された身なんだ。つまり、今はあっちの国の人間ということになる」


 その事実を伝えた途端、住民たちからは驚きの声が漏れた。


「皇国の主は、この戦争の原因はエルクス王国を支配している貴族達のせいで起きていることを知っていて、みんなのことを救いたいと言ってる。だから、みんなを受け入れるための住居なども建設されている。ここよりも安全で豊かな暮らしが出来る」

「私の夫は、皇国に投降しました。あちらに行けば、また夫に会うことは出来ますか?」

「うん、出来る。絶対に保証する」

「でも、こんなことをしていることがあの貴族どもにバレたら、我々は皆殺しになってしまいますぞ!」

「それも大丈夫。自分の考えた計略を皇国が採用してくれて、それにかかった貴族たちはみんなが皇国に移住することを認めた。それに今、やつらは皇国内で拘束されてる。落ち着いて脱出してもらって大丈夫だよ」


 住民たちの質問に一つずつ答えていくごとに、住民たちからは歓喜の声が上がっていく。


「キース様がそうおっしゃるのであれば、間違いないのでしょう。何度もこの都市の危機を救ってくださった方だ、どこまでも付いていきます!」

「ありがとう、みんな! 皇国側に行く人は、必要な家財などをまとめる準備を行ってください! もう少しすると、皇国側の鎧騎士部隊の方が先導・護衛等してくれるから、指示に従ってこの街を脱出する手はずを整えて欲しい! 怪我をされている方や高齢の方など補助が必要な方は、遠慮しないで鎧騎士の方々に助けを求めてください!」


 住民たちはキースからの話を聞き終えると、一斉に自分たちの家に戻って都市を出る準備を始めようと動き始めている。


「この付近にいる人たちには、今話を聞いてくれた人が話を広めてくれるだろうから、もっと街の奥に進んでまだ話を知らない人たちに繰り返し説明していこう」


 キースは引き続きエルクス王国からの脱出可能であることを伝えていくために、やや荒れているラツァテの街の中心部へと向かって歩みを進めていく。

 













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